第23話

 今回はいつもの採取と違い、コンラッドが戻るまで、何日でも森に留まり続けなければならない。マンドレイクを探す前に、しっかりとした拠点の確保をする必要があるだろう。

 まずは寝床だ。少し考えたが、アルフェは道中に寝泊りしたような木のうろを探しはじめた。

 魔の森最深部の木は、町周辺のそれとは違って非常に巨大で、歪んだ形をしている。アルフェが入り込めそうな穴はいくつか見つかったが、その中でも広く、入り口の狭いものを選んで荷物を運び入れた。


 ――保存食はまだあるけれど……。


 それはできれば、コンラッドが帰ってきた時のために残しておきたい。


 滞在がどの程度になるかは分からない。ここにいる間は、現地調達でやりくりしたいところだ。一番重要な水は、近くに小川がせせらぎになって流れているので問題無い。後は薪だが、ここは森の中だ、それは探さずとも見つかる。

 さしあたって野営地の作成を行ったアルフェは、早速目的の調査を開始した。


 マンドレイク――。それはヒュドラのような伝説の存在という訳では無い。限りなく希少だが、採取された記録はベルダンの冒険者組合にも残っていた。その根は強力な魔力を内包しており、あらゆる霊薬や呪術の媒介となる。引き抜けば叫び声を上げ、それを聞いた者を、最悪の場合死に至らしめるという逸話は、あまりにも有名だ。


 アルフェは今回ここに来るに当たって、薬草辞典を購入してきていた。写本で金貨五枚と非常に高額だったが、うろ覚えの知識で伝説の薬草を探すほどの自身は無かったからだ。

 生息する魔物についても、できるだけ情報を買ってある。ローラの命を考えれば、必要な出費と割り切れた。


 ――食べられる草を、見分けることも出来ますしね。


 もちろん、食料の確保も重要な理由である。


 ――森の中でも、日当たりの悪い湿気の多い場所……


 薬草辞典の情報を頼りに、アルフェは拠点周辺から少しずつ探索を行っていく。最初は地理を把握しながら徐々にだ。


 拠点の近くで魔物に遭遇した。以前に見た巨大ネズミに似ている。異なっているのは、全身が鋭い棘で覆われていることだ。魔物は森の草を食んでいる。魔物というよりは動物なのかも知れない。見ている限りでは、なかなか愛らしい外見をしている。

 しかしその魔物は、アルフェの存在を嗅ぎつけると、全身の棘を逆立てて発射してきた。アルフェは回避したが、棘は後ろにあった木の幹に深く突き刺さっている。侮れない威力だ。


 続けて発射された棘を腕甲で弾き、距離を詰めると、棘で覆われていない顔面に掌底を突き入れた。魔力を叩き込まれた魔物の頭部が爆散し、息絶える。


「さすがは森の最深部……。可愛らしい見た目でも、油断したらだめですね」


 本来ならここは、アルフェの力量で踏み込める領域から外れている。こんな風にたやすく屠れる魔物は、むしろ例外だろう。


 死体を残して、他の魔物を引き寄せるわけにもいかない。アルフェはその死体を野営地に持ち帰ると、解体して食料にすることにした。

 そのために、腰に挿した薄青のナイフを引き抜く。このナイフは、いつかの冒険でアルフェが倒したソードスパイダーの脚から削り出した物だ。彼女は再三マキアスに売りつけようとしていたが、買ってもらえなかったので自分用に加工した。軽く、切れ味が良いので採取などに都合がいい。


 魔物の解体は、その時の依頼に同行した、狩人見習いのマーガレットに基本を教わった。冒険者としては必須の技能だ。大ハリネズミの棘は、“かえし”が付いていて刺さると抜けにくくなっている。使えそうなので、肉だけでなく棘も何本か採っておいた。


 一日で野営地周りの地形はほぼ把握できたが、探索初日はマンドレイクらしきものを見つけることはできなかった。


 ――焦っては駄目……。


 もとより、一日二日で発見できるとは考えていない。確実に、少しずつ探索の範囲を広げていく。

 アルフェは毛布にくるまり目を閉じた。


 二日目は、拠点からさらに離れた地域を探索した。マンドレイクではないが、貴重な薬草をいくつか見つけた。全てを採取する時間は無いが、これも何かの役に立つかもしれない。

