文学少女編 その2

 放課後、いつも通りに図書室の一番奥へ。

「あれ?いない…」

 そこに、いつもの姿は見えない。しかし、テーブルの上には彼女のカバンが置かれている。

「本、探しに行ったのかな?」

 と、本棚の間に彼女を探すと、案の定そこには、

「お、いたいた」

 本を取ろうと手を伸ばす彼女の姿を見つけた。

 俺は、すぐに歩み寄ろう…、とはせずに本棚の陰で彼女を見守る。

 別にのぞき見ようっていうわけじゃない、なんて言い逃れはできないよなこの状況。

「うーん、一番上かぁ」

 彼女は本棚の一番上の段へ手を伸ばし、本を取ろうとしていた。そんな彼女を眺めるのが目的である。

 あ、棚の一番上っていうのが重要なんだよ。と、念押ししておく。

「届くんだけど、んしょ」

 彼女の背丈だと、めいっぱい背伸びしてやっと届く一番上の段の本。それを頑張って取ろうとする彼女。なんというか、そんな姿も好きなんだ。だって、


 頑張って背伸びする女の子ってかわいいじゃん?


 どうかな、共感してくれるかな?って誰に話しかけてるんだ俺は…。

「…ねえ、見てないで手伝ってよ」

 という間に、彼女に気付かれ、助けを求められる。

「はいはい」

 ここは素直に彼女のもとへ。けれど、身長差を見せつけるかのように、わざわざ彼女の背後から手を伸ばす。こんな時、彼女がちらっと見せる、ちょっと悔しそうな顔がたまらない。

「これ?」

「うん」

 彼女が取ろうとしていた本に手をかけ、棚から…、あれ?

「取れないな…」

 棚いっぱいに本が詰め込まれていて、取りづらい。

「よっと」

 思わず、もう片方の手を添えようと、

「あっ」

 手を伸ばしたら、俺と本棚の間にいた彼女に体を預ける格好になっていた。

「っと、ごめん」

 これは、わざとじゃないよ、事故だよ。と、一応つけ加えておく。

「ううん、大丈夫」

「ほら」

 本を手渡す。

「…ありがと」

 お互いなんだか、ちょっとだけ照れくさくって、目線をそらしていた。

 そりゃ、あんなにぎゅっと身体がくっついたことは、まだ、なかったし…。


 ちょっとだけこそばゆいような雰囲気のまま、目的の本を手にした彼女と俺は定位置のテーブルへ。そして、テーブルをはさみ、向かい合って座る。

「さて、と」

 彼女は、手に持っていた本を、読み始めるのではなく、まだ少しだけ紅潮している顔を隠すために使いながら、本題へと話を進める。

「それで、このまえ教えてあげた小説は読んだの?」

 俺が、小説を読んだ感想を伝えに来たことは、彼女も気付いている。

「あぁ、読んだよ」

「で、どうだった?」

 食い気味に感想を聞いてくる。こういう時は、彼女自身、だいぶ楽しんだ本だったということ。うん、確かに面白かった。

 けど。

「あー、なんというか、お前もあんなドロっドロな話を読むんだなぁって…」

「なっ」

 そう、彼女の勧める恋愛小説だから、純愛ものかな?なんて思っていた。

「ドロドロ、じゃなくてドロっドロじゃん?あれ」

 どこぞの昼ドラみたいな、どころかそれ以上?な、ドロドロ三角関係がテーマの話だった。

「べっ、別に読んだっていいでしょ!」

 若干、からかい気味のトーンで話してしまったのも相まってか、彼女の声がひときわ大きく。

「あんまり大きい声出すと…」

 俺は、口元で人差し指を立て、しーっというジェスチャーを。

 すると彼女は、ここが図書室であることを思い出したかのように、周囲に目をやる。

「っていうほど、周りに人はいないけどな」

 そう、この時期のこの時間は、うるさいぞ!っていう視線が飛んでくるほど、人はいない。そりゃ、テスト期間中とかだったら別だけど。

 ただ、委員長然とした受付の図書委員様の目線が鋭く突き刺さってくるのが、ちょっとだけ痛い。

「もう、からかわないでよっ」

 すねた彼女は机に突っ伏し、組んだ腕から半分だけ顔をのぞかせた状態で、こちらを睨みつける。

「で、ちゃんと感想聞かせてよ」

 そして、袖に隠れた口でもごもごと、俺の意見を促してくる。

「あんなにドロドロなのに、切なくて泣けるとは思わなかった、夢中で読んじゃったよ」

 さすがに、ここからは素直に答える。というか、読んだ感想を彼女と共有したかった。それほどのめり込まされる物語だった。

「でしょ!心理描写が繊細で、いつの間にか三人の物語に引き込まれてるの」

 ヒロイン二人がそれぞれの形で主人公へ向ける一途な想いと、その間で揺らぎ悩む主人公の言動、そしてその結末が、あんなに胃がキリキリ痛くなるほど切ないものだとは思わなかった。

 彼女の言う通り、三人の物語に引き込まれた俺は眠気も忘れて、夢中で一晩中読みふけってしまった。

「実はね、あの小説、続きがあるの」

「え?あれで完結じゃないの?」

 まさか続きがあるとは思わず、つい興奮した俺の声は大きくなり、ガタッという椅子の音とともに立ち上がり、驚きを隠せずにいた。

「あんまり大きい声出すと…」

 すると彼女は、口元に人差し指を立て、しーっというジェスチャーを。

 さっきのお返しと言わんばかりに、ニヤニヤと。

「っていうほど、周りに人はいないけどね」

 今度は俺が机に突っ伏す番だ、別にすねてはいないけど、なんだか悔しい…。

 そしてやっぱり、図書委員様の視線は痛かった。

「でね、その続き、私持ってるの。読みたいでしょ?」

 俺は机に突っ伏したまま、顔を縦に何度も振る。そして、手だけを彼女の方へ、貸してくださいと伸ばす。

「…何?この手」

 けど、彼女の反応は冷たくて、

「貸してくれないの?」

 俺は思わず顔を上げた。

「だって、まだ読み終わってないもん」

「そんなぁ」

 貸してもらえるとばかり思っていた俺は、がっくりとうなだれる。

「大丈夫、今夜中には読み終わるから、そしたら貸してあげる」

「明日、土曜日じゃん」

「だから?」

「月曜までおあずけ…」

 一日でも早く読みたいけど、まあ我慢するしかないかと思っていると。

「明日、あんたの家まで持ってってあげようか?」

 願ってもない提案が。

「マジ?お願いします!」

「しょうがないなぁ」

 週明けまで我慢する必要がなくなり、嬉しくなった。

 そしてなぜだか、彼女も嬉しそうに見える。

「よし、今日は早く帰って早く寝る!明日、一日中じっくり読んでやる」

 と、急ぎ帰り支度を始めると。

「寝るのもいいけど、部屋、きれいにしといてよね?」

「え?」

「今更、気にするようなことあったっけ?」

 と、気付かぬうちに、何度目かのおうちデートの約束までとりつけられていた。

「いや、特にないけど…」

 部屋、めっちゃ散らかってる。

「どうせ、部屋片づけないとやばい!とか思ってるんでしょ?」

「そうだよ、悪いかよ」

 図星を指されて、ちょっとむかつく気もする。

「せいぜい私のために、お片付け頑張ってくださいな」

 けど、彼女の嬉しそうな顔を見るとそんな気持ちはなくなっていた。

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