幽霊少女の正体は その3
次にグラが目を覚ましたとき、すでに日は高く昇っていた。
といっても周囲を建物に囲まれたこの家では日が差し込むこともなく、時間を推し量ることは出来ないでいた。
「いよう。起きたかお嬢様」
ワールドの声と同時に、彼が座っている座椅子がギシギシと擦れる音が響く。
彼は立ち上がり、小窓につけられているカーテンを開ける。
コンクリートの壁が眼前に迫っていた。
「もう昼過ぎだぜ」
「いや、それじゃわからないでしょう」
眠っていたソファから起き上がりながらグラが言う。
「俺の腹時計は正確でね。キミも食べるかい?」
そう言ってワールドが昨日の報酬で得たオレンジを差し出す。
無言で首を振るグラに不快感を示すでもなく、「酒を飲んだ翌日にはこいつが一番効くんだ」と独り言ちながらそれを食す。
「ところで昨日、あの店にも来やがったよ」
「来たって、何が?」
「衛兵がさ。最近あの塔に関して色々と嗅ぎ回ってるやつが居るってな。マスターが上手くあしらってくれたけど、あの雰囲気は普通じゃない」
「もしかして、忍び込んだことも?」
「それはわからない。ただ、衛兵たちが直接乗り込んでるなんてやっぱ尋常じゃないんだよなぁ。とにかく、キミの話を聞かせてくれよ」
「ええ、良いわ。だけどその前に、私からも質問して良いかしら」
「ああ。なんなりと」
「昨晩部屋の片付けをしていたときにやけに目についた鉄くず、というのかしら。金属を削ったような跡のある部品が大量に出てきたけど、あれは一体何なの?」
「なんだ、そのことか。簡単なことさ」
そう言ってワールドは部屋の奥に立てかけられている薄い金属板を持ち出し、テーブルに立てかける。
そして懐から先の尖ったナイフを取り出す。
「優秀なるハンター、ワールドは裏の顔さ。本来の表稼業は世界をまたにかける芸術家、ワールドなのさ! このナイフと金属板が俺にとっての筆とキャンバスってわけだ」
「……は? 聞いたことないわよ」
「その目は信じてないな。よし、見てな」
そう言ってワールドはナイフをペンを握るように持ち直す。
「うりゃりゃりゃりゃあぁあ!!」
一心不乱に金属板に向かってナイフを突き立てる。ガリガリと削れる音が部屋中に響く。耳をつんざく不快音にグラは思わず耳をふさぐ。
やがてワールドの手が止まり、額の汗を拭う。
「まあ、こんなもんだな」
ワールドの背後から完成した作品を覗き込んだグラは思わず感嘆の声を上げる。
「まぁ! 立体感のある美しい絵……これは誰?」
「誰って、キミじゃないか」
「ぶっ!! う、うそっ!? これが私……。そ、そりゃどうも……。美化しすぎじゃない?」
「何を言ってるんだ。元のモデルが良いからに決まってるじゃないか」
「また調子の良いことを……」
「しかしやっぱりこれじゃ物足りないな」
「どうせ私がモデルじゃ物足りないんでしょ、悪かったわね」
「いや、そうじゃないんだ。俺が一番力を発揮できるのは『誰かの想いを受け取ってそれを作品に込める』ってときなのさ」
「想い?」
「そう。誰かが何かに馳せる想いの強さ。それを俺が受け取って作品にするのさ」
「そんなことが本当に出来るとは思えないけど……」
グラは半信半疑でその言葉を受け取っている。
「それなら今から証明してやるさ。だからグラ、今度はキミの番だ。あの塔の少女について、そしてキミについて。その想いの丈を俺にぶつけるんだ。その想いが本物なら、俺が作品に昇華してやるぜ!」
「面白いことを言うわね。私の想いの強さを確かめるってことでしょ。あなたこそ私の想いの強さにやられないように気をつけなさい」
ワールドも相当焚きつけているが、その煽りに上手くノセられているグラといい、なんだかんだで似た者同士の二人だった。
「よし、それじゃあ『魂のデッサン』を始めよう」
ワールドの決まり文句である。
「いきなり結論を言ってしまうのだけど、あの子は『天使』なのよ」
「……天使?」
唐突な言葉にワールドは顔をしかめる。
「まさか天使を知らないなんて言わないわよね」
「もちろん知ってるさ。子どもたちの中にはある時、急に背中から翼が生える者が居る。彼らは天使に選ばれし者であり、成長とともに人知を超えた不思議な能力が目覚めると言われる。そして完全に成長が止まったとき、その子は『天使』となり人間ではなくなる。そうなると他の天使が迎えに来て、天使の国へ旅立つと言われている。そんなおとぎ話――だろう?」
「ええ。ほとんどの人間にとって天使なんておとぎ話であり、作り物に過ぎない。だけど違ったの。あの子は本当に天使に選ばれてしまったの。あの子が五つの誕生日に、突然背中から翼が生えたの」
「そんなことって、まさか本当に?」
