闘技場の戦い
第96話
神殿騎士団のパラディン、第十二席の座にある娘、ロザリンデ・アイゼンシュタインが男嫌いになったのは、理由がある。そしてそれは、彼女が強くなった理由とほぼ一致していた。
アイゼンシュタインは、代々神殿騎士団に仕えてきた、帝国でも有数の名家だ。現当主はロザリンデの実父であり、彼もまた、騎士団の要職に就いている。
ロザリンデの父は、パラディンに憧れていた。
そのこと自体は、別に特殊な事ではない。大陸で語られる英雄譚の中には、結構な頻度でパラディンが出てくる。物語の中の彼らは常に聡明かつ高潔で、信仰に篤く、ひたすらに強い。パラディンという存在は、まさに人々の憧れ、英雄物語の体現なのだ。従って、神殿騎士団に所属する者は、一度は自分がパラディンになることを夢見る。そのこと自体は、異常な事ではない。
しかし、ロザリンデの父の、パラディンという称号に対する執着の度合いは、他の者とは少しだけ違った。
どうしても、何と引き換えにしてでもパラディンになりたい。
彼のその欲求だけは、他の誰よりも抜きん出ていた。
だが、神殿騎士団にとって、パラディンはあらゆる意味で特別だ。例え総長になれたとしても、パラディンの称号が手に入るとは限らない。実際に、現在の総長もパラディンではない。通常の職階とは異なるところに、パラディンの栄誉は位置しているのだ。
パラディンは戦場における勇者。文字通り、一騎当千以上の力を持たなければ、パラディンにはなれない。
彼自身、自らパラディンになるために、血反吐を吐くような修行をした。騎士団の任務も、身を粉にして忠実にこなした。アイゼンシュタインの家格も手伝って、彼は出世した。
しかし、彼はパラディンにはなれない。
有り体に言えば、彼には才能が無かった。
才能と言っていいのだろうか。一人で千、万の軍勢と渡り合えることを、才能の一言で片付けていいのだろうか。
それは異能だ。パラディンの力は、通常の人間の延長線上に無い。人間である彼がどうあがいた所で、その場所には届かなかった。
自分がだめなら、その夢を我が子に託そう。諦められなかった彼は、自分の子、ロザリンデを厳しく鍛えた。
女であろうと関係ない。彼の血を分けた子は、ロザリンデしかいなかったのだから。生まれた瞬間から、彼は娘に苛烈な修行を課した。
それで娘が死んでも構わないという思いが、彼にはあった。それで家が絶えるなら、それでもいいと思っていた。ようやく二本の足で立ったばかりの赤子を 当代随一の剣術師範に打ちのめさせる彼を見て、狂気だと言う者は多かったが、彼は耳を貸さなかった。ロザリンデの生みの母が、夫の異様な執着に耐えきれずに出て行っても、それがどうしたと彼は吐き捨てた。
それもこれも全ては、幼き頃からの己の夢を叶えるため。――あの、栄光の座に届くため。そのためには、あらゆる事は些事に過ぎない。
彼の願いが神に通じたのだろうか。ロザリンデはおぞましいほどの成長を見せた。
五つの時には、放り込んだゴブリンの洞穴から自力で生還した。六つの時には、神殿騎士団の過酷な訓練について行けるようになった。八つの時には、平気な顔で囚人の首をはねられるようになった。九つの時には、すでに帝都の武芸者で、彼女に敵う者はほとんどいなかった。
そして今から二年前、ロザリンデが十五の歳、現在いるパラディンたちの全会一致で、彼女が新しいパラディンとして迎えられることが決定した。
ロザリンデの父は悦びに湧いた。夢を叶えた彼は、涙を流して愛しい娘を抱擁した。
歓喜の絶頂にあった彼にとって、娘の自分を見る視線が、汚物に向けるもののように濁っていたことなど、どうでもよかった。それすらも、夢の前には些事に過ぎない。
以上が、ロザリンデ・アイゼンシュタインがパラディンになるまでの経緯であり、彼女が心の奥底で、全ての男を憎んでいる理由である。
◇
「カタリナさん」
「は、はひっ!」
