第36話「五人の奴隷」
魔王とアリスはセントブルク市内を歩き階段を下りて橋の側の階段を下ると派手な外装ながらも人気のない道を歩いていた。
「遂にこの時が来たな」
魔王は満足そうに歩く。
「ええ、まさか本当に四千万をこの短期間で集めるなんて流石魔王さんですね」
奴隷商人がいる場所へと歩きながらアリスは誰もいないことを確認すると魔王の名で称賛する。魔王は嬉しかったのか「ククク」と笑う。
「それで、魔王さんはあの奴隷の方たちを購入してどうするおつもりなのですか? 」
アリスが魔王を信用しているのか何気なく世間話のように尋ねる。それに対し魔王は「いずれ分かる」とだけ答えた。
「どうやら全員いるようだな」
不意に魔王が不敵な笑みを浮かべる。アリスが目を凝らすが何も見えないようだった。しかし、彼女とは異なり視力の優れた魔王はまだ数百メートルは離れているにも関わらず確実に6人の人影を、顔をとらえたのだ。五人には見せねばならないとしてあの商人に変なことを言われるのも面倒なのでここからでいいだろう、そう考えた魔王は指をパチンと鳴らし『ゲート』を開くと立派なケースを取り出した。
そのトランクには昨夜二人で詰め込んだ金貨四千枚、四千万もの大金が入っている。ずっしりと重みのあるトランクを軽々と提げたまま彼はアリスと共に奴隷商人目掛けて歩いて行った。
「おっと、いらっしゃいませお客様……おやおやお久しぶりですね本日はどういったご用件で」
二人の顔を見て商人は魔王の顔を思い出しギョッと後ずさりするも商人の意地か笑顔で応対する。
「心配するな、以前のようなことはせぬ」
そう言って魔王はトランクを地面に置いた。何事か、と目を見張る商人に魔王がケースを開く。
「五人全員を買いに来た。四千万だ、数えてみてくれ」
「え……え……はい! 」
商人は余りのことに驚いたのだろう。しばらく動かなかったがビクンと震え金貨を数えだす。
「三千九百九十九……四千……確かに! 四千万ございます、し、少々お待ちを! 」
1時間ほど経つと数え終わった商人はそう言うと五人の薄着の女性の元へと向かい何やら呪文を唱えた。すると五人の首についていた鎖がゴトンと外れる。五人は商人から解放されたのだ。
しかし、彼女たちの顔に笑顔はなかった。不安気に新たな主である魔王を見つめる。
「それでは、御客様、奴隷契約を」
「何だそれは? 」
魔王が眉を顰める。
「文字通り奴隷と主人を明確にする契約となります、こちらの新しい鎖に主人となる方の魔力を込めていただくと奴隷は主人の命令には必ず従わねばならず……」
「ならば必要がないな、我に首輪などという趣味はない。世話になったな、行くぞ」
説明の途中で興味なさそうにそう言うと魔王はアリスと五人の女性を引き連れて商人の元を跡にし、頃合いを見て人気のないとこで『ゲート』を開き驚き目を見張る五人を連れ城へと向かった。
薄暗い城内で魔王はアリスと共に五人の女性と向かいあう。五人は一瞬にしてセントブルクからこの魔王の城に来たときは驚いた様子だったが今はそれよりもこれから新たな主人に何をやらされるのだろう、という不安でいっぱいのようだった。
「さて、それでは」
『フラッシュ』で城内を照らした後魔王が腕組みをしながら口を開く。魔王の目的はただ一つだった。
「これまでの話をしてもらおうか」
「こ、これまでと言いますと」
五人の女性が小さな声ながらも予想外とばかりにそれぞれが驚いたリアクションをする。
「無論、生まれてから今日にいたるまでの覚えていること全てだ」
そう、彼にとっての目的はただ一つ。アリスという勇者の娘に奴隷たちの奴隷になった経緯の話をさせ彼女の王への憎しみを育て歪ませることだけだった。
「そうだな、では背の高い順に並び一人ずつ頼む」
そう言うと彼女たちは左から背の高い順に並び一番左に来たハーフアップの女性が口を開いた。