 少しだけと思って採取していると、新たな魔物に遭遇した。森の土が盛り上がり、歪な人型を構成していく。アースエレメンタルだ。


 エレメンタルは、マナが濃い場所ならばどこにでも生じる。アースエレメンタルは文字通り、土や鉱石が魔力によって変質した魔物を総称したものだ。

 その強さはエレメンタルを構成する鉱物の種類によって大きく異なる。目の前にいる敵は、ただの土がエレメンタル化したもののようだ。それほど威圧感は感じない。多少の数相手なら問題ないだろう。


 人型は十体はいる。薬草を捨てて立ち上がったアルフェは、近いものから順に拳と蹴りを打ち込み、次々と土人形を破砕していった。


「――ちっ!」


 体に何か、特殊な鉱石が含まれていたのだろうか、一体だけ強い個体が混じっていた。他のエレメンタルのように一撃では崩れ去らず、その個体はアルフェに反撃を加えてきた。二度三度と打ち込むと、ようやくただの土に戻ったが、思ったより手こずってしまった。


 ――師匠を避けて、魔物が寄ってこないというのは本当でした……。強力な魔物と遭遇する前に、マンドレイクを見つけないと……。


 彼女はエレメンタルを殲滅すると、手早く薬草を集めなおし、その場を離れた。これから探索を行うたびに、魔物に遭遇する危険は増していくだろう。早いうちに目標を達成し、できることなら、コンラッドが帰ってくるまで野営地に引きこもりたい。

 しかしその日の探索でも、目的の物は見つからなかった。


 森の朝は、町よりも空気が濡れていて、気温が低い気がする。小川の水は、底が明瞭に見えるほど澄んでいて、凍えるほど冷たい。目覚めたアルフェは、袋に汲んだ水を焚き火で沸かし、身体を拭いた。


 師匠は、もうに大山脈にたどり着いただろうか。彼女は身体を拭きながらその事を思った。


 改めて考えると、無茶な要求をしたものである。単独で大山脈に赴き、伝説の魔物の一体を倒すなど、限りなく不可能に近い。アルフェの知る限り、この世で最も強い人間であるコンラッドでも、それは同じだ。

 しかしアルフェは、彼ならばできると思った。だから思わず頼んでしまったのだ。無茶なお願いをした償いは、自分の仕事をこなすことで果たすしかないだろう。


「……よし!」


 アルフェは頬をたたいて気合を入れなおした。



 そのころ、アルフェと別れたコンラッドは、険しい山脈を駆け上っていた。


 ――やはり、無謀だったか。


 頭の中に、後悔がよぎる。弟子と別れてから、何度もよぎった後悔だ。


「――っはぁッ、はぁッ」


 立ち止まり、激しく息をつく。もう半日は駆け通している。彼の体力にも限界が来ていた。

 コンラッドは喘ぎながら、ローラを助けてくれと言った時のアルフェの顔を思い出している。


 ――俺も、買いかぶられたもんだ……。


 アルフェは自分を、超人か何かと勘違いしているようだが、それは違う。自分はただの人間だ。少しばかりは、腕に覚えがあるかもしれない。そこいらの人間や魔物には、絶対に負けない自信がある。

 だが自分は勇者でも天才でもない、ただの平凡な人間なのだ。走れば汗もかくし、息も切れる。


 甚大な魔力を孕んだ雷雲をまとう峻険な山々、果てなく広がる魔の森、周りに広がっている光景は余りに雄大で、コンラッドをしてさえ、己の無力さを痛感させる。人間の住む領域など、こうして見れば、大陸のごく一部でしかなかった。この中では彼一人程度、広大な空の星一つにも満たない。


 ここを人間が訪れること自体、間違いなのだ。ましてこの地で、いるかどうかも分からない怪物を探し出し、討伐するなど、正気の沙汰では無い。

 汗を地面に落としながら振り返ると、遥か眼下に黒い森が広がっている。その中央に見える巨大な木。彼の弟子は、今、あの下にいる。


「――ふうッ!」


 そうだ、あの馬鹿弟子が、自分を待っているのだ。コンラッドは息を整え、走れぬまでも、足を前に進める。


「っ!? ちッ!」


 のろのろと歩く彼を、羽を広げた巨大なルフ鳥の鉤爪が襲う。コンラッドはすんでのところでそれをかわした。

 風景に気を取られている場合ではなかった。幼体でも、優に人間の大きさを超える巨鳥、こんなものが、この山にはごろごろしている。


「墳!」


 くちばしで突きかかるルフ鳥の頭部に、最小の動きで掌打を見舞う。妖鳥が、羽をまき散らしながら墜ちていく。ここに来てからもう何度、こんな戦いを繰り返しただろうか。彼の通ってきた道には、強力な魔物の死骸が列をなしていた。


