第10話 ノア vs メジャー

(どういうこと?いったいなにが起こっているの……?)


 噴水広場で行われる惨劇を舞台裏で何もできずに見ながら、フリーダはあまりの現実感の無さに言葉を失う。

 が、じっとしていたところで問題は解決しない。

 まとまらない思考をどうにかこうにか一つ一つ形に表していく。


(まず、爆発を起こしたあの男。朝、お好み焼きを食べ終わった後、声をかけようとしたらどっかへ行っちゃった不審者よね。それにアイツが着ているあのローブ……)


 ウィリーが着ていたものと同じ……この場に彼がいないことから考えて、あの不審者にやられたのか?

 ……どうやって?

 不審者――メジャーと名乗っていたけど――は軽く二節魔術を扱うレベルの魔術師……わたしやノアくんより実力は上だろう。

 だが、まだ二つの魔術しか見ていないとはいえウィリーを相手にその土俵の上で勝てるとは思えない。


(それに、魔術戦は派手だから誰かが気付くだろうし)


 あの不審者もウィリーも魔術師だから戦うとなればその方向に頭を持っていきやすいけれど、ただ相手を倒すだけならもっといい簡単な方法がある。

 例えば、大きめの石でも持って、彼の頭を背後からガツンとやるとか。

 ……ちょっと考え方が物騒だったかも。

 この辺りでいったん整理しよう。推理に必要なのは――。


(……5W1H。誰が――あの不審者が、何を――ウィリーを、なぜ――おそらくはこの舞台に出るため、どうやって――方法はいくらでもある。あと考えるべきは二つ)


 すなわち、犯行はいつ、どこで行われたか。

 村全体がフェスでお祭り騒ぎの状況、裏路地に入ると流石に人は少なくなるが、彼は孤児院の……少なくともフレディとは一緒にいたはずだ。そんな場所にホイホイ入り込むとは思えない。

 考えるべきはウィリーが確実に一人になり、かつ周りに人の少ない、もしくはいないタイミング。

 そんなもの、一つしかない。


(向こう側の舞台袖。あそこなら人目につきにくいし、辺りは暗いから少し隠せば見つかる心配はほぼ無い)


 もし従業員に聞かれれば、奪ったローブを着て「トイレに行ってくる間の代役を頼まれたんですよ」なんて言っておけばそれ以上の追及はきっとなされないだろう。

 そこまで考えたところ、舞台上でメジャーの放った雷の槍がノアの作った土の壁を破ってダメージを与えた。


「……っ」


 数日前、彼がゴブリンキングを相手に見せたジャイアントキリングを期待するか?……いや噴水広場の、もしかするとフェス全体の観客を人質に取られている以上は不確かな策は取れない。

 なら、わたしも舞台へ上がってノアくんの助太刀をするか。……悔しいが、今のわたしにこの盤面を覆すだけの力は無い。なら、


(ウィリーを探して連れてくる。結局、それが一番確実性の高い方法だ)


 メジャーの放つ炎とノアの放つ水が相殺されたのを見届けてから、フリーダは足音を殺し舞台の裏側へと駆けて行った。



「はっははは!どうした、その程度か!」


 メジャーというこの男、こんなにテンション高かったのか。

 そんな場違いな感想を抱きながらも、彼の放つ魔術を……炎には水、水には雷、雷には土、土には炎と一つ一つ丁寧に対処していく。

 だが。


「『水よ溢れよ、押し流せデボーダー・レーバー』!」

「『雷よ走れアンクゥドゥジュ』!」


 メジャーが五回か六回に一度放ってくる二節魔術。これだけは対応のしようがない。

 ヤツの杖からドボドボとあふれだした水の流れに身体ごと押し流され体勢を崩される、瞬間を狙われた。


「魔術ってのはこう使うんだ。『雷よ走れアンクゥドゥジュ』!」


 舞台上に溢れる水に杖の先を突っ込み、メジャーは雷の魔術を唱えた。

 そうすればどうなるか。ゴブリンキングとの戦いで嫌というほど思い知った。


(くそ、このまま受けるしかないのか!)