ロザリンデに名前を呼ばれるたびに、カタリナの背筋に原因不明の寒気が走る。がちがちに固まった表情で、カタリナはロザリンデを振り返った。
「どうなさいましたか、ロザリンデ様!」
「一緒にお茶にしませんか?」
ロザリンデが小首を傾ると、桃色がかった灰色の髪がふわりと揺れ、そこから花のようにかぐわしい香りが漂ってくる。
白い部屋着姿の、見とれるほどに愛らしい乙女は、優しい微笑みを浮かべてテーブルの横に立っていた。
「そ、そんな恐れ多いいですから! それに、私は警備中で……!」
一方のカタリナが立っているのは、このやたら広い部屋のドアの前だ。
最下級貴族出身の彼女にとって、この部屋は実家の家がすっぽり入る大きさだ。彼女にはここが宿の一室であるなど、まだ信じられない。
なぜドアの前に立っているかというと、それは警備のためである。警備のためということにして、少しでもロザリンデと距離を取るためだ。
「何度も言いますが、もっとくつろいで下さい。この宿は警備の必要などありませんから」
その言葉どおり、宿泊客を守るために、この宿では自前の衛兵が雇われている。そんじょそこらの冒険者では敵わないような、一流どころの衛兵だ。言い訳を潰されたカタリナは、仕方なくテーブルに着いた。
「カタリナさん」
「はぃぃ!」
「お茶菓子は幾つ取りますか?」
「ふ、二つでお願いします」
ロザリンデと二人きり。カタリナはこの状況で、もう何日も過ごしている。寝室こそ別々だが、あらゆる意味で自分と異質なこの少女と過ごす時間は、カタリナにとっては針のむしろのようなものだった。
白い磁器を傾けて、ロザリンデがカップに茶を注ぐ。そこからも花のような芳醇な香りが立ち上った。
「――ふふ」
「ロザリンデ様、どうされましたか?」
「いえ。……嬉しいんです」
「え?」
突然可笑しそうに吹き出したロザリンデは、片手を口元に添えて照れた。そういう動作が、一々女性らしい。
「同じ年頃の女の子と、こうしてお茶を飲む機会なんて、私にはありませんでしたから」
「ロザリンデ様……」
ロザリンデの特殊な幼少期の話は、カタリナも耳にしている。カタリナは少し反省した。雲の上の人物とは言え、ロザリンデは自分よりも年下の少女なのだ。それに対して、あまり毛嫌いするように振る舞うのは、いくら何でも可哀想だ。
――……そうだよね。ロザリンデ様も、友だちが欲しいんだよね。
一緒にお茶を飲んで世間話をするくらい、私にもできる。というか、それぐらいしか私にはできない。カタリナはそう思ってカップを取った。
「いただきます。――あ、ロザリンデ様もお座りになって下さい」
ロザリンデは、今まで立ったまま茶を注いでいた。当然、カタリナとしてはそう言う。
「ええ、ありがとうございます」
そして、ごく自然な動きで、ロザリンデはカタリナの隣に座った。
――…………んんんん?
なぜ、“隣”なのだろう。
長方形のテーブルには、両側に椅子が二つずつ。そして部屋には、人間が二人。こういう場合、普通は向かい側の椅子に座るものではないだろうか。
「いただきましょうか」
「!?」
しかも、近い。やけに近い。椅子と椅子を至近距離に寄せて、今の「いただきましょうか」は、ほとんど耳元で囁くように発せられた。
ロザリンデの桃色の唇が、少し濡れて光っている。吐息がカタリナの首筋にかかりそうだ。
カチカチと、カタリナの持つカップが皿に触れた。
「ロ、ロザリンデ様」
「なんですか?」
「い、いえ」
どうして隣で、こっちをじっと見ているんですか。どうしてそんなに、身体をこっちに傾けるんですか。そう聞こうと思ったが、カタリナはやめた。
そんな風に質問して、狼に食われた子どもの童話を思い出したからだ。
見つめられながら、カタリナはからくり人形のような動作でお茶を飲む。ロザリンデが丁寧に入れた紅茶は美味しいのだろうが、今のカタリナの舌では、味も何も判然としない。
――ひぃぃぃぃ!
