エピローグ:「去る者と追う者」

第70話

 下町の治癒院の一室で、治癒術士のステラは暗い顔をしてうなだれていた。彼女がこんな表情をするのは、大体どういうときか決まっている。それは、助かりようのない病人やけが人が、この治癒院に運ばれてきたときだ。


「あ……」


 物音に反応し、ステラが顔を上げる。病室の扉が開き、患者を見舞いに来た男が出てきた。


「……リグスさん」


 名前を呼んでも、リグスは何も答えない。思い詰めた険しい表情で、彼はステラの横をすり抜けていった。


 彼の出てきた病室には、三人の、死を待っている患者がいる。


 十日ほど前の深夜、リグスはこの治癒院にその患者たちを連れてきた。皆、彼の部下の傭兵なのだという。三人とも、まだ息があるのが不思議なほどの大怪我を負っていた。


 ――頼む! お願いだ!


 リグス自身も重傷だったが、彼は地面に両手をつき、頭をこすりつけて、ステラに仲間の治療を頼んだ。

 ステラは彼らを引き受けた。しかしそれは、治療できるという意味ではなかった。どんなに彼女が優秀な治癒士でも、可能なことと不可能なことがある。いや、例えステラでなくとも、この世界に彼らを治癒できる人間などいないだろう。できるとすれば、それは、生命を操る奇跡に等しい。

 せめてステラにできるのは、彼らの苦痛を少しでも和らげる事くらいだった。


 ――……そうか。


 その事を告げた時、リグスはそう、一言だけつぶやいた。その時のリグスの、何かを悟ったような表情が、まだステラの頭に残っている。


 リグスはそれ以来、毎日患者たちの容態を見に来る。決まって、彼一人だけで。

 リグスの傭兵団には、他にも多くの人間がいたはずだ。何人かは、ここに治療に来ていたから知っている。そしてそういうときの彼らは、いつも賑やかに、何人かで連れだって来ていた。しかしなぜか、今の三人が運び込まれて以来、ステラがリグス以外の傭兵の顔を見ることは無かった。


「団長は……、大丈夫かな」


 そうつぶやいた少年は、ゴーレムクラフターのリーフだ。ある縁で知り合って以来、ときたまこうして治癒院に顔を見せる。リーフもリグスとは親交があったそうで、彼のことを気にかけていた。


「……何が、あったんだろうね」

「……どうなのかな。リーフ君の方が詳しいんじゃないの?」


 傭兵団に“何か”があったのは間違い無い。

 リグスたち傭兵団の雇い主であったというエアハルト伯の次男、クルツ・エアハルトの死が公表されたのは、これも十日ほど前のことである。彼らは、何か危険な仕事に手を出していたようだ。

 ステラのような下町の治癒士に、その死の真相を知ることなどできない。しかしリーフの方は、所属している城の魔術研究所で何か聞いているのではないかと思い、彼女はそう聞いた。


「う~ん。なんだか城が騒がしいけど、僕にはよく……」


 リーフは言葉を濁したが、実際には、城の中ではかなり物騒な噂が流れているのを、彼は知っていた。

 実はクルツは、郊外での演習中に、高位貴族の一人に暗殺されたというのだ。クルツの死に関連して、拘留された貴族も多いらしい。城で挨拶を交わしたこともある。クルツの死を聞いて、リーフは少し心を痛めた。

 しかし、その程度だった。それよりも、二人が安否を気にしている人物がいる。


「……アルフェちゃんは?」

「……分かんないよ」


 二人が知る少女も、しばらく音沙汰が無い。リーフによると、彼女はここの所ずっと、リグスの傭兵団と行動を共にしていたはずなのに。

 傭兵団に何があったのかは分からない。しかし、リグスとここにいる患者以外の団員は、きっともう帰ってこないのだ。薄々そうだと気付いているステラたちだが、それを口にすることはない。


「僕は、明日も冒険者組合に行ってみる」

「……お願いします」


 彼女の無事を確かめようとしても、二人はあの少女が泊まっている宿すら知らなかった。だからリーフは、毎日冒険者組合に顔を出して、彼女が来るのを待っている。

 もしかしたら彼女も、リグスの他の部下たちと同じように、もう帰ってこないのではないだろうか。その最悪の想像を押し隠して。



 だが、その心配は、一応は杞憂に終わった。

 翌朝の冒険者組合に、アルフェがひょっこりと顔を見せたからだ。

 カウンターで何かの手続きをするアルフェの後ろから、リーフは心底安堵して声をかけた。


「アルフェ君! 元気だったんだね!」

「……リーフさん。おはようございます」


 ――……あれ?