 ――何であいつは、俺なんかを信じられるのか。


 目の前の崖に手をかけ、よじ登りながら、森に残してきた弟子のことを思う。


 アルフェに話した通り、コンラッドは確かに、勇者に憧れて家を飛び出した。しかしそれは、ただの言い訳に過ぎない。

 彼はただ、居たたまれなくなって逃げただけだ。由緒ある騎士の血筋に生まれながら、剣も槍も使えない彼には、屋敷のどこにも居場所が無かった。


 ――代わりに身に着けたこの力とて、父には邪道と蔑まれ、兄の前には無力だった。


 ベルダンの町に来るまで、コンラッドは色々な場所を流れた。兄に勝てぬとしても、これだけの力があれば、きっと道は開けるはずだと、最初はそう考えていた。

 冒険者に身をやつした。依頼を受けて魔物を倒し、野盗や賞金首を狩って生活の糧とした。勇者とは言えなくとも、人々のためになると思って。――だがしかし、それで彼が感謝されたことは少ない。


 無手で容易く敵を葬る男は、どうやら化け物と同じ扱いしかされないらしい。彼はどこでも、奇怪なものに対するような、恐れを持った目で見られた。

 そのことがコンラッドには、たまらなく辛かったのだ。


 流れるうち、心が段々と荒んでいった。気が付くと、ただの無頼と化した自分がいた。


 ――そう言えば、大家と初めて会ったのも、あの頃だったな。


 アルフェが現れるずっと前から、あの町で自分に構い続けたのは、ローラだけだった。今よりも、ずっとろくでなしだった自分を、彼女はずっと、見放さないでいてくれた。

 なぜ彼女がそうしてくれたのかは分からないが、そのおかげで、自分はあの町で生きてこられたのだ。


 剣の様に尖った断崖、足を踏み外せば、彼と言えども死は免れない。


 それなのに、なぜこんなところで、自分は思い出に浸っているのだろう。汗にまみれたコンラッドの顔に、わずかに苦笑が浮かんだ。


 ――助からないなどと、言ってしまったが……。あいつには本当に、感謝せねばな。


 アルフェに言われて、ここに来なければ。それでただ、ローラが死ぬのを黙って眺めていたとしたら。

 その時は、アルフェの言う通りだ。自分はそれこそ、弟子にも顔向けのできぬ唾棄すべき男になっていただろう。


 ――助けてみせるさ……!


 崖をつかむコンラッドの手に、力がこもる。

 自分は今確かに、誰かのために己の力を振るっている。それを思うと、コンラッドの迷いは段々と消えていった。



 コンラッドと別れてから三日目。やみくもに探しても仕方がない。マンドレイクは湿気と日陰を好むとある。森の最深部は全体が日陰の様なものだが、少しでも条件に合う場所を探さなければならない。そのために、今日のアルフェは小川を遡ってみることにした。


 森を流れる小川の水はあまりにも澄んでいて、意外な水量がある。この水は、はたしてどこから流れてきているのだろう。今コンラッドがいるはずの、遥かな山の上からだろうか。


 初日に倒した大ハリネズミの肉は、煙で燻して食糧にしてある。昼頃まで探索すると、彼女はそれを保存食の代わりに口に入れた。


 ――あれは……。


 川沿いに上流を目指していると、初めて強力な魔物に遭遇した。二本の大きな牙の生えた、四足の魔獣だ。それが夢中で川の水を飲んでいる。見るからに手強そうだ。戦って、勝てるかどうかは分からない。


 ――……戦うか?


 あの魔獣一体が相手ならそれでもいい。しかし、今回は目的が違う。


 とにかく気付かれないように、草むらに伏せて息を潜め、気配を殺した。心臓の鼓動が大きくなり、その鼓動の音さえも、魔獣に聞かれると思うと煩わしく感じる。彼女は魔獣が場所を移すまでの時間、そうやって死んだふりをして過ごした。

 魔獣が去った後、アルフェはようやく体を起こしたが、気が付くともう日が暮れかけている。その日の探索は打ち切らざるを得なかった。


 ――明日はもっと、上流を探してみよう……。


 明日になれば、あの魔獣はいないかも知れない。徒労感からか、その日は泥のように眠った。


「――誰だッ!」


 夜中、魔物の気配で目が覚め、アルフェはとっさに跳ね起きた。木のうろの外から、爛々と光る黄色い眼が、こちらをのぞき込んでいる。彼女は枕元に置いてあったハリネズミの棘をとっさに掴むと、光る眼に向かって投げた。