やっぱり可哀想などと思うのではなかった。怖いものは怖い。
改めてカタリナは、自分をここに置き去りにしたマキアスを恨んだ。
「あ、あの、もう明日は試合ですが」
マキアスを思い出したついでに、カタリナは仕事の話をしてごまかすことにした。
ロザリンデがゲオ・バルトムンクに提示された地下闘技場での試合は、もう明日に迫っている。
「はい、それがどうかしましたか?」
「準備とかは、大丈夫なんですか」
「ええ、もちろん」
真面目な話を切り出したお陰か、ロザリンデはカタリナの方に傾けていた身体を起こし、自分もカップに口を付けた。
「鈍らないよう、素振りは欠かしていません」
「素振り……ですか」
「はい」
部屋の武器棚には、ロザリンデの純白のハルバードが立てかけられている。
ロザリンデが戦う姿を、訓練でだがカタリナも見たことがある。しかし素振り程度で、あの力が身につくものなのだろうかとカタリナは思った。その時のロザリンデの動きは、およそ人間にできる動きを越えていたからだ。
「ま、まあロザリンデ様はお強いですから、誰が相手でも大丈夫でしょうけど」
「ええ」
「怪我には気をつけて下さいね」
「……! カタリナさん……、優しいんですね……」
――あ、やば……!
またロザリンデが身体を寄せてきたのを見て、カタリナは発言の方向を間違ったことを悟った。
「マキアス隊長はどうしてますかねぇ!」
「え?」
「い、いえ、隊長も一人で心配だなぁって!」
「……」
ならばこの話題だ。男性の名前を出すと問答無用で不機嫌になるロザリンデだが、背に腹は変えられない。
「ステラさんのお兄様は、カタリナさんによくしてくれますか?」
頑なにマキアスの事を名で呼ぼうとしないロザリンデが、カタリナに聞いた。その声が、少し重い。
「た、隊長は優しいですよ。無神経な所もありますけど」
「無神経……。男の人って、皆そうですよね」
「あ、いや、それにあれで結構強いですから、頼りになりますよ」
「強い? 男なんて、皆ゴブリンみたいなものなのに……」
――やばいやばいやばいやばい……! 助けてぇ……!
ロザリンデが段々と不機嫌になっていく。彼女はどんよりとした目でブツブツとつぶやきはじめた。これは危険な兆候である。
――一体、何の話をしたらいいの……!?
「どんな相手でしょうかね! ロザリンデ様が戦うのは!」
「……!」
敢えて大声を出して、カタリナはロザリンデの意識を引き戻した。
「明日にならないと分かんないですけど! 私気になるなぁ! 超気になる!」
「そ、そうですね……」
「あははははは!」
カタリナはとにかく大げさに明るく振る舞って、逆にロザリンデを困惑させる作戦をとったようだ。
「そうですね……。わざわざ戦うなら、できれば男の人は嫌ですね。……まあ、男の人に決まっているでしょうけど」
「あははっははは! ですよね!」
「カタリナさんのような女性がお相手なら、清々しい気持ちで試合できるのに」
「あ、ははは、は……」
でも、無理ですよねとロザリンデは微笑んだ。
◇
豪華な寝室に、赤みがかった光が差し込んでいる。夕刻が近いようだ。
ベッドボードには脱ぎ捨てられた部屋着がかかっていて、その隣には騎士服に着替えた少女が立っている。
「……よし」
ロザリンデは小さく気合を入れた。
彼女は魔術の施された籠手をはめて、異常がないかを確かめるように、何度か手を握ったり開いたりしている。
これから戦いに臨む者特有の慎重さで、彼女は騎士服の上に防具を身につけていった。
――……さあ、行きましょうか。
今日が例の地下闘技場での試合当日だ。
気乗りがしない戦いでも、神殿騎士団のパラディンとして退く訳にはいかない。例え相手が、いつも通りに自分より数段弱くとも、全力をもって打ちのめし、勝利する。
彼女にとって唾棄すべき父の教えだが、乳児の頃から徹底的にすり込まれたそれは、今もロザリンデの行動を支配していた。