 とリーフは思った。今日の彼女は、何かおかしい。

 表情が動かないのはいつものことだ。しかしリーフはなぜか、久しぶりに見たアルフェの、何かが変わってしまったような違和感を覚えた。何が変わったかと言われると、それは分からないのだが。

 それにアルフェは、そんなに多くはないが荷物を抱えていた。旅支度である。


「どうしたの、また冒険者の仕事? どこか出かけるの?」

「いえ――」

「アルフェ」


 リーフの質問に答えようとしたアルフェの言葉を、低い声が遮った。

 振り返ると、そこにはリグスがいた。


「……丁度良かった。――アルフェ、お前に用があるんだ」


 そう言いながら、リグスは二人に近づいてくる。傭兵団長の仕草にも、いつもと変わったところはない。だが、リーフはまた違和感を覚えた。


「だ、団長?」

「……仕事だ。アルフェ、明日の朝、ここに来てくれないか」


 そして、落ち着いた声音でリグスが示した時間と場所は、何か奇妙なものだった。

 時間は、まだ薄暗い夜明け前の早朝。場所は、市壁の外の何も無い丘だ。

 それに、仕事とはなんだろう。彼らの雇い主だったはずのクルツは死んでしまった。護衛の仕事は失敗したということなのだろうが、また、新しい雇先が見つかったのだろうか。


 アルフェとリグスは、お互いの目を、じっと見つめ合っている。


「……怪我は、もういいのか?」

「……はい」

「……もう、発つつもりだったのか?」


 アルフェの旅支度に目をやって、リグスは言った。


「……いえ、大丈夫です。行きます」

「……すまねぇな」


 その短いやり取りだけで、リグスは去っていった。


「何の仕事なんだろう……。団長は肝心なことを言わないね」

「……」

「僕もついていっていいかい?」


 気軽に聞いたつもりのリーフだったが、アルフェの返事は予想以上に冷たかった。


「だめです」


 その声がいつもよりも遙かに真剣で、突き放すようだったので、リーフはたじろいでしまった。



 そして、翌朝――


「来てくれたか」

「……はい」

「……ありがとうよ」


 夏の花が咲いている野原の真ん中に、リグスが立っている。

 まるで戦いに赴くように、鎧を身につけ、鋼の戦鎚を携えて。


「俺が何をしようとしているのか、お前には、分かってるんだな」

「はい」

「分かってるのに、ここに来たのか」

「……はい」

「そうか……。……俺は、情けねぇ大人だな」

「……」


 今日もアルフェは、旅支度をしている。彼女はその荷物を投げ出し、マントを脱ぎ捨てる。

 地面に立てた戦鎚の柄を握るリグスの手が、ぎちり、と音を鳴らした。


「――あ、いた! やっぱり来ちゃったよ、アルフェ君。ん? どうしたの団長、その格好」


 アルフェの後をつけてきたリーフが、はあはあと息を切らしながら、そんな二人の側に寄ってきた。


「リーフさん」

「うん?」

「離れてください」

「え――」


 リーフがなぜと言う前に、猛烈な殺気が、アルフェとリグス、二人の間に吹き荒れた。


「え――!?」


 大気中のマナを揺らすほどの存在感のある殺気に、リーフは思わず後ずさる。


「ラトリア公女アルフィミア。お前に、死んでもらう」

「……」

「“あの男”が言ったんだ。お前を殺せば、あいつらを、助けられる」

「……」

「分かるな?」

「……」


 あるで言い諭すように、噛み締めるように、リグスは一言一言、はっきりと語った。徐々に、アルフェの顔はうつむいていく。


