幽霊少女の正体は その4
二人が外に出た時、日は傾き宵闇が迫っていた。
まだ開店準備中のクラブを通り抜けていると、マスターが声を掛ける。
「これから仕事かい。ハンターってのも楽じゃないね」
「まぁな」
「そうだ、ヴィンテージもののワインが入ったんだ。血のように真っ赤な赤で、濃厚な味わいだろうよ。ひと仕事終わったら飲みに来なよ。そちらのお嬢さんは……もしかしたらお酒はまだ早いのかもしれないけれど」
「まぁ美味しそう。ぜひお願いします」
「おいおい、てっきり未成年だと思っていたよ」
「そんなことはどうでもいいじゃない」
「……本当は未成年だろう」
それ以上何も言わなかったので、ワールドは追求するのをやめた。
「昨日の今日で警戒されているかもしれない。慎重に行こう」
日が落ちるのを待ち、再び塔を目指して歩き出す。
「逆に、まさか昨日の今日でやってくるとは思われてないんじゃないかしら」
「そういう楽観的な考え方、嫌いじゃないね」
「ねぇ」
声のトーンを少し落として、グラが言う。
「このまま塔を目指して、サータと会って、それからどうするつもり?」
「それはこちらの台詞だよ。キミはどうしたいんだ」
「どうって……」
「あの塔から妹さんを連れ出したいんだろう? そうしたらきっと追手がくるだろうし、この町にはいられない。どこか遠くの町へ逃げなくちゃいけない。どこかあてはあるのかい」
「う……そこまでは考えてなかったわ」
「まぁ、そうだろうね。仕方ない、しばらくは俺がキミ達を守ってやるさ」
「でもそれだと、あなたもこの町には居られなくなるんじゃ」
「その覚悟はしてきたつもりさ。ああ、足取りが重い。この上り坂が辛いね。まるでカルマの坂だ。人間の業が天使である彼女を苦しめているんだろう」
「なにそれ。格好つけてるつもり?」
「ああ、この景色ともしばらくはお別れか。悪くはない町だったよ。だけど、天使を幽閉している町だと知ってしまったらとたんに酷くつまらない景色に思えてしまうのさ」
ワールドの口からは次々と言葉が飛び出す。
それらの軽口を半分馬鹿にしながら、もう半分はこれから自分たちが行うことへの正当性を主張するために自分へ言い聞かせているような心持ちだった。
街灯が無くなる道へ差し掛かる頃には無言になり、周囲を警戒しながら進んでいくことになった。
「見張りが居ないわね」
「でも安心はできない」
恐ろしいほどに静寂が続き、人の気配はまるで感じられない。
順調に塔まで辿り着いた。
裏手の入り口に回り、再び周囲を警戒する。
やはり人の気配はない。
「よし、忍び込むなら今だな」
「鍵がかかってるけどどうするの?」
「ハンターならこれくらいは朝飯前さ」
そう言うと小さな針金を取り出し、錠に差し込む。
手先を器用に動かし、あっという間に錠前を外す。
「なっ?」
「……ハンターを見かけたら泥棒かもしれないって思うことにするわ」
「やれやれ、もう少し好感度の上がる行動ができるように心がけなくちゃね」
やや困り顔でワールドが呟く。
薄汚れた、長らく開かれた形跡のない扉をゆっくりと開く。
左右に引いて開けるタイプの扉はひどく錆びついており、ギリリギリリと音を立てながら、それでも少しずつ開かれる。
「そんなに長い間人が入っていないとは思えないのだけど……あの子はまだ人間のはずだから、食料もなく過ごせるとは思えないわ」
「その答えは、どうやら見つかったようだぜ」
ワールドが中に入って一番最初に目についたのは、人一人が入れるほどの小さな穴だった。
下へ降りるはしごがつけられており、微かに水の流れる音がする。
「どうやら地下の下水道へと繋がっているみたいだ」
「じゃあ、ここから逃げ出せば!」
「いや、きっとここにも見張りは居るだろうさ。ただ、脱出口の一つとして覚えておこう」
そして二人は奥にある螺旋状の階段を登っていく。
「そろそろ最上階だ」
塔の内部は単純な作りで、二階、三階と小さな部屋があり、また上へ登る階段が壁伝いにあってそれを登っていくだけで進むことが出来た。
道中で誰かに出会うことなく、風の音がかすかに聞こえる塔を無言で進んでいく。
壁にかけられた小さな灯りだけが頼りで、一気に駆け上がることが出来ない。
「もう少し早く進めないの」
グラが愚痴をこぼす。
「キミは暗がりでもよく見えるみたいだね」
「え、ええ。まぁね」
「その油断が命取りだったわけだけど」
「う、うるさいわね!」
昨日のことを蒸し返されて思わず声が大きくなる。
するとワールドが急に黙り込むので、グラも調子が狂って静かになる。
「当然だけど、ここにも鍵がかかっているな……」
小型ライトを口にはさみ、手元を照らしながら針金を動かす。
最初よりも時間は掛かったが、それでもなんとか錠が外れた。
「やった!」
「ふう」
ライトを外し、ひと仕事終えたといった具合に額を拭う動作を取る。
ずしりと重い扉を押すと、中の光が漏れ込んでくる。
そして無機質なレンガが壁面を覆う人が暮らすには似つかわしくない部屋の中に、一際輝きを放つ美しい少女が怯えた瞳を向けていた。
「サータっ!」
その声に瞳の輝きを取り戻す。
ぎこちなく口を動かし、やっとのことで声を絞り出す。
「お、ねぇ、ちゃん……?」
「良かった! また会えるって絶対信じてたんだから!」
「あ、あたしも。どうしよう、うまくおしゃべりできない……もっと、いっぱい伝えたいことがあるのにっ」
「感動の再会を邪魔したくはないんだが、いつ追っ手が来るかもわからない。ここはちょっと急いだほうが良いかもしれないな」
「ああ、そ、そうね……。ほらサータ、私達と一緒に行きましょう」
「ええっ!? そんなことしたらお姉ちゃんたちも悪者になっちゃうよ!」
「何を今更。ここに侵入した時点でお尋ね者さ」
「それとも、お姉ちゃんたちと一緒に行くのは……イヤ?」
悲しげな表情でグラが言う。
「そ、そんなことっ、ないっ。わかった。ちょっとだけ待って」
何かを決意したような表情でサータは奥の机に向かい、荷物整理を始める。
ほとんど手荷物などない状態で戻るサータだが、右手に指輪のようなものを紐で結んだアクセサリーを掲げている。
「えへへ、これ、覚えてる? お揃いの指輪をネックレスみたいにしてもらったの。辛い時はこれを見て、いつかお姉ちゃんが迎えに来てくれるって信じてたんだ。お姉ちゃんが来るとしたら、夜かなって。本当にその願い、かなっちゃった!」
サータは満面の笑みを浮かべる。
ボロボロの衣服に素足と格好を見るとお世辞にもキレイとは言えないが、その笑顔は何よりも美しかった。
「デッサンする時間がないのが勿体無いくらいの笑顔だな」
「何こんなときに芸術家気取ってんのよ」
「お揃いってことはグラも持っているのか?」
「ええ。私も肌身離さず持っているわよ――」
首元に手を伸ばしたグラの手がぴたりと止まる。
「――ん? アレ?」
「え?」
「まさか」
「うそっ、ちょっと待って。そんなはずは。なんでっ」
肌身離さずつけていたのに。そう口にすると同時に、下卑た笑い声が飛び込んでくる。
「――探しものは、こちらかな?」
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