 思ったよりも上手く飛んだ。そんな風に、アルフェは場違いなことを考えた。


 甲高い叫び声を上げて、何かが落下していく。重たいものが地面にぶつかる音がして、外は静かになった。静寂の後に、虫の声が戻ってくる。

 生死を確認しようかとも思ったが、外は完全な闇だ。どうしても見に行く気になれず、警戒したまま夜を明かした。


 今まで幾夜も、独りで夜を過ごしてきたというのに、アルフェには目の前の暗闇が、急に怖ろしいもののように感じられた。

 孤独だからか? ……いや、違う。多分逆だろう。

 

 いつの間にか、孤独ではなくなったからだ。


 ――早く、明日になればいい。


 念じながら、少女の体はわずかに震えていた。


 早朝、木の下で死んでいたのは、異形の蝙蝠のような魔物だった。小型の動物に死体を漁られたのだろうか、体毛の無い黒い身体のあちこちが欠損している。アルフェは無表情に、その死体を見下ろしていた。


「片付けないと……」


 忌々しく思ったが、その感情をどこにぶつけるわけにもいかない。アルフェは淡々と作業に集中し、心を平静に保とうとした。

 野営地を移すべきかとも考えたが、やめた。この森の中にいる以上、どこでもさして違いはあるまい。ただ今日からは、夜でも火だけは絶やさないようにしよう。


 死体を片付け終わったが、その日は足が中々探索に向かなかった。昨夜は睡眠もほとんど取れていない。しかし、ここで止まってしまったら、自分はもう動けなくなる。それが分かっていたアルフェは、萎えそうになる心を奮い立たせて、再び周囲の探索に出発した。


 ――またいる……。


 遠くの岩陰に身を隠して、アルフェは魔獣の様子をうかがっている。昨日遭遇したものと同じ魔獣だ。ここはあの魔獣の縄張りなのだろうか。迂回を考えたが、周囲は樹木が密生している上に、地形が険しい。川をたどらずに、道に迷わないでいられるかどうかは自信が無かった。

 いっそ、戦ってしまおうかとも考えた。しかしあれに手を出して、負けはしないまでも重傷を負えば、そこで目的は遂行不可能になる。


 ――一旦、諦めましょう。


 ここ以外にも、探索できる場所は多い。

 引き返そうとした時、アルフェは足元の小枝を踏んでしまった。かすかだが、確かな音を立てて枝が折れる。気付かれたと思った瞬間、足はもう走り出していた。


「――っ!」


 咆哮を上げた魔獣が、すさまじい速度で追ってくる。とにかく闇雲に走り回って巻こうとしたが、小さな木などものともせずになぎ倒して進む魔獣に、徐々に距離を詰められる。振り向くことも出来ないが、アルフェは、魔物の鼻息が首筋にかかっているような感覚すら覚えた。

 アルフェを捕まえようとした魔獣の前足が空を切る。距離を詰めきれずに業を煮やした魔獣は、少女に向かって飛びかかってきた。


 その気配を感じたアルフェは、とっさに横に飛んでそれをかわした。魔獣が前方の木にぶつかる。大の大人でも抱え切れないくらいの幹を持つ大木が、バキバキと倒れて地響きを上げた。しかし、魔獣の方はまったく堪えた様子も無く、またもアルフェに飛びかかろうと、全身を低く沈めている。


「――くッ!」


 この場は戦わざるを得ない。アルフェがそう覚悟しかけた時、横合いから大きな黒い塊が飛び出てきた。


 ――二頭!?


 アルフェを追ってきたのと別種の魔獣だ。これで敵は二体になった。だが、二体の魔獣はお互いを認識すると、とたんにもみ合いになって殺し合いを始めた。走り回っているうちに、他の魔獣の縄張りに侵入してしまったのだろうか。

 こちらを忘れてお互いに喰らいあっている魔獣を置いて、アルフェは遁走した。


「野営地に……、戻らないと」


 これだけ必死に走ったのは、初めてゴブリンに追いかけられた時以来だ。だが今回は、闇雲に走りながらも方角だけは認識していた。丸一日かかったが、そのおかげで彼女は何とか拠点に戻ることができた。


 ――でも……。


 この数日の成果は芳しくない。やはりこのような依頼を遂行するなど、自分には無理だったのだろうか。アルフェは、だんだんと後ろ向きになっていく己の思考を止められないでいた。

 そもそも自分は、なぜここで死ぬ思いをしているのだろう。どうしてこんな依頼を引き受けてしまったのだろうか。ローラは確かに知らない仲ではないが、なぜその人のために、自分が命を張っているのか。

 師匠の言った通り、助からない病にかかった人間を、見捨てることの何が悪いのか。


 ――っ! 違う、違う!