家宝のハルバードを持ち、準備が整うとロザリンデは部屋を出て鍵をかけた。カタリナは外で、ロザリンデの白馬を馬車につないでいるはずだ。
――カタリナさん……。
カタリナと言えば、ロザリンデは前からカタリナに目を付けていた。
目を付けていたといっても、“そういう意味”ではない。
神殿騎士団には女性が少ない。後方支援要員の魔術士・治癒術士にはそれなりに女性がいるものの、ロザリンデのいるような前線に立って戦う部隊には、五十人に一人いるかどうかというところだ。
同じ部隊に男がいることすら耐えられないロザリンデにとって、カタリナの自部隊への配置転換は以前からの希望だった。
――あの方の部下でなければ、とっくに……。
カタリナやマキアスたちの所属する部隊が、第一団長でパラディン筆頭のヴァイスハイトの直下にあるものでなければ、無理に横やりを入れてでも、ロザリンデは自分の望みを通しただろう。
しかし第一団長は、ロザリンデにとってすら数少ない“一目置ける”男性である。騎士団内の力関係から言っても、無理を言うことはできなかった。
――でも、この機会に仲良くなれたのですから……。
いつか彼女の方から配置転換の願いを出させることもできるかもしれない。
そう考えると、ロザリンデの足取りは少し軽くなる。赤絨毯が張られた大きな階段を下りて、彼女は宿のロビーに着いた。
「いってらっしゃいませ」
ボーイの少年が、ロザリンデに向かって丁寧にお辞儀をする。十二、三歳の、まだ幼さの残る少年だ。
ロザリンデは、岩の下でうごめく気味の悪い虫を見たかのような視線を向けて、その場を通り過ぎた。
「ロザリンデ様、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
ロザリンデが馬車に乗り込むと、御者台のカタリナが声をかけた。それに対して返事をすると、ゆっくりと馬車が動き出す。
つながれている馬はロザリンデの持ち馬だが、馬車は宿の所有物である。今日は騎乗でなく馬車だ。前回は武装したまま馬に乗って闘技場を訪れたから、嫌な視線をたくさん集めてしまった。その反省を活かしたのだ。
馬車が目的地に着くまでは少し時間がある。その間、ロザリンデは取り留めもない事を考えて過ごした。
マキアスは先に闘技場に行っているはずだ。同じ馬車に乗って移動するなどあり得ないし、別に来なくてもいいとすら思ったが、バルトムンク侯とやり取りするのに、男の彼がいた方が便利なのは確かだ。そういう理由があれば、ロザリンデは男がいても我慢できる。
それに――
――ステラさんはお元気かしら。
マキアスはステラの兄だ。その点においては尊重しなければならない。
ステラはロザリンデと同年の少女である。ステラの方は神殿騎士団ではなく神聖教会直下の治癒士なので、接点が多いとは言えなかったが、ロザリンデは当然、彼女のことも知っていた。
騎士団の上層部にも聞こえる治癒の才能。誰にでも分け隔てなく接する慈愛。ステラもまた、ロザリンデにとってはお気に入りの一人だ。
実際、帝都の大聖堂に隣接する治癒院では、けが人の治療に精を出すステラをうっとりと物陰から見つめるロザリンデの姿が、幾度か目撃されている。
ロザリンデとステラに、面識は無い。だが、ここで幸運にも彼女の兄と知り合ったのだ。いずれ彼女にも紹介してもらおうと、ロザリンデは満足そうに微笑んだ。
ここで注意しなければならないのは、ロザリンデはあくまで男が嫌いなのであって、女性に恋愛感情を抱くという訳ではないという事だ。
彼女がカタリナやステラに抱く関心は、あくまで同性の友人としてのものであり、同年代の女子と接する機会が少なかった彼女が、特にそういった友情に憧れているというだけに過ぎないのだ、と。
少なくともロザリンデ本人は、いや、ロザリンデ本人だけかもしれないが、自分のことをそう思っている。