 水中に走る電撃が可視化され、数瞬後に私の身体が焼かれる未来が容易に想像できる。

 そんな極限下で思い起こされるのは昨日、老魔術師との特訓の中でのワンシーン。



「あの、ミスタ・メルヒヌール。演武とはいえ、はじめウィリーと見せてくれた二節魔術……アレを私も習得したいと思うのですが」

「うん、なら一度やってみなさい。難しい場所や個人の課題点は経験すれば分かるだろう」


 はい、と返事をして何もない部屋の中心に立ち杖を構える。

 一度見せてもらったので詠唱は覚えている。今回唱えるのは「雷よ走り、降り注げアンクゥドゥジュ・ディッセンド」、雷属性の二節魔法だ。


「よし、いいぞ」

「はい。『雷よ走り、降り注げアンクゥドゥジュ・ディッセンド』!」


 パチッ、と杖の先からは電撃……というより静電気レベルのなにかしか発生しなかった。

 なら、二節魔術を放つために杖に流した魔術はいったいどこへと消えたのか。答えはすぐに理解できた。


「あ、う、づっ、ああぁぁぁぁッ!」


 杖を持った右腕にピリ、となにかが走った。それは収まることなく、それどころか段々と力を増し続けてノアの身体を蝕んでいく。

 ゴブリンキングとの戦いで、自ら川の中に突っ込み「雷よ走れ(アンクゥドゥジュ)」による自爆攻撃を行ったが、この痛みはそれよりひどい。身体の内部から骨や血管、神経がこねくり回されてぐしゃぐしゃに潰されるような、そんな激痛だ。


「『治癒の光よゲリール』」


 床に横たわり、右腕を押さえながらのたうち回る私を老魔術師の杖から出た淡い光が包み込む。

 すると徐々に痛みは引いていき、残ったのは額に浮かぶ脂汗と、先ほどの苦痛の感覚……まだ右腕に雷撃が残っているような感じだ。

 よろよろと立ち上がる私に、メルヒヌールは優しく声をかける。


「どうだった、ノア。なにか掴めたか?」

「えっと、痛すぎて、なにがなんだかという状態で……」

「じゃ、もう一度だな」

「……はぁ?」


 つい信じられないものを見るような声を出してしまったが、老魔術師の表情には一切の変化がない。


「魔術師なら皆、二節魔術への挑戦はここから始まる。本格的にひどくなる前に治療はやってやるから、ほらさっさと二度目を始めんか」


 待ってくれ。あの痛みでも本格的にひどくなっていないのか?

 しかし、自分から言い出した手前、やっぱりやめますと言うのはどうも体裁が悪いような気がする。びくびくと怯えながら、もう一度杖を構え今度は水の……防御系の二節魔法。

 さっきの痛みが雷……攻撃系だったことに由来すると信じて、魔術を放つ。


「……『水よ溢れよ、押し流せデボーダー・リーバー』」


 それが当然であるかのように杖からは水がちょろちょろとしか出ず、残りはどこに行ったかというと先ほどと同じように体内で爆発する。

 右腕から水が全身に流れていき、体内から窒息を味わう感覚。外から息を吸っているはずなのに、どんどん呼吸は苦しくなって、さらには意識までもが消えていき……。


「……はっ」

「どうじゃ、ノア」

「えっと……」

「じゃ、もう一度やってみよう」


 都度四度の地獄の苦しみを味わい分かったこと。

 それは、二節魔術を扱うのに必要なモノは魔力の量などでは無く、針の穴に糸を通すような繊細さだということだ。

 身体を循環する魔力を一直線にして、まっすぐ杖の先へと送り込む。そうすれば二節魔術は発動できるし、そんなこと言葉で言われたってどうすることもできない。



 考えろ、頭を回せ、どうするのが正解か。


(いいや、あの攻撃を受けるのはダメだ。魔術修練度による差が既にあるにもかかわらず、体力面でも差をつけられたら本格的に勝ち目が消える)


 この一瞬を切り抜けるための方法はあるが、そのためには二節魔術が必要だ。

 なら、そのために必要なものはなんだ。昨日、メルヒヌールからあの訓練を受けてからずっと頭の隅で考えて出た結論。

 それは、集中だ。

 ただの集中じゃない。これ以上ない集中。他のなにも目に入らず、音も聞こえず、ただ魔術を行使するための身体、魔力、杖だけをクリアに捉えている状態。

 それなら、今以上にベストな状況は無いだろう?