「そして私達姉妹はこの町の町長に文字通り『売られた』のよ」
「……なんだって」
「天使として選ばれた妹――サータって名前なんだけど、あの子の天使としての価値に目をつけ、それを利用しようとしたのよ。私はそのおまけ。私もいつか天使に目覚めるかもしれないってしばらくは一緒に居られたけど、私は天使じゃなかった。天使になれなかった。だからこの町からも捨てられた」
「ちょっと待てよ。キミの親は自分の子供を売ったって言うのかい」
「私の生まれた村はとても貧しかったから、親がって言うよりも、村の総意って感じかしら。もう今となってはなんの感情も湧いてこないわ。そうするしかなかったんだろうってね」
「……」
ワールドは押し黙る。
彼女の言葉には一切の嘘偽りが感じられなかったからだ。
「この町を追い出されても、あの村に戻る気にもなれなかったし、そのままのたれ死んでも良かったんだけど、色んな人に助けられたりして、なんだかんだで生き延びちゃったのよねぇ。一人でも生きていく強さを手に入れちゃって、ある旅人からあんなうわさも聞いちゃって」
「うわさ?」
「それが塔の上の少女のことよ。あの子がまだこの世に居るんだ。ひょっとして、今の私なら、サータのことも救い出せるんじゃないかって思い上がって、それでまたこの町に戻ってきたのよ」
「……キミは強い人だ」
「だけど昨日の結果じゃ、とても私一人じゃ無理だったみたいね。あなたが居ても私は足手まといにしかならなかったみたいだし」
「そんなことはないさ。それでキミは諦めてしまうのかい?」
「まさか! 昨夜のあの子を見る限り、おそらく十五歳程度。普通に成長していると考えて、まだ完全には天使になっていない。あとどれくらいの時間が残されているのかわからないけど、今の私にとって家族と呼べる存在はあの子だけ。だから私は、あの子に会いたい。あんな狭い鳥籠の中から連れ出したいのよ!」
「……なるほど、ね」
そう短く切って、ワールドはふらふらと歩き回る。足元はおぼつかず、テーブルや壁にもたれかかりながら視線を下げ、何やら考え込んでいる。
「ちょ、ちょっと。どうしたの? だいじょう――」
「うおおおぉぉぉ!!! キタキタキタァ!!」
獣の咆哮のようにその場で奇声を上げる。
ワールドの手に持つナイフが虹色に光りだす。
「その想い、確かに受け取ったぜ! 今なら無限に描けそうな気すらしてくるぜ」
そこには目を血走らせ、呼吸は荒く、まったく別人のような姿をした芸術家としてのワールドが居た。
「くっ、キャンバスがねぇ! ――いや、これだっ」
懐からトランプサイズの薄い金属板を取り出す。
それに向かって光り輝くナイフを突き立て、目にも留まらぬ速さで描写していく。
「ふんふんふ~~ん……」
「らったったっ……」
「でぃじぇでぃりぃ……」
「る~るる~る~……」
独特の鼻歌交じりにナイフを動かす。
ただ黙ってその様子を見守ることしかグラには出来なかった。
「さぁ! 最後の仕上げだ!」
体を大きくねじらせ、ナイフを持つ手を大きく振り上げる。
「唇に唄を、言の葉に想いを。その魂を刻み込め――『ソウル・エレメント』!」
振り下ろしたナイフが淡い光の波紋を生み出し、詠唱に応えるかのように周囲に風が巻き上がる。やがてその風や光は次第に収まり、ワールドが言うところの『作品』が出来上がっていた。
「これで完成さ。キミの想いの強さをこれに詰めた。キミに渡しておくよ。何かあったときに助けてくれるはずさ」
ワールドが金属板を差し出す。
受け取ったそれを見て、グラが思わず声を上げる。
「えっ、これって、サータ!」
「キミのあの子への想いを形にしたらこうなったのさ。昨日は翼が見えなかったけど、きっと翼があればこんな感じかなって」
その板には翼の生えたサータが美しく描かれていた。
たった一度見ただけでは到底描けないような、細部までしっかりと表現されていた。それも彼の言う『想いの強さ』を汲んだ結果なのだろう。
「あの子は……おそらく翼が折られているのよ。売られてすぐに、その天使の翼は折られてしまったの。空を飛べないように、そして天使だと気付かれないように」
「そういえば、天使の力といってもどんな能力なんだい?」
「それは私にもわからないわ。サータと分かれるまでに能力が開花しなかったから、あの子にどんな不思議な能力が備わったかわからないの」
「ま、それは本人に直接聞けばいいさ」
ワールドは必要な荷物を手に取り、いつも通りの顔に戻ってグラに向き直る。
「窓辺でたそがれるラプンツェルを連れ出しに行こうか」
「ええ!」
ワールドの言葉に、彼女は強く頷いた。
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