想いを刃に、刃を翼に

いずも

幽霊少女の正体は その1

 この世界は広いようでいて狭い。狭いようでいて広い。

 そんな『ワールディリア』のとある街のとある物語。


 その日は朝から雨だった。

 鉛玉のような雨粒が地面を叩きつけて、街はより一層陰鬱さを醸し出していた。

 そんな街の一角に、巨大なギルドへと今日もハンターたちが仕事を求めて集まっていた。

 だいたいどこの街にもギルドがあって、ハンターが所属している。

 ハンターたちの請け負う仕事は飼い猫探しから要人の暗殺まで何でもアリだ。もちろん暗殺なんて依頼を実際に行えば依頼人の素性を調べ上げられ、要注意人物としてマークされるから本当にそんなことを依頼する輩はいない。

 少なくとも、表立っては。

 ハンターたちはギルドから仕事の依頼を受け、解決して報酬をもらう。依頼内容と報酬が割に合わなければ引き受けないだけだ。

 営利主義に走る者、危険の少ない仕事ばかり選ぶ者、どんな仕事でも引き受ける者……ハンターの種類も様々だ。

 そして、これはとある信条を持ったハンターのお話である。


「――どいたどいたぁ!!」

 ギルドの中を濡れたブーツで闊歩する男の足取りは軽い。

 彼の通り過ぎた後には滴り落ちる水滴と靴跡がくっきり残っていた。

 左手には傘、銀の胸当てに肘まで伸びている手甲で身軽な格好。茶色がかった髪は短めで前髪はかき上げられており、赤黒い肌に長身で否応なしに目立つ出で立ちである。

 その勢いに気圧され周囲は半ば強引に道を譲らされる。

 まるで猪突猛進する獣のようだ、と彼が通り過ぎた後に呟く者がいた。


「おっさん、依頼は完了だ! 報酬を受け取りに来たぜ」

 受付の窓口に到着した男は座っている中年男性に向かってピースサインを掲げながら誇らしげに叫んだ。

 ため息混じりに報告書を目を通し、報告書と男の方を何度も順々に視線を送り、最後に渋い顔を向けてから席を立つ。

 しばらくして席に戻った男性が彼に向かって何かを放り投げる。

「おっ!?」

 彼が受け取ったのは真っ赤に熟れた果実だった。

「これは……朱い、オレンジ?」

「オレンジ三つ。それが今回の報酬だ」

「はぁ!? なんでだよ! あんな危険な仕事やって報酬がこれだけって!」

 文句を言いながらもしっかりとオレンジを荷物袋にしまい込む。

「あのなぁ。依頼したのは『窃盗団のアジトを突き止めろ』であって、『アジトをぶっ壊せ』じゃない。修理費用やら諸々こちらで負担することになってるんだ。本来ならお前にだって賠償してもらわなきゃ――って、おい。聞いてるのか、ワールド!!」

