幽霊少女の正体は その2

 二人は問題の塔に向かうために、一旦別れて夜に再び待ち合わせることにした。

 その間ワールドは塔について聞き込みに向かうが、成果は芳しくない。

「どいつもこいつも何も知らないでやんの……。ま、俺も興味なかったからな」

 あまり収穫のないまま、気がつけば待ち合わせの時間が近づいていた。


「来たわね」

 雨は上がり、さすがのグラも傘は差していない。

「おっと、女性を待たせてしまうとはこのワールド様、一生の不覚だぜ」

「いいから行くわよ」

 ワールドの軽口を聞き流し、グラは町外れの塔に向かって歩き出す。

「つれないねぇ」

 ため息をつきながらワールドが追いかける。


「あの塔についてちょいと情報を集めてみたんだが、大した話は聞けなかったよ」

 グラの足がピタリと止まる。

「そう。どんな?」

「どうも町が出来たときにはすでに塔が存在していたらしく、誰がいつ、どんな目的で作ったのかは誰も知らないらしい。で、調べたところ特に何もなかったけど、不気味だからあまり近付こうとはしないよな。一応代々の町長が塔の管理をするってことになってるみたいだな。子供の秘密基地にでもされないように、見張りとかを立てているとか、まぁそんな感じだな」

「それだけ? 塔の上から顔を出す少女の話は誰もしなかったの?」

「その辺りのことも聞いてみたけど、みんな口を揃えて『知らない。そんな話は聞いたこともない』とさ。しまいにゃ住民を怖がらせるようなことを言うなって怒られちまった」

 ワールドは首をすくめて言う。

 グラは話を聞き終え、再び足を動かす。

「あ、おいおい。俺はキミの話を信じてるぜ。何か確信がなきゃ塔の上に少女が居るなんて誰も思わないからな」

「ええ。行けばわかるわ」

 グラは振り返らずに、そう呟いた。


 街灯も消え、舗装されていない道を塔に向かって歩いていく。

「明かりはつけないほうがいい。もしも見張りがいたら面倒だ」

 ワールドの言葉で月明かりを頼りに小高い丘を登っていく。

「遠くで見た時はそうでもないが、結構な上り坂だな……」

「あなたハンターのくせにヘボいわねぇ」

「いやいや、こんな夜道を周囲に気を配りながら進むのは大変なんだぜ。キミのほうこそ凄いぜグラ。こんな暗がりの中を普通に歩けてるなんて」

「私は目が良いのよ」

 グラの歩くペースはほぼ一定で、昼間と同じ速度で進んでいる。

「大したお嬢様だ」

 ワールドもそれに負けじと歩みを揃える。


 やがて塔を肉眼で見上げられるまでの位置に近づく。周囲をぐるりと見て回るが、窓のようなものは一箇所しかなく、出入り口の扉もしっかりと錠が掛けられており誰かが入った形跡もない。

「確かにこんなところに人がいたら、幽霊だと思うよなぁ」

「待つしかないわね」

 塔の窓が空いている側に回り、二人でただじっと塔を見上げる。

 暫くの間待つが、特にこれといった変化はない。

「……何も起こらないな」

「そんなはずはないわっ! だって」

「しーっ、静かに」

「っ!」

 あわててグラが口をふさぐ。

 その仕草が子供のようで、ワールドは思わず笑ってしまう。

「なっ、なによ」

「いやぁ、可愛らしいなと思って」

「っ、こんなときに何を馬鹿なことっ」

「――おい、あれを見ろ」

 ワールドの表情が真剣なものに変わり、訝しげにグラがその視線の先を見る。

「……あれはっ」

「女の子だ」

 二人が塔を見上げた先、窓からは子供とも大人とも言えないような年の見た目の少女が顔をのぞかせていた。

 月明かりに照らされ青白く光る肌に銀色の髪が風に揺られ、儚げな表情と相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。