「『土よ捲れよ、突き上げろセノイア・ポイサー』!」

「なっ」


 メジャーの驚いた声を、空中に浮いて聞いている。

 下を見ると、そこには自分が出したもの……先端の少し尖った小さな山が、水に押し流されることなくそびえたっていた。

 目論見は成功した。

 空中で体勢を整え、小さな山に綺麗に着地するが、杖を持つ手が緊張で震えている。


「……なぁおい、使えるんならさぁ、使えるって最初から言っといてくれよ」


 舞台上から水は流れ、空に浮かぶ太陽が残った水滴に反射してきらめく中でメジャーはまるで幽霊のようにフラフラと上半身を左右に動かす。

 対してこちらは脇腹が痛い。

 本当は足の裏に出現させて身体を飛ばすはずだったが、水の勢いに押されて少しずれたのだ。十メートルは上空に吹き飛ばされたことを考えて、その痛みで意識を失わなかったことを褒めて欲しいところだ。


「……今まで、一度も成功したことは無かったけど」


 ジンジンと痛む脇腹に、メジャーに気付かれないように「治癒の光よゲリール」をかける。体力を回復したかったから、話を振ってくれたのはありがたい。

 私の返答に、メジャーは頭皮から血が噴き出るほど頭を掻きむしりながら激怒する。


「嘘だッ!」


 メジャーは白目の部分が見えないほど充血した瞳をノアに向けてにらみつける。


「この土壇場で、二節魔術を、初めて成功させたぁ?ふざけるな、ふざけるなぁ……僕がこれを習得するのにどれだけの血を吐いたかぁ、分かってないからそういうことが言えるんだっ!」


 メジャーは地団駄を踏みながら、理不尽な怒りをノアに向けて発露させた。


「『土よ捲れよ、取り囲めセノイア・エントイア』『雷よ走れアンクゥドゥジュ』『炎よ爆ぜろアルメル』『水よ溢れよデボーダー』!」


 呆然とするノアに向かって、男は魔術を四連続で放つ。

 一発目、土属性の二節魔法はノアの頭上、背後、左右に壁を出現し、それによって一歩も逃げられなくなったところを残り三発の魔術が襲う。

 だが、いくら連続とはいえ一節魔術。目をつむっていても対処は出来るよう、この三日でしこたま教え込まれた。


「う、ううぅぅぅぅ~~っっ!」


 魔術の衝突による煙が晴れ、そこにノアが無傷で立っていのを見たとき、メジャーは人目もはばかることなく涙を流しながら唸り声を上げた。噛んだ下唇からは血がにじんでいる。


「『雷よ走れアンクゥドゥジュ』!」


 私の行動のなにがそんなにも気に入らないのかは分からないが、脇腹の痛みが消えた今、ヤツの行動をいちいち見守る必要もない。


「『土よセノ……』、……っ、つぅ、くそがぁ!」


 私の行動に一瞬遅れ、雷の魔術をもろに食らったメジャーは額に青筋を浮かべて叫ぶ。

 その様子を見ながら、私はふっと不敵な笑みを浮かべる。

 戦いにおいて感情を乱すことはそのまま弱さに、敗北へと繋がる。それが分かっていないなら、もう私がこの男に負けることはない。



「はっ、はっ……ウィリー、ウィリー……いるの?いたら返事をして!」


 舞台上での戦いはまだ続いている。

 舞台の裏側ではどのような戦いが行われているのか見ることはできないが、たとえどのような展開になっていたとしてもわたしのやるべきことは変わらない。

 ただ一刻も早くウィリーを見つけ出す。


「ぅ、う……」

「ウィリー……?」


 反対側の舞台袖……上手に到着したフリーダは、彼女の呼びかけに応じる弱弱しい呻き声を聞いた。

 周囲を見渡し、ちょうど彼女の左前の段ボール置き場に目をつけ、ポイポイと上から順番にそこらに投げ捨てていく。

 その最後の一つを取り払い、そこにいたのはローブを剥がれて下着状態、手足に口をテープでぐるぐる巻きにされた状態のウィリーであった。


「あなた、そこでなにやってるの?」

「んー、んー!」


 見たところ大きな外傷は見当たらない。頭にぽっこりと大きなたんこぶが出来ているくらいだ。

 身体全体を使ってじたばたしているウィリーを縛っているテープを全てビリビリとはがすと、彼はぷはぁと大きな息を吐いた。


「たす、かった。フリーダ、ありがとう」

「ごめんウィリー。あんまり状況がつかめなかったんだけど……」


 わたしがそう言うと、ウィリーはたんこぶの出来ている後頭部をさすりながら忌々しげに答えた。


「僕がここで最後の確認をしていた時、後ろからやってきたアイツが後頭部を硬い……石かな、でガツーンとやられて、意識が戻ったらぐるぐる巻きで真っ暗闇だったんだよ」

「はぁ……」


 まさかの予想通りとは、いやまあ彼を責めても仕方のないことだからなにも言わないけど。


「あ、フリーダ。お前今、しょうもないとか思っただろ」


 それについては、特になにも言わないけれど!