「だからアルフェ。……あいつらのために、死んでくれ」

「……分かりました」


「ラ、ラトリア? 公女? 隊長、何を言ってるの? それに、死んでもらうって――」


 二人の会話の意味が、リーフには理解できない。だが、二人にはよく分かっているようだ。目を伏せていたアルフェは顔を上げ、きっぱりと、リグスに向かって言い放つ。


「でも、私は死ねません」


 大地を蹴って、リグスが吶喊する。巨大な魔物を屠るその鉄槌を、傭兵団長は、本気でアルフェに振り下ろした。


「なっ――」


 地面が大きく陥没し、土埃が舞う。リーフは両腕で目を覆い隠して、それを防いだ。


「――だ、団長! 何してんだよ!」


 アルフェは無事だ。リグスが戦鎚を振り下ろしたのとは別の位置に、彼女は立っている。リーフには見えなかったが、避けたのだろう。しかし避けなければ、アルフェは確実に死んでいた。

 冗談でも何でもない。リグスは言葉通り、アルフェを殺すつもりだ。


「団長! アルフェ君を殺すなんて、何があったか知らないけど、そんなの――」

「おかしくねぇ」

「――!?」

「何もおかしくねぇよ。俺は傭兵だ。これは、俺の新しい仕事なのさ」

「仕事!? 仕事って――」

「報酬がでるんなら、昨日まで味方だった奴とも戦える。それが俺たちの商売だ。そうだろう、アルフェ」

「……そうですね」


 アルフェの返事の終わりしな、彼女の立ち位置にまたも鉄槌が打ち込まれた。しかしそれも、手応えは無かったようだ。


「……やるじゃねぇか」

「団長! やめてよ! どうしてアルフェさんを――」

「ガキは黙ってろ!!」


 リグスの大音声が、慌てふためくリーフを一喝した。

 前に言っただろうがと、彼は怒鳴る。小高くなった丘の上で、その声は天高く響いた。


「この娘は怪物だ! お前とは――、普通の人間とは違う、どうしようもない化け物なんだ! こいつが死んだって、誰も気にしねぇ! 一人も悲しむ奴なんていねぇ! 元々こいつは、生きてちゃいけねぇ化け物なんだ! こんな奴の命であいつらを救えるなら、それくらい、安いもんだろうが!!」

「何を――、何を言って――」


 アルフェの方は、何も言わない。だが、彼女の無表情な顔に光る瞳もまた、既にリグスを敵として認識しているように見えた。

 止めようもなく、二人は殺し合いを再開する。

 リグスはアルフェを殺そうとしている。そしてアルフェもまた、リグスを殺そうとしている。目の前に展開されているその事実が、リーフには信じられなかった。


「――ぐッ」


 何度目かの攻防のとき、ずん、と、アルフェの左手がリグスの脇腹に突き刺さった。


「なめるなあッ!」


 それを意に介さず、リグスはアルフェの頭の上に戦鎚を振り下ろす。轟音と振動。遅れて風圧が来る。

 直撃すれば、人間は間違いなくひしゃげて潰れる。その攻撃を、よく知っているはずの少女に向けるリグスの動きには、微塵の躊躇も無い。

 しかし戦いは、アルフェの有利に進行している。長く重たいリグスの戦鎚は、大型の魔物や大勢の敵と渡り合うには都合が良いのかもしれない。だが、小柄で素早いアルフェを相手にした時は、あまり相性が良くないように見えた。


 少女は決して止まらず、一撃離脱を繰り返してリグスの体力を奪っている。もっとも、一撃受ければ即死するという緊張感は、アルフェにも相当なプレッシャーを与えているようだ。その額には、大粒の汗が浮いている。