 まるでこの世のものとは思えないような、まさしく幽霊でも見ているような気分だった。

 そのまま風に舞って砂塵のように風化してしまうのではないかという脆さが感じられる。

 少しの間少女は遠くを見つめ、それから窓の奥へと姿を消した。

「あっ」

「消えた……」

「まだあの子は塔の中に居るはずよねっ!」

 グラが駆け出そうとしたその瞬間。

「そこにいるのは誰だっ!!」

 暗闇の中、男の声が大きく響く。


「ちぃっ、まずいな。見張りに気づかれたか」

 ワールドはグラの手を取り急いで駆け出す。

「わっ、ちょっと」

「今夜はここまでだ。見つからないうちにさっさと撤収するぜ」

「わ、わかったから手を放して!」

 グラはワールドの手を跳ね除ける。そして一人走り出して足元の小石に気づかず、盛大にコケる。

「おい、大丈夫か」

「だっ大丈夫よ。放っといて!」

 気恥ずかしさからそのまま駆け出す。

 ワールドは後方を振り返りながら、追手が来ていないことを確認しながら町へと下りていく。


 息を切らせながら街の中心部まで戻ってくる。

 ワールドが周囲の声に耳を澄ませるが、自分たちを追ってくるような音は聞こえない。

「ここまで来れば一安心、かな」

「やっぱり、あの子は居た。生きていた……」

 そう呟くグラの表情は穏やかで、安堵の様子が見て取れる。

「なあグラ。さっきの連中、手に武器を持っていた。あれはただの見張り役って感じじゃない。もしもキミの身に危険が及ばないように、今夜は俺のアジトに身を隠したほうが良い。それに、もう少しキミ達の話を聞かせてほしい。」

「……あなたのこと、信じたわけじゃないけど。私の話を信じてくれたし、ここはご厚意に甘えるとするわ」

「それじゃあこっちだ。ついてきてくれ」

 ワールドに促されるまま、グラはその後をついていく。


「えっと、ここは」

 次にグラが見たのはネオン街の中でもひときわ電光装飾の派手な建物だった。

 重厚な扉を開けると、中からダンスミュージックが大音量で溢れ出し、チカチカと強い光が点滅して目が痛くなるほどの光が飛び込んでくる。

 妖艶な雰囲気の中、踊り狂っている者、テーブル席で静かに酒を飲んでいる客、踊り子を華麗にかわし酒を運ぶ店員と、昼間の静かな街の雰囲気からは想像もできないような光景だった。

「ここはクラブ『アンダーワールド』さ。名前の通り、この俺のためにあるような店さ」

「何をバカなことを言ってるんだ。たまたまお前の名前と一緒ってだけだろ」

 渋い声が二人の耳に飛び込んでくる。

 声に違わぬ精悍な顔つきの中年男性が立っていた。

「おっ、マスター。今日も満員御礼だな」

「やれやれ。昔はもっと静かな普通のバーだったんだけどな……」

「いいじゃねーか。ハンターの情報交換場所としては上々だぜ」

「ん、珍しいな。お前が女と一緒に居るなんて」

「おっ、良いかグラ。よぉく聞いておけ。マスターもっと言ってくれよ! 俺がいつでも女を連れ回しているような女たらしじゃないってことを証明してくれ」

「それはいつもナンパに失敗しているからじゃないのかい」

「おいおいマスター……」

「あはははっ」

「ふぅ、もういい。俺のアジトはこの店の裏口から出てった先にあるんだ」

 バツが悪そうにワールドが店内を歩いていく。

 今まで何事も自信満々でキザな男だと思っていたが、案外面白い男なのかもしれない。

 グラはそんな風にワールドのことを少し見直した。


 裏口から出た先はまさしく路地裏で、人がすれ違えるかどうかという細道を進んでいく。

 やがて表通りからは見えないであろう小さな家が見えてくる。

「ここが俺のアジトさ。散らかってるけど適当にくつろいでくれ」

 その言葉通り、部屋の中はガラス瓶や新聞、鉄くずのようなガラクタがあちこちに散乱しており、お世辞にもキレイとは言えない部屋だった。

「何これ、お酒?」

「ああ、前の住人のゴミなんかもそのままにしてあるからな。こんな立地じゃゴミ出しも面倒で、それにほとんど家にいる時間なんてないから屋根付きで寝る場所があればそれで十分なのさ」

「流石に限度があるわよ、これ。片付けるわよ」

 鼻をつまみながらグラが言う。

「まぁ好きにしてくれ。俺はさっきのクラブでもう少し情報を集めてくるからよ」

 そう言ってワールドは部屋を出る。

「……本当に前の住人のゴミかしら」

 異臭が無くなるまで部屋の掃除をして、グラが眠りにつく頃には夜明けの方が近くなっていた。

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