第53話「アリスの秘策」

 四人全員を無事に引き取った魔王はアリスとともに城の地下牢に閉じ込めていた兵士たちと対峙する。牢何の変哲もない岩の壁に鉄の檻で出来ており長らく魔王には用途が分からなかったのでようやく使い道が出来たことに喜ぶ。

 兵士たちは幸いまだ気絶しているようで皆縦に積み重なっているままだった。魔王は面倒に感じながらもこれ以上滞在されても迷惑なので全員を横にして武器を取り上げると一人ずつ平手打ちをして叩き起こす。


「ひいっ! ? 魔王! 」


 皆が皆違う反応とはいえ魔王をみて驚きを口にして震えあがる。そう言えば、本来の姿のままだったな。彼は自らの翼を横目に頬を掻く。全員が起きたのを口にすると魔王はアリスの肩を叩きながら言った。


「貴様らはこれよりセントブルクの街へ解放することとなった、再び王に仕えるも今日起きたことを人々に話して回るも全て自由だ。この娘に感謝するのだな」


「ま、待ってください! 」


 震えながら一人の兵士が手を挙げる。


「何だ? 」


 魔王がそちらに視線を向けると震えながら口を開いた。


「我々には家族がいます、誰にも今日のことは話さないと誓います。ですからどうか家族の命だけは救って頂けないでしょうか? 」


 この言葉に魔王も眉を吊り上げた。


「何を言うか、我らが解放すれば貴様らの取る道は密告して王と対立して革命か今までのまま王に仕えるかではないのか? 」


 兵士は首を横に振る。


「いえ、恐らく今の王様ならもう我々が戻ることは叶いませぬ。それどころか我々が生きていると知ったらすぐにでも裏切り者とみなして家族とともに処刑されてしまうことでしょう」


「何だと? 」


 思わず魔王とアリスは顔を見合わせる。突如として現れた第三の選択肢の部下を葬り去るというのは魔王でさえも思いつかないほどの残酷なものであった。


「ならば貴様らが取る選択肢は王と対立の道しかないという訳か」


 一番の目標がなくなった魔王が苦々しげに言う。


「そうなのですが、だとしても消えたはずの我々が生きているということはおかしいという話になって……」


「確かに、我は王の前で貴様らを消し去ったからな」


 魔王が腕を組みながら頷く。消えたはずの者が現れては怪しまれるばかりで真実を話しても虚言だと疑われる恐れがある……と我は何を考えているのだ! そんなもの放っておけばよかろう。魔王がそう考えた時だった。


「それでしたら良い案がありますよ」


 アリスが掌をポンと叩いた。一同の視線が集まる中彼女が説明を開始する。


「簡単です、魔王さんがセントブルクの近くに皆を跳ばしたということにすればいいのです」


「何故我が殺すといった者を生きたままそんなところへ送らねばならん」


「ですから、魔王さんが彼らのことをあの攻撃で殺めたと思って跳ばされたけれど、それは勘違いで生きていたということにすればいいのです」


「何だと? 」


 魔王が気分を害したように言う。


「何故我がこの者達のためにそんな間抜けとも言える行為をしたことにしなければならん」


「そこを何とかお願いできませんでしょうか? 」


 アリスは懇願するように彼を見るが、その瞳はこの度人なら願いを聞いてくれると確信を持っているようだった。彼女の推測通りか魔王は深くため息をついた後に承諾した。ただし、それは彼の善意などではなくこの策が上手くいくはずがないということとその時にアリスが傷つくだろうという思惑あってのことだ。


「そんな嘘、すぐばれると思うがな」


 魔王が今後起こる殺戮を楽しみにしながら釘を刺すように言うとアリスは「ありがとうございます」とお礼を述べた。


「皆さんはそれで宜しいでしょうか? 」


 アリスが確認のため尋ねると皆が魔王の目の前から生きて帰ることができてかつ家族も助かる道がわずかな可能性でもあるならすがりたい、とでもいうように力強く頷き誰も異を唱える者はいなかった。


「それと、ここでの……いえ魔王さんのことは誰にも言わないほうが良いと思います。うっかり口を滑らせて魔王さんとの関係を悟られては皆が疑われてしまいますから、恐ろしくて口にも出せないと言ったとしても皆分かってくれると思いますのでそれがよろしいかと」


 さり気ないアドバイスのようだが、それは一種の脅迫であった。魔王の情報を漏らしたら自分はおろか仲間にその家族まで狙われるぞ、と彼女は言ったのだ。初めてあった時に比べて随分知恵がついたと魔王は彼女を見つめる。もっとも、それを善ではなく悪の方向に使わないと意味がないがな、そう考えながら魔王は指をパチンと鳴らしてセントブルク近くの森への『ゲート』を開いた。


「それでは皆さん、お元気で」


 街への道中襲われる可能性もあるので武器を返却したあと『ゲート』を通る兵士たちをアリスが見送る。


「君は来ないのかい? 」


 一人の兵士が勇気を振り絞るように振り返るとアリスに問いかける。それに対して彼女は笑顔で


「私にはまだやることがありますから」


 そう答えた。


「やることとはなんだ」


 彼らが森へと渡り『ゲート』が消滅し二人きりになったときに魔王が尋ねる。すると彼女が俯きながら答える。


「魔王さんが私のために復讐の機会を設けてくれたことはとても感謝しています。それを無駄にして申し訳ありませんでした。ですが、私はあそこで貴方の言う通り王様を刺すわけにはいかなかったのです」


 そこまで言うと彼女は魔王の目を見つめて笑顔で言う。


「だって、人に変わって欲しいならその見本を変わって欲しい人にみせなくてはいけませんから。お恥ずかしながら、怒りに囚われてしまいギリギリまでそのことを忘れていましたけど……」


 何故やることへの質問の回答がこのような王に向けたであろう意気込みなのか、と首を傾げる魔王とは対照的にアリスの顔は晴れやかに彼を見つめていた。


























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