 大きな金属音がして火花が散り、まだ薄暗い野原を明るく染めた。

 アルフェの蹴りを、リグスが戦鎚の柄で受け止めている。


「ぬんッ!」


 はじき飛ばされたアルフェが、ふわりと青い花畑の中に降り立ち、リグスとの間隔を開ける。


「……あなたの仰る通りです」


 ぽつりとつぶやいたようなアルフェの声だが、それはリーフにもはっきりと聞こえた。


「……何がだ」

「リグスさん、あなたの言う通りなのかもしれません。私は生きている価値の無い、化け物なのかもしれません」

「……」

「でも――、いえ、だからこそリグスさん、私は、あなただって殺せます。私の道を、遮るのであれば」


 アルフェの目が、また光る。ほっそりとした彼女の指から滴り落ちる血は、リグスのものだ。


「……相変わらず、子どもらしくねぇ。俺はな、お前のそのすました物言いが、ずっと気にいらなかったんだよ……!」


 戦いは続いた。

 大地を見れば、野原に生い茂る花々は踏みにじられ、所々が大きく陥没している。

 一方的に攻撃を受けるリグスは、徐々に傷を増やしていく。それでもリグスの眼光は健在だった。彼はどうやら、致命傷だけは避けて、アルフェに逆転の一撃を与える機会を狙っているようだ。

 そうやって、十分ほど時間が経過した時だったろうか。リグスが左手で、アルフェの蹴りを受け止めた。グローブ越しとは言え、魔物の甲殻を砕くアルフェの蹴りを、手で止める。そんな事をすればどうなるか。骨が粉々に砕ける音が、リーフの耳にまで届いた気がした。


「ぬうううああああああ!」


 しかし、リグスはその左手でアルフェの蹴り脚をがっちりとつかみ、少女の身体を宙に引き上げる。そしてそのまま、渾身の力で地面に叩き付けた。


「――ぐふッ!」


 瞬間、アルフェの身体が硬直する。

 とどめとばかりに、リグスは恐るべき膂力で、戦鎚を片手で振り上げた。


「死ぃねえええええ!!」

「――だめだ!」


 その瞬間、リーフは叫んでいた。

 リーフに、人の命を奪った経験はない。だがその時は、咄嗟に体が動いた。

 反射的に行使した魔術を、少年はリグスめがけて放った。


 リーフの手元で構成された光球が、吸い込まれるようにリグスの後頭部に向かっていく。初歩的な爆破魔術。だがリグスがどんなに頑丈でも、人間である以上、無防備な頭部に直撃すれば死は免れない。

 リグスが、リーフの方を向いた。彼の瞳には、光の球と、それを放った少年の姿が映っている。リグスは、ついさっきまでとは打って変わった、穏やかな目をしていた。

 避けようとすれば、避けられたのかもしれない。だがまるで、リグスは棒立ちのまま、その魔術が自分に届くのを待っているようにさえ見えた。

 リーフに、人の命を奪った経験はない。まして知った人を手にかけるなど、想像したこともない。だがリーフは、この一瞬で、少女とリグスの命を天秤にかけた。


 ――!!


 しかし、彼の魔術を、リグスに代わって受けた者がいる。

 耳障りな破裂音の後、煙を引いて、その人物の体が弧を描いた。そして野原を二、三度跳ねて転がり、その体は止まった。


「え――」


 リーフには言葉も無い。

 リグスすら、唖然とした表情で固まっている。

 どうやって、いや、それ以前になぜ、彼女はリグスをかばったのか。


「ア……、アルフェ、君」

「……手を、出さないで、下さい」


 アルフェは体から煙を立ち上らせながら、地面に這いつくばっている。長い銀髪に隠れて、その表情は見えない。


「何で……」

「リーフさん……。これは私の、個人的な戦いです。あなたに手を出される筋合いは、ありません」

「そんなんじゃ、ないだろ」

「余計なことを、しないで下さい」

「そういうこと言ってるんじゃないだろ!!」


 腹の底から、リーフはアルフェに呼びかけた。


「……」

「僕がアルフェ君を――、団長を死なせたいわけないだろ!! 君が団長を、殺したい訳ないだろ!! 化け物なんて――、そんな、君は、そんな人じゃないだろ!! こんなこと、こんなことする必要なんて――!!」

