第54話「食事会」
翌日、昼の開店前に魔王とアリスとラリーの三人は「おかんずキッチン」の木造建築の建物の前に立っていた。
「どうなっても知らんぞ」
噂が広まるには一夜あれば充分で魔王とアリスの人相は知れ渡ってしまっていることだろう。そんな中で街に何の準備もなしに向かうと大騒ぎになる、事情を説明したところ皆残念そうだったが唯一街から離れていて見つかっても大騒ぎにはならないであろうこの食堂にだけ別れの挨拶を言いに行くということに決まったのだ。ラリーもだが、特に腐れ縁というべきか関わる機会が多かったアリスがそれを強く願っていた。
「それでも、挨拶だけはしておきたくて」
「あたしも、邪険に扱われるのは慣れているしさ」
ラリーはそう言うもその顔は曇っていた。アリスが心配そうに彼女の顔を見つめる。開店前という時間にしたのはアリスが言い出したことだった。騒ぎになってしまうのなら迷惑の掛からない開店前の方が良い、と。これには二人も頷いた。
「誰が扉を開ける? 」
魔王が問うと二人とも一歩退いた。
「まあ、姿を見て突然攻撃されたら敵わんからな」
そう言って魔王がつかつかと前に出て扉の前に立つ。するとどういうことか扉には「本日臨時休業」という文字が書かれた札があるものの何やら話し声が店内から聞こえるのだった。
「……魔王……」
それは魔王という言葉で男のような声だった、ここの店に男の店員はいなかったはずだが、魔王は首を傾げるも仕入れ先か何かの者だろう、と考えそれよりも重要な会話を聞くべく意識を耳に集中させた。
「やっぱりあの人が魔王なのかねえ」
声がはっきりと聞こえる、この食堂の店長の声だった。
「どうでしょうね、今更あの王の言葉を信じる気にもなれませんが、ちゃんと宝石を奪うどころか売って注文までしていただいたりと良いお客さんであり冒険者でしたよ」
これは先ほど聞こえた男の声だ。声の主は意外なことにも宝石店の店長の声だった。
「見たところあの方も悪い人ではなさそうでしたが……泥棒を捕らえてくださいました」
今度は女性の声、花屋の店員だ。
「ワシの依頼もきっちりと聞いて決められた分薬草を摘んできてくださいましたよ」
しわがれた声、薬屋の老人だ。
驚くことにこの場に魔王がアリー達に紹介した店の四人の店長が集っているのだった。魔王はどういうことかと頭をひねるも答えがみつからなかった。その間にも会話が流れてくる。
「この店の依頼もね、あの人が引き受けてくれたんだけれどね。早いしサービスが良かったのよ。それにアリスちゃんと一緒に定食も美味しそうに食べてくれたんだよ」
「アリスちゃん? ああ、あの娘ですか。ハキハキと良い娘でした」
食堂の店長の言葉に薬屋の店長が頷く。
「宝石をみて目を輝かせていましたなあ」
「私は存じませんが彼が連れてきてくださったリルちゃんは良い娘でした。見どころがあったのに残念です」
宝石店と花屋の店長もそれぞれ懐かしそうに話す。
「それを言ったらワシのところに来たマーチちゃんも……」
「アリーさんも……」
「ラリーちゃんも元気があったねえ」
それぞれが残念そうに言う。何ということか、下らないことに誰一人として魔王が身近にいたことを恐れていないばかりかそれを懐かしそうに、残念そうに会話をしているのだ。魔王はこのことに呆れながらも踵を返し不審に思う二人の前で指をパチンと鳴らすと『ゲート』を開いた。
数分後、再び入り口の前に彼は立つ。
「それにしても食堂、薬屋、宝石店、花屋が一斉臨時休業なんて大丈夫でしょうか」
「まあ、ここのところ働き詰めでしたからね、良い機会にはなりました」
「そうですね」
「せっかくだから今日はパーッとやっちゃおうかね! 」
そんな会話を聞きながら魔王は勢いよく扉を開いた。四人が反射してこちらを見る。
「ごめんね、今日は臨時休業で……」
咄嗟に口を開いた食堂の店長が言葉を切る。他の三人も入り口にいる魔王をみて固まっていた。
「魔王さん? そんなに勢いよく開けたら皆びっくりしますよ」
アリスがひょっこりと彼の横から顔を出す。
「実は頼みがあってここに来たのだが」
そう言うと魔王は振り返り指で合図をした。すると彼の背後からアリー、ラリー、マーチ、リルが姿を現す。
「我に関して何やら噂が広まっているようだが、よければこれからも彼女たちのことをお願いしたい」
「…………オウマさん! ? その……貴方は本当に魔王なのかい? 」
沈黙の末に食堂の店長が尋ねる。
「もし我が本当に魔王ならば、既にここにいる皆の命はないと、そう思わぬか? 」
皮肉交じりに彼が言う。
「確かに」
「そうですね」
「なるほど」
彼は三者三様の反応で彼の言葉に賛同する様子に思わず苦笑いを浮かべながら再び口を開く。
「しかし現実はどうあれ我に悪い噂が広まっていることは確かだ。それで極力この四人と接触するときは細心の注意を払う。それでどうだろうか? 再び彼女たちを働かせては貰えないだろうか? 」
その言葉に四人が顔を見合わせて微笑む。
「勿論、こちらとしては大助かりです」
「むしろこちらからお願いしたいというか」
「是非お願いします」
宝石店、花屋、薬屋の三人が頷く。
「そうと決まったら、開店前だけどオウマさん達お祝いにちょっと食べていきなよ。ラリーちょっと手伝っておくれ」
そう言って食堂の店長は厨房へと向かう。ラリーが「はい」と元気に返事をした後に後を追う。その様子を見ながら魔王は何かを思いついた様子で口を開く。
「すまぬがそういうことならば金は払うから二人分追加できないだろうか」
「はいよ! 」
店長が勢いよく答えるのを聞いて魔王はドアを開け外へ出た。
それから数十分後、臨時休業中の食堂には先ほどの四人の店長に魔王にアリス、アリー、ラリー、マーチ、リルにメイとランを加えた大勢のメンバーが食卓を囲んでいた。
皆が会話を楽しみながら食事を口に運ぶのを魔王は頬杖をついて眺める。
「魔王さん、アリーさん達のために店長さん達に頼むだなんて優しいのですね」
ふと、隣に座っているアリスが声をかける。
「勘違いするな、皆職を失い四六時中城が騒がしくなるのを避けたかっただけだ」
視線を逸らし隅の壁に視線を向けながら彼は答える。その様子をみたアリスはあどけない笑みを浮かべた。
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