第32話「宝石泥棒のミース」

「きゃっ! 離してください! 」


 アリスの悲鳴が聞こえた。魔王は何とか目を凝らすとそこには御者二人とアリスを腕で抱えその首に短剣を突き立てているエイリの姿があった。


「ちっ! まあいい、動くんじゃないよ! 」


 そう言ってエイリはアリスの喉元へと短剣を突き立てる。


「どういうつもりだ、まさかこの宝石を前に独り占めしたくなったのか? 」


 魔王が尋ねるとエイリが小さく震える。


「フフフフ、ハハハハ、アーハッハッハ! 少し違うねえ、あたしは始めからあんた達を囮にしてここにある宝石を独り占めするつもりだったのさ! 」


「そんな、エイリさんどうして」


 優しかった彼女の変貌ぶりがショックだったのであろう、目に涙を貯めながらアリスが尋ねる。すると御者の二人がエイリの兜を取り彼女の包帯をも取った。するとそこには火傷した顔ではなく茶髪に細い目ながらも傷一つない顔立ちの女性が姿を現した。


「どうして、やけどを負っていたのでは……」


「ガハハハハハッ姉さんは本当に芝居がお上手で! 」


 御者が笑う中エイリ? は恐ろしい目でアリスを睨みつける。


「エイリ? ハッハッハ、そいつはもう死んだよ! あたしはミース、この名前どこかで聞き覚えがあるだろう? 」


「ミース……そんな……嘘……」


 アリスが震える声で何かに気付いたように呟くと彼女は笑った。


「ご名答! 巷で話題の宝石泥棒さ! 宝石を手に入れるには情報を仕入れている宝石屋が出しているクエストにくっついていくのが手っ取り早そうだったからねえ。受付嬢でも顔は適当な理由を考えておけば何とかなると思っていたよ! 予想通りあの受付嬢もコロッと騙されてくれた! ざまあないねえ」


「それじゃあ、本物のエイリさんは……」


「あ? あーあの間抜けな女なら今頃どこかで冷たくなっているんじゃないかな? 」


 どうでも良さそうに語ったミースだったが突如吹き出した。


「ッククク、思い出した、エイリもあんたみたいに馬鹿正直な女だったよ! アハハハハハ、今頃あの世であんたみたいな反応をしているんだろうね! 」


「どうしてそんなことを……」


 涙を流しか細い声のアリスに対し怒鳴りつけるようにミースは言う。


「決まってるじゃないか、宝石のためさ! 宝石を売れば金が手に入るだろ? あたしはあんたらを始末した後に何食わぬ顔で部下たちと宝石を詰めて戻ってそれを売りつけて金を手に入れるのさ! あんたたちがここのモンスターを倒してくれたおかげで始めて以来の大儲けだよこりゃ」


「グスッ……グスッ……」


 もはやアリスは涙を流すだけで何も喋らなくなっていた。ミースはからかいがいが無くなったとばかりに舌打ちをして魔王に視線を移す。


「おっと動くんじゃないよ! 大人しく縛られな、さもないとこの娘の命は保証しないよ」


「どちらも殺すと言っておきながら愉快なものだな」


 そう言いながらも魔王は大人しくその場に腰を下ろすと両手を部下の二人により縛られた。


「結局大口叩いてもこの娘の命が惜しいってか、泣けるねえ」


 魔王を見下ろしながらミースは勝ち誇ったように続ける。


「その褒美と言っちゃなんだけど、今すぐこの娘をぶち殺してやるよおおおおおおおおおおおおお! 」


 そう言ってミースはアリスの喉元に勢いよく短剣を突き刺すその寸前だった。彼女が紫色に発光しミースが目をつぶった次の瞬間、アリスの姿が消えた。

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