電話

usagi

第1話 電話「電話」

久々に家の電話が鳴った。

電話ってこんな音だったか、、、。


台所裏の勝手口に置かれたファックス電話の受話器を上げた。


生まれてからずっと浦和に住んでいた。

祖父が建てた家は自分が小さい頃に二世帯用へと改築され、兄と両親、祖父母の6人で社会人になるまで住んでいた。

祖父母が亡くなり、兄が関西に引っ越し、昨年両親も亡くなった後は、

家の中はすっかり寂しくなり、気分的なものか、夏でも涼しく感じるようになった。



俺は40後半でいまだ独身、特段人に自慢できるようなものは何も持っていなかった。仕事があるのが唯一の救いか。

他に打ち込むものもなく、自分の周りの時間が風のように過ぎて行くのを、遠くから眺めるように日々を過ごしていた。


「あの、高梨さんのお宅でしょうか。」

電話口から女性の声がした。

家への電話なんて勧誘か詐欺か、それとも悪い知らせくらいしか考えられなかった。


俺は少し機嫌悪そうに答えた。


「はい、そうですが。」

なにかの勧誘だろうな、、、。


「あ、良かった!つながった。」


「はあ?」


「私、竹内です。」


「?」


「あ、中学校の同級生の!もしかして覚えてないかもしれませんけど、、、。」


俺はやっと思い出した。


「あ!竹内さんか!久しぶり。どうしたの?」


竹内直美は俺の初恋の人だった。

中学の思い出を順位付けするとすれば、彼女を一番に挙げたいくらいだった。

学校ではいつも彼女の周りだけ輝き、さわやかな空気が流れていた。とにかく、自分にとっては特別な人だった。

告白する勇気もなく、あったとしてもどうにもならなかったのは目に見えていたが。


「えっと、来月同窓会があるの。で、私の家に当時の電話連絡網が残ってて、かけてみてたんです。色んな人に。」

色んな人、という言葉に少し引っかかってしまった。気にしすぎだよな。


「もう30年以上前の電話番号なんてつながるはずもなくて、知らない人のうちにかかったり、使われていません、ってアナウンスが流れたりして、ちょっと心が折れそうになってたの。」


「そうしたら、高梨君が出た!これは奇跡。」

「なんかうれしくて。」


「ははは。俺んちみたいに、引っ越さずに番号も同じなんて珍しいだろうね。」

「しかも親が出るんじゃなくて本人が出ちゃうという。」


「そうそう!びっくりしたー。」


それから俺たちは近況を報告し合い、来月新宿の居酒屋で開かれる同窓会で会うことを約束して電話を切った。


電話越しの竹内は相変わらず明るく、俺の心は少しだけ踊った。

やっぱり竹内は相変わらず天使だな、と思わずつぶやいた。


もしかして独身だったりして、、、。だったら同窓会で仲良くなれば、、、

しばしおれは現実感のない、無意味な妄想を楽しんでいた。


会ってみたら年を取っているに違いなかったが、電話の感じではまだ30代、いや20代の学生のようだった。


30年以上ぶりに竹内と話して、俺は気付いた。30年間何も変わっていないと。竹内と電話で話していた自分は中学生そのものだった。


でもきっとみんなもそうなのかもしれない。年と共に外面やガード作りがうまくなっても、結局中身は何も変わっていないのかもしれない。


俺だって周りから見ればただの薄汚れたおっさんだ。

でも同級生として会うと、いつまでたっても同級生なんだ。


同窓会か__。


俺は子供のころから今までつながっている友人がいなかった。

社会人になってからは毎日遅くまで仕事に打ち込み、友達づきあいからはすっかり疎遠になってしまったせいもあるだろう。


同窓会の開催を楽しみに、大げさのようではあるが、少し生活に彩が生まれたように感じた。

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