デイワ区地下街へ

「さてどうしたものか...」


エアバイクからの逃走に成功し、商店街を抜けたセリザワの目の前にはデイワ区地下街へと続く連絡通路がある。


デイワ区地下街。地表に空いた巨大な縦穴に栄えた地下都市のことだ。ここはかつて宇宙エレベーターを建設する予定地となっており、エレベーターを動かすための動力源であるレーザー装置を地中に埋めようとして直径884m深さ531mの円柱状の縦穴が空けられたのだが、結局計画は政治的な理由で頓挫してしまったのだ。せっかく多額の費用をかけた穴なので有効活用しようと民間の業者が次々に縦穴の側面部分に施設を建設し出したため、今では地下街と呼ばれるほどに発展したコミュニティ(治安の悪い場所)が広がっている。


民間の業者が次々に乗り出して来たのには訳がある。土地代の安さだ。政府は計画を失敗に終わらせてしまったため跡地に別の施設を建造することが難しくなったのだが、替わりに民間に建造をさせようと安い土地価格に設定したのだ。縦方向に建造すれば同じ敷地内でも多くの施設が入れるというメリットも含まれている。


穴の中心にはもともとレーザー装置を格納する予定だった巨大な格納庫が穴の底辺から地上付近まで伸びているのだが、それを穴の各階層に続く昇降機に改造している。地上から地下街に行くにはまず穴の円の円周上に設置された計四箇所の連絡通路のどれかを渡り、連絡通路の集結点である昇降機から降りなければならない。


この連絡通路はどの場所も非常に人で混んでいるのだ。


フル装備をローブで隠しているとは言え目立つ。光学迷彩化をしたとしても人混みの中では接触してしまう。見えない何かがあると気づかれるのも不味いのだ。地下街に入る人間は面倒な者が多いのでできればそれは避けたい。だが、そんな不安をする必要はもはやないだろう。


というのも、連絡通路の出入り口には、


「対象は顔にWの模様が入った仮面をつけており、ロボットスーツ着用しているそうだ それに似た不審な者を発見した場合は直ちに逮捕せよ!」

「はっ!」


すでに複数の警官が検問をしていたのだ。


『セリザワ君 あともう一歩なのだが ちょいとここは通るのは無理そうだな』

「仕方がない自力で降りるとするか そのクラブの『ヒース』は何階だ?」

『確か...B17だ』

「なんだ割と上層だな」

『ちなみにだが、クラブの『ヒース』に目的地を設定したのはサナダ君がいるからじゃない そのクラブの隣にある家電量販店が保有する倉庫に行って欲しいんだよ』

「なっ!? いきなり変えるなよ」

『いやクラブにも行ってほしいんだがね 今装着している装置をどこかで回収しなくてはならないだろう? ずっと着たままではいずれは警察に見つかってしまうしな それに装備を取れば君はただの大学生だから見つかることはなくなる訳だ』

「....だがそんな簡単に倉庫に入れるのか?」

『それは心配ない既に僕のところの研究員でもあるクリストファー君が待機している』

「了解」


連絡通路に向かうのを止め、縦穴の縁へと向かった。コンクリートの壁で穴に落ちるのを防止しているようだが、それは関係ない。


ロボットハンドを使い、コンクリートの壁をよじ登ると穴の空いている側に体をもっていく。そして、


「Activate Grappling hook!」


グラップルをして垂直の壁をスルスルと降りて行く。自力のエレベーターという訳だ。だが、さすがに18階層分までの長さの紐ではないため、何回かに分けて壁にフックを打ち込みながら降りる。まるで山の岩肌を降りて行く登山者のようだ。


光学迷彩で身を隠してるとは言うものの警備ドローンに見つからないように慎重に降下していき、目的のB18まで到達すると体を振り子のように前後に揺らしてからB18のフロアに突入した。この特殊部隊がビルの窓から潜入するような大胆な方法で突入しても光学迷彩のおかげでB18を歩く者たちには幸い気づかれることはなかった。


地下街はサイバーパンクの世界を具現化したような街並みだ。


ビル街とは比較できないほどにゴミが通路に散乱し、薄暗い地下街をネオンの光が照らしている。通路に並んでいる自分の領土が一体どこなのかも曖昧になっている出店が犇めき合い、煙が充満している。そんなお世辞にも整っているとは言えない場所には不規則に人が歩き回っていた。お酒でも飲んだのか陽気なテンションでフラフラと徘徊している者、目のあった対向者に喧嘩を吹っかける者、体の至る所にピアスを入れ、全身刺青で覆われている者、モヒカン頭のロックシンガー風の者、個性の市場と言われるのも無理はないだろう。


地面に転がってるゴミを避けたり、得体の知れない液体を避けたりしながら歩くのに疲れ始めた頃、


目的地と思わしき家電量販店の倉庫が見えてきた。


(こんな場所に家電量販店なんかそもそもあるのか?)


