第35話「魔王からのプレゼント」

「時間か、そろそろゲートで宝石店に戻っても怪しくはないだろう。」


 薄暗い静かな城内で数時間の沈黙を破り魔王は袋を手に立ち上がった。


「私も行きます」


 アリスがそう言いながら立ち上がる。


「好きにするがいい」


 魔王はぶっきらぼうに言うと『ゲート』を開きセントブルク近くへと向かった。片道数分の野原を月明かりに照らされながら歩き門をくぐりセントブルクへと入る。そこから噴水広場を抜け大通りを通りギルドと反対側にある宝石店の扉を叩く。


「いらっしゃいませ」


 と小太りの店長が出発の時同様迎えるも何やら興奮している様子だった。


「聞きましたよオウマさん、宝石泥棒を捕まえてのですって? いやあ本当にありがとうございます。実はいつ我が店が狙われるのかとヒヤヒヤしていましてね。夜もなかなか眠れなかったのですが、おかげさまで今夜からぐっすり眠れそうです。本当にありがとうございました」


 店長は宝石泥棒の件について迷惑をかけられたわけでもないのに丁寧にお礼を述べる。その様子を見ていたアリスは少し複雑そうな顔をした。


「まあ、我も懸賞金が貰えることになったからな。礼には及ばん」


 そう言って魔王は宝石が詰まった袋を差し出す。


「宝石は取ってきた、十個……いや二十個からは買取だったな? 」


 パンパンに詰まった袋を見て店長がギョッとする。


「えっ、これ全部宝石ですか! ? 」


 袋から取り出した透明な宝石を見て何やらレンズやらでみた店長は顔面蒼白になった。


「質もかなりのものですし。こ、これ全部の買取は申し訳ありませんが今すぐとなりますと当店では……」


「そうか、なら五千万ノードになるように取ってくれ」


 動じずに魔王がそう答えると「ははあ」と頷きながらカウンターの奥へと消えると金貨が大量に詰まった木製のケースを持ってやってくる。


「こちらで五千万ノードになります」


「確かに」


 魔王は即座に金貨が五千枚あるのを確認すると頷いた。


「そしてこちらが買い取れない分の宝石です」


 そう言って店長がまだ十分に宝石の詰まった袋を返却する。魔王はその中から宝石を二個取り出した。


「それでは、この宝石で何か身に着ける物の制作を依頼したい。一つはここにいる娘、もう一つは成人の女性だ」


 言われてアリスがハッとする。


「ありがとうございます! 失礼ですがその女性とはどのような関係でしょうか? 」


 店長が途端に職人の目つきになり関係により作成するものが変わるというように尋ねた。


「ただの顔見知り、というやつだ」


「畏まりました」


 店長がそう言ったと同時に魔王はアリスに視線を移す。


「何が欲しい? 」


「いえ私は……」


 アリスが顔を背ける。


「ならばこの娘には指輪を頼む」


「畏まりました、明日の昼には出来上がると思います」


「そうか、頼む」


 そう言うと魔王は踵を返してアリスと共に店を出た。店を出てから魔王はアリスに話しかける。


「ギルドへのクエスト達成報告は明日にするとしよう。丁度ミース達の身を捕らえている城の地下牢はすぐそこだ。何か彼女に伝えたいことがあるのなら兵士にでも伝えるといい」


 それを聞いてアリスの顔がぱあっと仄かに明るくなった。


「私、行ってきます」


 そう言うと足早に城へと向けて走って行った。手のかかる娘だ、そう考えながらも魔王は見失わないように彼女の後を追いかけた。



 翌日、二人はギルドを訪れた二人は受付嬢にクエスト達成の報告を済ませる。


「はい、これにてクエスト終了です、そしてこちらが駆け出し冒険者の称号を示す赤いバッジです」


 受付嬢は袋とバッジを差し出した。魔王はそれを受取ろうとした時だった。


「それと、今回は申し訳ありませんでした。私がきちんと確認するべきだったのにそれをおこたってしまったばっかりに……次からはこのようなことがないように気をつけます。申し訳ありませんでした」


「気にするな、こちらとしても思わぬ臨時収入になった」


 そう言って今度こそ魔王は袋とバッジを受け取ると代わりにとポケットから箱を取り出し開くと宝石を出す。


「これは今回、いやいつも世話になっている礼だ」


「え、いえいえそんな! 」


 彼女は中身がネックレスと知ると仰天した。


「気に入らなかったのならつけなくても良い、ただ持っておくと良いことがあるぞ」


 そうとだけ言うと魔王は用は済んだとばかりに出口へと向かう。


「ありがとうございます」


 出るときにいつもよりも陽気な様子の受付嬢の大声が響いた。


「オウマさんからネックレスのプレゼント……かあ」


 受付嬢は嬉しそうに箱を開きネックレスをしばらくみつめる。


「あ、あの! 」


「は、はい、すみません! ようこそ冒険者ギルドへ! 」


 しかし冒険者に声をかけられ慌てて箱にしまうと懐に隠した。


「魔……オウマさん、あの言い方は誤解されてしまいますよ」


 ギルドを出た後、大通りを歩きながらアリスが忠告するように魔王に言う。


「何をだ? 」


 魔王が首を傾げる。


「いえ、何でもありません」


 そう言いながら顔を背ける彼女の右手薬指には、紫色に輝く宝石のついた指に合わせて大きさが調節できる細工の施された指輪がはめられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る