「……」

「君は、君は――!!」

「――うるさい!!」


 アルフェが地面に向かって叫ぶ。前にも一度、リーフは彼女のこんな声を耳にしたことがある。今にも壊れて、泣き出してしまいそうな、そんな危うい声を。


「うるさい!! 黙れ!! 黙ってよ!! もう嫌! 聞きたくない……! 聞きたくないの! 私――!! 私は――。……私には、やらなければならないことがあります。誰にも、邪魔は――!」


 膝をつき、アルフェがふらふらと立ち上がる。

 彼女はさっき、地面から飛び上がって、無理な姿勢で光球を受けた。服の背中の部分が焼け焦げて、露出した白い肌には、生々しいやけどの跡が見えた。


「……そうだ」


 その声を発したのはリグスだ。


「そうだ、アルフェ。お前の言うとおりだ。これは、ガキが手を出せる問題じゃねぇ。……そろそろ、終わらせようぜ」


 その言葉に応えように、牙を剥きだして、アルフェは右手を構えた。刃のような形にしたその手に、目に見えるほどの魔力が纏われていく。

 リグスの方も、戦槌を振りかぶる。鎧の中で窮屈なほどに隆起した筋肉が、この戦いで最大の一撃を繰り出そうとしているのが分かった。


「……なんで」


 その場にへたり込むリーフをよそに、対峙する二人の闘気は高まっていく。

 彼らの間に割り込む勇気が欲しいと、少年は切実に思った。しかし、足は動かない。


 馳せ違う二人。アルフェが前のめりに倒れ、手をついた。それを振り返ったリグスは、さっきと同じように穏やかな目で、何かをつぶやいたように見えた。


「……ぐふっ」


 横に裂かれたリグスの腹から鮮血が噴き出し、ぼたぼたと臓物が落ちる。


 ひどくゆっくりとした動作で、傭兵団長の身体は花の中に沈んだ。


「――団長! 団長、しっかり――!」


 リーフは駆け寄り、リグスを助け起こそうとした。しかし、どう見ても手遅れだ。ステラを呼んできても、間に合わないだろう。


「俺は――ごぼっ」

「喋っちゃ駄目だ! 血が――!」


 リーフが止めても、リグスにはもう、その声が届いていないようだ。蚊の鳴くような声で、彼は何かを伝えようとしている。リグスの口元に耳を寄せて、リーフはそれを聞き取ろうとした。


「――と――、が」

「団長!」

「――の――、あの、男が」

「――? ……男?」

「あの男が、言ったんだ」

「――な!? なんだ、これ……、心術? こんな強力な――」


 その時リーフは、リグスにかけられた強力な魔術の残滓を感じ取っていた。

 心術――人の精神に働きかけ、心を操る魔術体系。


 リグスの頭の中には、走馬灯のように記憶がよみがえっている。

 治癒院で瀕死の仲間を見舞った帰り、路地裏で会ったあの男。


 ――メルヴィナめ、何を隠しているかと思えば――。


 ――まあいい、これも、実験だ。


 ――……リグス・マクレイン。


 ――仲間を、救いたくはないか?


 妙に心に染み入る声で、リグスに仕事を持ちかけた、魔術士風の男。


「俺は……」

「団長!? だめだ団長! 目を閉じたらだめだよ!」

「グレン……、ウェッジ……、…………皆、すまねぇ……」


 それきり、見開いた目を天空に向けたまま、リグスは動かなくなった。

 訳が分からず、リーフはただ、リグスの亡骸の横で呆然としている。


「…………何なんだよ。何なんだよ、これ。何なんだよ!」


 リーフは拳を地面に打ち付けた。何度も、何度も。その手からは血がにじみ、目尻には涙が浮かんでいる。


「こんなの――、何なんだよ! おかしいだろ! こんなの――!」

「リーフさん」

「――ッ! ア、アルフェ君……」


 ぼろぼろのアルフェが、マントと荷物を手に持って、リーフたちから少し離れた場所に立っている。

 彼女はリーフの方に、何かを投げてよこした。地面に落ちた光るそれは、二人で見つけた、あの黒い魔石だ。


「お世話に、なりました」

「……アルフェ君?」


 その目はもう、彼の方を見ていない。


「さよなら」


 それがこの町で、リーフが聞いた、彼女の最後の言葉だった。

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