第44話「魔王VSドラゴン」

「ま、魔王さん……どうして」


 アリスは目に涙を浮かべながら、片手でドラゴンの前足を抑える魔王に尋ねる。


「勘違いするな、丁度この黒剣【絶無】を試してみたくなったのでな、それに逃げ帰ってきた冒険者に聞けば敵は爪を武器とする人間だというではないか。それでピンときてな。既に貴様は気付いているかもしれぬがこのドラゴン、ランは元我の従属だったものだ」


「な、何だどういうことだ、何をしたクソガキがあああああああ! 」


 なかなか地に足がつかないのを不審に思ったのだろう。ランと呼ばれたドラゴンが足に力を入れる。それを受けて片手で受け止めている魔王が顔をしかめた。


「む、時間がないようだな。『ゲート』を開くから貴様は早くこの場から離れろ、後は我が請け負う」


 そう言うと魔王は空いている左手で指をパチンと鳴らすとアリスのすぐ横に『ゲート』を開いた。


「二人きりで話し合うのですね? 」


 従属だと聞いたアリスがホッとした様子で尋ねる。しかし、魔王は首を縦には振らず冷笑で返す。


「まさか、久しぶりに骨のある部下が敵として現れたのだ。しかも向こうは我が人間の顔を変えたものだからこちらの正体に気が付かないのが濃厚ときた。ならばこの機会を無駄にするというのはあまりにも勿体ないだろう。そういうわけだ、早く行け! いくら我でも本気の闘いの最中に貴様を気にかけてやるほどの器量は持ち合わせていない。心配はいらぬ、その先はこの戦いが見渡せる場所でメイもいる」


 それを聞いたアリスは「ご武運を」とだけ言うと覚悟を決めたように『ゲート』を潜って行った。


「全く、手間のかかる娘だ」


 そう呟くと片手に一気に力を込める。


「な、なんですって」


 たちまちランは魔王の力により足をあげられると投げ飛ばされひっくり返りそうになるのを両翼により持ち直すと魔王を睨みつけた。


「何だ貴様は! 」


 先ほどまでアリスのいた場所に見知らぬ男がいるのを疑問に思ったのだろう、声を荒げて尋ねる。魔王は腕を組んで見上げながら答える。


「選手交代というやつだ……ドラゴンよ」


「もしや貴様、あの小娘の親か! 親子そろって舐めた真似を! 」


「ククッ……これこれは、貴様も面白いことを言うな」


 よもや魔王である我と勇者の娘が親子だと? これは愉快だぞランよ。かつての従属の予想があまりにも見当違いかつ愉快なものだったので魔王は思わず笑いだす。


「ふざけるな! 『フレイムブレス』」


 笑う様子に腹を立てたランは投げ飛ばされたことにより距離があることを利用して魔王目掛けて口から炎を吐いた。先ほどアリスが防いだものに比べたら劣るとはいえ人一人を、更にはアリスがすぐ後ろに隠れているとしたら彼女をも焼き尽くすに足りる最良の攻撃だ。


 だが、これを後ろにアリスがいないとしても。例え受けても人間ではないので助かるとしてもこれを黙って受ける魔王ではない。


 彼は冷静に迫りくる炎に右掌を向けると呪文を唱える。


「『アブソルート零』! 」


 途端に炎が急速に凝結し逆に氷がラン目掛けて向かっていく、加えて地面も凍りドラゴンの足も凍らせんとばかりにラン目掛けて進む。


「なんですって! ? 」


 突然の反撃に驚くもランは急いで炎を切ると両翼を動かし空に跳び上がり氷を避ける。そのまま尚も凍らせようと追いかける氷を躱しながら魔王目掛けて長く丈夫な前足の爪を繰り出した。


「ぬうっ! 」


 咄嗟に魔王は背負っていた黒剣を抜き爪と自分の間に差し出す。


 キィン!


 音がして魔王が爪を防いだのを知るとランは舌打ちをしながら空高くへと飛び上がる。アリスに放った炎を放つつもりだな、そう判断した魔王はさせまいと両手を小さくなっていくランの後姿へと向ける。


「『オメガスパーク』! 」


 巨大な雷撃を以前の洞窟でやった時の様にあの時よりは一つ一つを大きめに分割すると一斉にラン目掛けて放った。しかし、ランはまるで後ろに目があるかのように振り返らず正確に右へ左へと移動し全ての雷撃を躱した。


「あれを振り返らずに全て躱すとは、見事だ」


 思わず見上げながら魔王が感嘆の声を漏らす。その間に十分な高度へと舞い上がったランは呪文を唱える。


「『ヘルフレイム』! 」


 再びランの口から放たれた小さな球体が少しずつ大きくなりながら魔王に迫る。


「折れない剣【絶無】、その力をみせて貰うとしよう『デミス』! 」


 以前の様に魔王は黒剣の柄を右手で、剣身に左手を翳す、ということはせず直接『デミス』を両手で柄から剣身まで覆わせアリスの様に大きな光の剣とは対照的な闇の剣と呼ぶにふさわしい剣を作り上げた。


「はああああああああああっ! 」


 魔王は声を張り上げるとその剣を炎の球体目掛けて振る。すると先ほどのアリスの時の様に球体は真っ二つとなり消滅した。


「ま、まただと! ? あの娘といいあの男といい二人して私の最高の攻撃を防ぐなんて何者? 一体どんな魔法をつかったのだ……」


 遥か上空で球体の消滅を確認しランが狼狽したその時だった。


「そこまでだ、ランよ」


 突如背後で低い声が響く。ランが驚き目を見開きながら背後を見るとそこには先ほどまで下にいたはずの剣士が禍々しいオーラを放つ剣を持って立っていた。


「勝負ありだ、このまま我がこの『デミス』を纏った剣を振り下ろせば、たちまち其方は先ほどの炎の球体の様に真っ二つとなろう」


「瞬間移動にその声、そのオーラ、それに『デミス』……もしやあなたは…………魔王様? 」


 これまでとは打って変わって高くおしとやかな声で尋ねられた魔王は大きく頷いた。

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