「ワタシの家はセントブルク近くの村なのですが、家庭はお金がなく父も母も働き詰めで食事も一食一杯のお茶碗に盛られた量のみと貧乏でした。それ故に私は十五歳の日に売られそれから今日まで奴隷としてあちこちを転々として販売されていました」
「なるほど」
魔王は頷く。
「辛かったのですね」
魔王が興味なさげにしている横でアリスはそう言いながら涙を流していた。このように三人が紹介を終えたが四人とも共通して貧乏故に売られたということだった。
「さて、最後は」
魔王が最初に出会った時に奴隷を買おうというきっかけになったアリスと同い年であろうツインテールの女性に話を振る。
「ボクは前回、王の軍隊が勇者の娘を匿っているとかいって攻めてきた時に父と母を失いました。皆知らないって言ったのに……それからは行く当てもなくこうして奴隷として売られました」
女性が苦しそうに言う。恐らくあの軍勢は勘違いか何かで別の村を襲ったのだろうがほう、これは想像以上に面白いことになりそうだ、そう考えて不気味に口角を吊り上げる魔王の横でアリスは自らが原因だという責任を感じたのだろう顔面蒼白になり言葉を失っていた。
「それで、貴様らに国王は何もしてくれなかったのだな」
魔王がアリスの中の復讐心に薪をくべるべく満足そうにそう告げる。すると五人は頷いた。
「それで、私たちは何をすれば宜しいでしょうか」
ハーフアップの女性がおずおずと、しかし女の奴隷を買ったのだから何を求められているのかは分かっているというように手で胸を抑えながら尋ねる。
「そうだな……」
何をと言われても我の目的は終わってしまったからな、かといってこのまま何もせずに行く当てのない彼女たちを返して先に述べた王と同列になるのも癪だ。と考えた魔王は頭を抱える。六人が見守る中しばらくの沈黙の後彼が口を開いた。
「貴様たちのしたいことをするが良い」
彼の言葉にその場にいる全員が目を丸くした。魔王としても止まるわけにもいかず続ける。
「そうだな、貴様ら名前は何という」
そう言って左の女性に声をかける。
「ワタシは……1と呼ばれていました。その前は……呼ばれていませんでした」
その言葉を、左の四人の反応を見て聞いて魔王は悟った。彼女たちは名を与えられていなかったのだと。
「ならば我がつけよう。左の娘よ。貴様は今日からアリーだ」
魔王はそう言うとその隣のナチュラルボブカットの女性に視線を移す。
「アリーの隣の貴様は今日からラリーだ、そして……」
次はその隣のショートボブの娘に視線を移す。
「ラリーの隣の貴様はマーチだ、そして……」
更にその隣のマッシュの女性に視線を移す。
「貴様はリルだ、そして……」
最後に魔王はツインテールの女性に視線を移した。
「貴様の名は何という」
「メイ……」
尋ねられたツインテールの彼女はそう答えた。
「なるほど」
魔王は頷くとアリーの方を向いた。
「ではアリーよ、貴様の好きなものは何だ」
「え、好きなものですか? …………一度宝石とか取り扱ってみたいです」
「あたしは料理を」
「ワタクシは薬で皆を笑顔にしたいですわ」
「ウチはお花が」
「ボクは……強くなりたいです! 」
アリーの次にラリー、マーチ、リルー、メイに尋ねると彼女たちは次々にそう答えた。
「分かった、何とかしよう」
魔王がそう答えるとアリーがおずおずと手を挙げた。
「何だ? 」
「質問してもよろしいでしょうか? 」
「構わん」
「さっきの魔法といいこのお城といい、貴方は一体何者でしょうか? 」
「我は魔王だ」
魔王は躊躇わずに答えると五人が不安気な顔をする。
「魔王と暮らすのが嫌ならばセントブルクまでは送ろう、そこからは好きにすると良い。誰か送って欲しい者はいるか? 」
魔王はそう言って五人を順番に見つめたが誰も手を挙げる者はいなかった。
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