 ワールド。

 自由奔放な若きハンターとして名を馳せる彼の名前であり、彼こそがこの物語の主役である。


 ワールドの視線の先、屈強な男がひしめき合うギルド内において似つかわしくない美しき女性が佇んでいた。

 何かをずっと見上げている横顔は影が差し込み尚の事神秘的であり、何より美しかった。

 黒い長髪に真っ白な肌。ワンピースのような服は足元が雨水で汚れており、身なりは綺麗とは言えないが、顔立ちはどこかの令嬢かと思うほど整っている。

 なぜ誰も声をかけようとしないのか。

 それはただ一点の理由にあった。

 彼女は屋内でも傘を差し続けているのだ。

 傘から滴り落ちる雨粒が円形状に広がり、まるで結界のように彼女を周囲から切り離す。

 その異様な光景に、誰も見て見ぬふりをしているのだ。

「誰だ、ありゃ」

「ああ、あの女な。ああやってずっと居続けているんだが、何が目的なんだか。何か依頼したいのかもしれないが、不気味だから誰も手を付けられないんだよ」

「ふーん」

 ワールドは両手の親指と人差し指で四角を作り、その枠から覗き込むように女性を見る。

「いやぁ、キレイな人だねえ」

 そう呟き、仕舞ったオレンジと果物ナイフを取り出してその場で皮をめくる。

「おいおいここはゴミ捨て場じゃないぞ」

「なーに遠慮すんなよ。報酬のおすそ分けさ」

 ワールドはオレンジを口に含みながら、ずっと女性の様子をうかがっていた。

 一向にその場を離れることなく、ずっと佇んでいる彼女はまるで彫刻のように思えてきた。

 とうとうオレンジひとつ分を食べ終えても、その構図が変わることはなかった。

「何をじぃっと見てるのかねぇ……。その依頼内容にどんだけ強い想いが込められてるか、気になるねえ。俄然興味が湧いてきたぜ」

 そう独りごちた後、果物ナイフを彼女に投げるような仕草をする。

 にやりと不敵な笑みを浮かべ、おもむろにワールドは歩き出す。

「おい、だからゴミは――って、どうする気だ!?」

「何って、誰かに先越される前に俺が依頼を請け負ってやるのさ」

 自信満々にワールドが言う。

 そうやって本当に依頼を勝ち取る確率と断られる確率は半々であり、そうやって次々と依頼をこなしてハンターとしての腕を磨いてきたのだ。

「ギルドから頼まれる仕事なんてハンターのランクに合わせたものしか提示されない。そんなんじゃ一人前のハンターになる頃には皺くちゃの爺さんだ」

 彼のやり方はハンターとしては異質であり、あまり快く思っていない同業者も居るが、結果は出すためにギルド側もあまり強くは言えないようだ。

「腫れ物の処理ならこのワールド様に任せとけって」

 皆が避けるように歩いていく彼女に一直線で歩いていく。

 彼を知る者も知らない者もその動線を邪魔するものは居ない。

 すぐ隣まで近づくが、彼女はその様子など気にも留めずにずっと前を見つめている。

 周囲をちょろちょろと動き回るが、彼女は微動だにしない。

「…………」

 どうしたものかと一考し、やがて何かを思いついたように彼女の視界に入る場所まで移動して、再び遠のくように歩き始める。

 しかし途中でピタリと足を止め、わざとらしく声を上げる。

「あ、ああ、あああ~~~っ!」

 引っ張られるような演技をしながら彼女に近づいていく。

 そしてこれまたわざとらしく軽く彼女にぶつかり、その場で倒れるふりをする。

「……なんなの、あなた」

 不審者を見るような目でワールドをにらみつける。

「あいたたた。いやー、キミという惑星に惹かれちゃってね。強力な重力に引き寄せられてしまったみたいだ」

「は?」

 彼女は思いっきり引いていた。

 冷淡な返事を投げかけると、再び彼のことなど眼中にないと言わんばかりに視線を外す。

「いやいやちょっと無視しないで。俺はワールド、ハンターさ!」

「ハンター……」

 その言葉に反応し、小さく繰り返す。

「何か依頼があるんじゃないのか? そのためにここに来たんだろ。そして、その依頼俺が引き受けてやろうじゃないか」

「いいら放っといて! ……っ?!」

 ワールドが差し出した手を振り払うように彼女が腕を伸ばす。

 しかしその手は払い除けられることなく、しっかりとワールドに掴まれてしまう。

 予想外の出来事に彼女の動きが止まる。

 ワールドも思いの外彼女の腕力が強くて驚くが、それでもしっかりとその腕を握りしめる。

「……痛い」

「おおっと、すまないな」

 パッと手を離す。彼女の腕がだらりと下がる。

 何かを考えるような仕草を取り、しばらくして思い至ったように顔を上げる。

「あそこ」

 彼女が指差す方向を見る。

 窓の外から町外れにある小高い丘が見える。そこには以前から塔のような建物があり、それが木々に隠れて見え隠れしていた。

「あの塔には夜な夜な小窓から顔を出す少女がいるって噂」

「へー、そうなのか。結構長い間この町に住んでいるけど初めて聞いたよ」

「……信じないなら、いい」

「ちょっと待てって。その噂は聞いたことなかったけど、キミの話は信じるさ。その塔の少女がどうしたんだ」

「あの塔には少女が住んでいるんじゃないかって話。幽霊でも見たんじゃないかって言う人もいるけど、真相を、確かめたい」

 彼女の言葉には力がこもっているのが感じられた。

 拳を握り、歯を食いしばるように言葉を続けるその様子は尋常ではない。

「なるほどねぇ……。いいぜ、面白そうだ。その依頼、引き受けた!」

「……本当に?」

「ああ、ワールド様に任せておきな」

 胸を叩いて自信たっぷりに笑いかける。

「報酬は……そうだな、晴れたらランチをってとこかな」

「抜け目ないわね。それくらいなら、まぁ」

「よしっ、じゃあナンパ成功、じゃない交渉成立だな!」

「あなた誰にでもこうやって話しかけてるの?」

 再び不審な眼差し。

「まさか! 俺は一人の女性しか追わないぜ。そしてハンターとしての依頼も基本的には一つしか請け負わない。何事も『ゴー、ステディゴー』が俺の信条さ」

「格好良いんだかどうなんだか……」

「じゃあ、依頼人さんのお名前は?」

「私はグラフティ……。グラで良いわ。あなたはワールドって言ったかしら」

「もう俺の名前を覚えてくれたなんて光栄だね! そうさ、では改めて。よろしく、グラ」

「ええ、よろしくね」

 二人はお互いを見つめながらしっかりと手を握り合う。


 こうしてワールドは依頼『幽霊少女の正体は』を引き受けた。

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