 アルフェは自らに生まれた暗い考えを振り払おうと、ぶんぶんと首を振る。


「寝よう……」


 しかしそれ位しか、今の彼女には良い方法が思い浮かばなかった。



 山の上は、さぞかし寒いと思っていたが、意外にも暖かい。山頂の方は流石に白くなっているものの、コンラッドのいる中腹辺りは雪も無い。それは、地面自体が熱を持っているからだ。

 ここは火を噴く山なのだろう。空気中の火のマナが濃い。それどころか、わずかに地面が鳴動しているようにさえ感じる。


「――コォォ……」


 細長い呼吸をし、集気によって少しでも魔力を回収する。体力が尽きる事も怖いが、それ以上に、魔力が尽きる事が恐ろしい。いざ本命の魔物と戦う時のため、道中では、魔力の消費は最低限に抑えなければならない。


 それでもここに来るまでに、コンラッドは随分魔力を使ってしまっていた。


 武神流は、体内の魔力を直接使って技を行使する。そのため、調子に乗って使えば、魔力の枯渇はすぐに訪れる。世界に溢れるマナに干渉し術を放つ、一般の魔術に無い大きな欠点だ。


 確かにコンラッドの魔力は、鍛錬によって常人とは比べ物にならない量を誇る。だがそれは、あくまで鍛錬によってどうにかできる範囲でしかない。

 彼はあの娘の様に、並外れた魔力を持っているわけではないのだ。


 出会ってから今日まで、アルフェは尋常ではない速度で力をつけて来た。それはいったいどうしてか、コンラッドはしばらくしてから気が付いた。

 それはあの娘の身体に内在する魔力が、異常に豊富だからだ。あるいは既に、自分すらも上回る量の魔力を、彼女は内に秘めている。そしてそれは、修行によって得られたものではない。恐らくは、生得的なものだ。


 しかしアルフェの技は、コンラッドから見ればまだまだ無駄が多い。魔物と戦う時も、その膨大な魔力を振り回して、力押しで何とかしているだけだ。


 ――急がなければ……。


 呼気を切って、再びコンラッドは走り出す。

 大家の命がいつまで保つのかも気にかかるが、それ以上に今は、弟子の命が危機にさらされている。いかに力をつけたとは言え、所詮は子供。魔の森の最深部で、そう長く一人で生きられるものではない。


 ――やはり――。


 それを断り切れずに連れてきてしまったのだから、やはり自分は駄目な師匠だ。


 しかしコンラッドには、自らの命を危険にさらしてでもローラを救いたいと言ったアルフェの気持ちを、無碍にすることはできなかった。そうしたくなかった。


 ――あいつはやっぱり、根は優しい娘なんだ……!


 それだけで、コンラッドは十分だった。どこの何者なのか、良く分からない所もある。もしかしたら、気にも留めずに人の命を奪う、恐ろしい一面もあるのかもしれない。だが、あれはまだ、ただの幼い娘なのだ。


 冒険者として、大の男に混じって依頼をこなそうとも、魔物を倒し、それを生活の糧にしようとも、すました顔で、やたらに大人びた言葉で話そうとも、あれはただの、何も分からない小娘なのだ。

 その弟子の優しいわがままを、聞いてやれずに何の師か。


 ――そうだ……。俺が、俺があいつの師匠なんだ!


 世間知らずの、恐ろしい魔力を秘めた娘に、何も考えずに殺しの技を仕込んだ、確かに自分は駄目な師だ。

 しかし、駄目なら駄目なりに、弟子のため、できる限り早く戻ってやるのが自分の務めだ。戻ってこれから、あの娘を正しい道に導いていく責任が、師の自分にはあるのだ。


 ――っ! しかし、中々そうは、させてもらえんか……!


 コンラッドの行く手を、四体の巨大なエレメンタルが遮っている。

 微光を放ちながら脈動する、血の様な赤。エレメンタルの最上位種の一つ、ラーヴァエレメンタル。その溶岩の身体は、鉄をも溶かし、生物を一瞬で消し炭にする。しかもこの山の魔力を受けて、並外れた大きさに育っているというおまけ付きだ。


 ――これは……、勝てるか……?


 コンラッドのこめかみを、一筋の汗が伝う。


「――いや!」


 勝てる勝てないではない。勝たなければならない。

 勝って、先に進まなければならない。


「まだまだぁッ! この程度で、俺が怯むと思うなよ!」


 コンラッドは、山々にこだまするほどの雄たけびを上げた。

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