 見るからにウィリーは元気そうで、これならあの不審者を倒すこともできるだろう。彼が知らないだろう状況を伝えると、ウィリーは真剣な顔でそおっと気付かれないよう顔だけ出して外を覗く。


「どう、大丈夫そう?」

「ああ。……というより、もう僕の出番はなさそうだ」


 どういうことだろう、とフリーダはウィリーの下からひょっこりと顔を出す。

 噴水広場全体を覆っていた炎の壁は揺らぎ、消えかけで、舞台上では膝をついたメジャーをノアくんが油断なく見下ろしている。


「うそ……。あの男、明らかにわたしたちより強かったわよ……?」

「勝負ってのはそれだけじゃ決まらないってことさ」



 舞台の上手袖で二人がそんな会話を繰り広げる中、舞台上では勝負の決着がつきようとしていた。


「『土は槍に、貫けセノイア―アーキテクト・ペルフォーラー』っ!」

「『炎よ爆ぜろアルメル』!」


 目から赤い涙をこぼしながら、震える杖と声に怒りを乗せて二節魔術を放つが、そんなものはもはや脅威にならない。

 舞台の下から生えた槍数本が生き物のようにのたうち回りながら迫ってくるが、避けられるものは避け、そうでないものは炎属性の魔術によって軌道を逸らす。


「『雷よ走れアンクゥドゥジュ』!」


 逆に、その攻撃の合間を縫って放ったノアの雷撃は寸分の狂いなくメジャーの身体を貫いていく。


「げえっほ、ごほっ……」


 メジャーはノアの攻撃を受けて四つん這いになり、口から大量の血をこぼす。

 村に爆弾を仕込み、実際に一人が目の前で死んだ。噴水広場を炎で囲み、フェスを楽しみに来ている人たちを恐怖に陥れた。

 だけど、私は。


「メジャー、勝負はついた。貴方の負けだ。炎の壁と村に仕掛けた爆弾を解除して罪を償え。……そうすれば、これ以上は傷つけない」

「……そりゃ、げほ、優しいなぁ。涙が出そうだ、この話を聞いたら全世界が涙するよ。もちろん、笑い泣きだけどなぁ!」


 脚をガクガクと震わせながら、それでも立ち上がり私に向かって中指を突き立てる。


「もう時間だ。ファッキュー、僕の上位互換。僕は、お前になりたかったよ」

「なんの……」


 ことだ、という私の言葉は続かなかった。

 なぜなら今、さっきまでメジャーが立っていた場所にいたのはボロボロの黒いマントを羽織った少女だったから。


「……はっ?」


 私は一瞬たりとも彼から目を離してはいなかった。瞬きすらもしていない。

 何が起こったか、解説してくれる人はこの場に誰もいなくて。ただ驚きだけが頭の中を支配する。


「お前は……」

「……オルガン?ここは、舞台。炎の壁、爆発の痕……」


 少女はマントを床に投げ捨て――目新しい傷だらけの素肌が露わになる――周囲を見渡しながら状況を一つ一つ確認していく。


「噴水広場にはエリアス・ベリハークも、そっちにはウィリーにエリアスの娘。……くく、はははっ」


 メジャーと同じ綺麗な白髪を後頭部で編み込んだ赤い瞳をした、私よりほんの少し年上だろう少女はぐるりと辺りを一通り確認し終わるとお腹を抱えて笑い始めた。


「なにが、可笑しい?」

「……なにがって、オルガン。この状況に決まっているでしょう?全ては私の脚本通り、いや……それ以上に上手くいっている。これを笑わずにいったい何を笑えばいいの?」


 突然現れた少女は、その端正な顔を悪意に満ちた笑みに歪ませて両手を広げる。


「ああ、私の舞台の仕上げよ。君たちは観客か、それとも役者か?どっちでもいいけど、一緒にフェスを盛り上げていきましょう?」

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