ロザリンデたちが闘技場に着くと、前回とは違う入り口から通された。ここはアリーナを通らずに、闘技者の出場ゲートや貴賓室にまで行くことができる特別な通路だ。今回は武器を携えたまま、ゲオ・バルトムンクと面会することになる。
「来たか」
「お久しぶりです、バルトムンク侯」
果たしてゲオ・バルトムンクは、既に貴賓室でロザリンデが来るのを待ち構えていた。マキアスの姿も同じ室内にある。
老侯はロザリンデの騎士装束とハルバードを眺めてから、口を開いた。
「今日は、存分に手並みを拝見させてもらうぞ」
「はい、どうぞご存分に」
「ふん……。対戦相手は、かなりの手練れだということだ。まさか神殿騎士団のパラディンが、一介の冒険者風情に後れを取ることは無いと信じているが」
相手の見下した視線と皮肉交じりの言い方を気にせず、ロザリンデは尋ねた。
「冒険者なのですね? 私の相手は」
「そうだ」
「お名前などは、聞かせていただけないのですか?」
「相手方がどんな戦士を出してくるか、それは儂も知らん。ただ、冒険者とだけ聞いている。……しかし伝えたはずだ。どんな敵が来ようと、パラディンなら打倒して見せるがいい」
「かしこまりました」
ロザリンデは、余裕の笑みを浮かべた。
「パラディンとして、アイゼンシュタインの名を継ぐものとして、恥じぬ戦いをお目に掛けましょう」
しばらく待つと、闘技場の人間がロザリンデの出番が来たと伝えに来た。
ロザリンデは立ち上がると、その男の案内を受け闘場入り口へと向かった。
マキアスとカタリナは、老侯と共に闘場での戦いが一望できるあの部屋に残る。闘場を挟んで向かい側には同じような貴賓室があるという。ロザリンデの相手というのは、その部屋の主が雇ったものなのかもしれない。
――……あれ?
歩きながら、ロザリンデは自分の異常に気が付いた。
胸に手を当てると、妙に鼓動が早い。その鼓動は闘場に近づくにつれ高まっているようだ。
緊張しているのだろうか。いや、そんなことは無いはずだ。この程度の戦いで緊張するほど、ロザリンデは未熟ではない。
「……?」
なぜか分からない。でも、鼓動はどんどんと早くなる。こんなことは初めてだ。
たくさんの扉が並んでいる空間に出た。
土や鉄さびの匂いと、血と汗の匂いが入り混じっている。ここが闘技者の控え室なのだろう。人間の気配以外にも、魔物の気配すら感じるのは、ここが噂通りの場所だからだ。
――すん。
男たちの汗の匂い。ロザリンデが一番嫌う匂いのはずなのに、今日の彼女は特に吐き気を催さなかった。
それどころか、どこか遠くから、今までに嗅いだ事の無いようなかぐわしい香りが漂って来るような気さえする。
どうしたのだろう。胸が熱い。呼吸が苦しい。
「大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です」
胸に拳を当ててうつむいた彼女に、闘技場の人間が気遣わし気な声をかけた。
彼の目には、戦いを前にした緊張で、少女が動けなくなってしまったようにしか映らなかっただろう。
アリーナで、次の出場者に呼びかける声が響いている。喚声が地下を揺らし、天井からぱらぱらと砂ぼこりが落ちた。
「……行けるか? ここで棄権はできないが……」
「問題ありません」
息を整え、ロザリンデは毅然とした表情で前を向いた。
この体調不良の原因は不明だが、とにかく今はパラディンとして、目の前の試合、すなわち目の前の任務に集中するべきだ。
「開けるぞ」
「――はい」
その言葉と共に闘場への扉が開き、薄暗い地下に光が差す。くぐもって聞こえていた喚声が明瞭になった。
ハルバードを軽く一振りしたロザリンデは、ゆっくりと戦いの舞台に歩を進め――
そこで彼女は、運命に出会った。
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