第43話「輝く剣」

 アリスの短剣が彼女の身体を貫く。その後彼女は素早く短剣を抜いた。女性の身体から血液が勢いよく溢れる。たちまち女性の身体は自らの血で濡れていった。


「え、血……? 」


 自身の身体から流れ出る液体を手に付けて女性は呟く。呆然としていたようだったが突如態度が急変した。


「ああ駄目よ! ! 私の血では! ! だって私は人間ではないもの! ! ! 」


 半狂乱になりながらも女性はそう言って踊るように辺りを舞った。


「人間では……ない……? 」


 アリスが彼女の言葉を復唱するとあることに気が付く。そうだ、確か魔王さんが彼の部下は人間の身体に擬態できると言っていた。ということは彼女は……魔王さんの部下? 直接それを彼女に尋ねようと女性を見た時だった。視線で殺さんとばかりに睨みつけていた彼女と目が合った。


「貴様! 貴様のせいだ! 絶対に許さないぞこのクソガキがああああああああああああああああああああああああああ! 」


 ダメ、今声をかけても話を聞いてもらえない……アリスはそう考えて代わりに短剣を握る。魔王の部下だということはこの後真の姿になるため闘いはまだ終わりではないのだ。


 魔王さんには悪いけれど、これで終わらせる、そう決意して彼女を斬ろうとした時だった。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああ! 」


 女性が叫ぶと突如辺りに強風が吹いた。アリスは何とか前に進もうとするも風が強く前に進むどころかしがみついて飛ばされないようにするのがやっとだった。すさまじい風の中、彼女は目を凝らす。


 突風の中心にいるのはあの女性だ、女性が今この瞬間に攻撃されないために起こしているのかまたもや真の姿になる今力が溢れているのかは定かではない。アリスは何が起ころうと見逃さない、と固く決意をしていた。


 しかし、女性の変化はそう覚悟したアリスが全てを見逃してしまったのかと思う位信じられないものだった。


 まず、彼女が突風の中黒いオーラのようなものに包まれた。そのオーラは包んだ時は女性より少し大きい程度の大きさだったのだが、その直後、その何倍もの大きさになったのだ。そしてオーラは大きな球体になると徐々に強風により剥がれていく。

 全てのオーラが剥がれた時、そこにいたのは恐ろしい爪に尻尾、牙に翼を持ったアリスよりも、女性よりも何十倍と大きなドラゴンだったのだ。


「貴様みたいな小娘にこの姿を晒すなんてええええええええええええええええええええ! 」


 女性はドラゴンになっても人間の言葉を話せるようで巨大な姿のまま大声で叫ぶ。余りの音に大地は震動しアリスは鼓膜を守るべく必死に両手で耳を抑えた。


 ドラゴンは叫び終わった後、突然大きな両翼を揺らして宙へと浮かび上がる。そしてアリスからもドラゴンが小粒程の高度まで飛ぶと再び大声を出した。


「貴様をこの周辺の街ごと消し去ってやる! 消えろおおおおおおおおおおお『ヘルフレイム』」


 彼女はそう言うと小さな火の玉を吐いた。いや小さいと思われた火の玉はアリスに、地に近付くにつれて徐々に大きくなる。アリスはそれをみて確信した。この炎を止めねば周囲の村どころかセントブルクまで焼けてしまうと。


「セントブルクにはアリーさん、ラリーさん、マーチさん、リルさん、お世話になった方々、そしてもしかしたらメイさんに魔王さんもいるかもしれない。この炎は何としても止めなきゃ! 」


 彼女はそう言うと短剣を強く握る。でも、どうやって? 突如として不安に襲われる。こちらは短剣に対して相手は周囲を焼き尽くすほどの巨大な火の玉なのだ。だが答えはすぐに見つかった。


「……光の剣」


 彼女は呟く。光の剣に関しては魔王からの又聞きでしかなかったものの存在と信じられないことにアリスが出したということは知っていた。


 もはや迷っている時間なんてなかった、熱気はすぐそこまで迫ってきている。彼女は目を瞑り全神経を集中させて光の剣をイメージする。その時だった。不思議なことに光の剣のイメージをしていたはずなのに彼女の頭にはアリーの笑顔が浮かんだ。続いてラリー、マーチ、リル、メイ、から食堂の店長に覚えている父や母、村長と彼女に関わった人物の笑顔が次々と浮かんでくる。


 そして最後に魔王の笑顔が浮かんだ。


「ふふふ」


 魔王の笑顔を浮かべた彼女は思わず笑いだす。人間の姿のブロンドヘアの中年男性のぎこちない笑顔だったが彼女は彼のその笑顔すらみたことがなくいつもの口角を吊り上げるだけの笑いと比べると遥かに綺麗なものだった。これじゃあ、あとで魔王さんに怒られちゃうな、と考えながらアリスは目を開ける。集中している最中に別のことを思い浮かべるなんて論外な気もするがそれ以上に彼女の心は「できた」と知らせていた。


 目を開けるとそこには、持っていたはずの短剣からは考えられないほどの大きな剣があった。


「私が出したっていうのは嘘じゃ……なかったんだ」


 余りの大きさから一瞬目を疑うも即座に火の玉へと視線を移す。そして剣を両手で頭の上に構えると


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 」


 迫力のある叫び声と共にアリスは剣を振りかぶった。


 ズバッ! と空を斬るような感触と共に火の玉が真っ二つになるとともに消滅した。


「や、やった……」


 彼女は力が抜けたのかドサリと尻をつくと剣を見つめる。剣は光が消えて元の短剣へと戻っていた。


「な、何が起きた。私の魔法が……私の炎が……おのれ小娘ェ! 」


 怒声を響かせながらドラゴンがアリス目掛けて急降下してくる。


「何をしたのか知らないが今度は確実に私の足で潰してくれる! 」


 逆鱗に触れたように怒り狂ったドラゴンの姿が徐々に大きくなり、影でアリスの身体が覆われた。


「もう一度、光の剣を……」


 アリスは咄嗟にもう一度剣を出現させようと集中する。しかし、さっきのように上手くはいかず光の剣が現れることはなかった。


「そんな……どうして……」


 彼女が絶望に駆られ目を閉じる。どうして出ないのか、力を使い果たしてしまったのか、彼女の思考が原因を探ろうとするも死にゆく身には関係ないことだろうと無意識に考えたのか走馬灯に切り替わる。


 生まれて父の魔王討伐の旅を母と共に見送った日から父の処刑、母の死、村長との生活に魔王との出会い。


 魔王さん……彼女が最後の最後で彼からプレゼントで貰った指輪の存在を思い出す。そういえば、前洞窟でミースさんに殺害されそうになった時は、宝石が光るとともに魔王さんが宝石にかけていた『ゲート』が発動して助かったっけ……。魔王への期待からか生存への可能性の本能からか右手薬指の指輪を見つめる。


 以前と異なり指輪の宝石は発光しなかった。


 あの時が特別だっただけでそう、何度も助けてはくれないよね。そう考えてアリスは目を瞑り死を覚悟した。


 ────しかし、その瞬間はなかなか訪れなかった。


 どういうことだろう、既にあのドラゴンが急降下して足で私を潰していてもおかしくはないはず。疑問に思った彼女は顔を上げる。


 見上げるとそこには、巨大なドラゴンの前足の裏とそれを片手で止める鎧を着て黒剣を背負ったブロンドヘアの見慣れた中年男性の後姿があった。


「どうやら、間に合ってしまったようだな」


 そう言うといつものように彼は口角を吊り上げた。

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