周りの人には気づかれないように小声で博士に呼びかけてみる。


「...ここは本当に家電量販店の倉庫なのか?」

『ああ まあそうだな どちらかというと 改造パーツを売ってる店だ』

「自動車部品とか?」

『そんなのは地下街じゃなくてもあるだろう ここにはここにしかないものが売られている 人間の改造パーツだよ』

「人間!?」

『あ...まあの改造パーツだ 体に色々埋め込むのさ』

「狂ってるな」

『....人のこと言えないぞ』

「なんで?」

『まあ そのことはサナダ君に聞いてくれ それよりもだがこれは脳内通信をしているからセリザワ君は一々声に出さなくてもいいんだぞ できるのならな 命令言語じゃああるまいし...』

「先に言ってくれよ! というかやり方がわからん」

『それはあとで実践テストをしてもらう まずは倉庫の中に入ってくれ 扉は君が行けば自動的に開く』


なるべく通りを歩く人にぶつからないようにして路地へと入って行く。


家電量販店倉庫という名目の建物の裏口を見つけた。表はシャッターが閉まっていたため入ることが叶わなかったのだ。


薄暗い裏口の前に立つとすぐに中から扉が開かれた。だが自動ではなく人力で。どうやら中にいた人が開けてくれたようだ。


(何が自動的に開くだ)


「おお 待っていたぞサナダ君?」


中に入ると坊主頭の屈強な体つきをした男が立っていた。顔はその体格にしては温厚そうな感じをしている。だが怒らせたらやばそうだ。


「えーと 見えるの?」

「仮面は見えるからね 光学迷彩でもそこは隠せないよ」


にこやかに笑ってきてくれているがセリザワはミスをしてしまったことに気づいた。グラップリングをしていたときは顔を壁に向けていたから問題なかったが地下街を歩いていたときは前からくる人に見られていたのではないか。


冷や汗が止まらない。


「でも他の人には見つからなくて良かったね ここの連中は頭がイッてる奴がほとんどだから多分認識しなかったのかな 認識できても幻覚の方がありえるからね」

「それは...良かった」

「僕はクリストファー・ダリアン。ジル博士の下で働いている研究員さ。僕も実験に以前君と同じく被験者として参加したんだよ」

「ほんとうに? それは... 共感できる人がいたとは... 俺はセリザワ・カクだ 博士がここで装備を脱げと」

「話が伝わってたか それじゃ早速取り外しといこう」


クリストファーが手際よくセリザワが身につけていた装備を順に取り外していき、倉庫の奥から引っ張り出してきた箱に詰めていく。鍛え抜かれたクリストファーの腕は割と重さのあるロボットスーツを軽々と持ち上げてしまう。彼の腕力のお陰か予想以上に早く装備を脱ぐことができた。そしてあっという間に普通の大学生、セリザワ・カクの姿へと戻る。


「よし これで片付けは終了っと あとは君の着替えだけだな」

「着替え? もうこれで終わりじゃないのか?」

「その服のままクラブに入ったら厄介者達に絡まれるぞ それでもいいのかい? ロボットスーツがなくても機械は操れるけど接近戦にはあまり効果がないだろ」

「なるほど...」


そして装備の入った箱を奥へとしまいに行ったクリストファーは戻ってくる際に脇に何やら衣服を抱えて戻ってきた。


「とりあえずこれでも着てくれ」

「これを着るのか?」

「ああ 着てくれ」


ジージャンにTシャツの姿のクリストファーに言われるのも癪だが話の内容は理解できたので渡された服を着ることしたのだが、


渡された服は真っ黒な革ジャンと革ズボンだった。ところどころに金属のトゲトゲが生えている。正直こんなロックシンガー風の服は好みではないが仕方ない。


着ている服を脱ぎながら少し気になった事を聞いてみる。


「クリストファーはここで仕事してるの?」

「いやほとんどは基地の中だ」

「基地?」

「ああ それは後にわかるよ 研究所みたいなところさ」

「じゃあ この倉庫は?」

「秘密の倉庫ってところかな この周辺は警察も来ないし 君のようなイレギュラーを隠すにはいい場所なんだよ」

「人間の改造パーツを取り扱いしていると聞いたんだが...」

「そのままの意味だ 純人間のが主だけど」

「純?」

「君と僕みたいな人間のはないよ」

「...それはどういう?」

「この手の話はキリがないサナダに聞いてくれ」

「...わかった クラブで会う予定なんだが別にここでもいいんじゃないか?」

「それもそうなんだけどな クラブまでが実験に含まれてんだ 最後は脳内通信のテストがある 受信はできるようだが送信はまだだろ?」

「受信?」

『この声が聞こえたら受信成功ってことだ』

「クリストファーも博士同様にできるのか」

「実験したと言っただろ 送信は君から脳内通信で僕に伝言を伝えることだよ」

「なるほど 最後はそれをやるのか...」


なぜクラブに拘るのかまではわからないがその辺の謎などは行けばわかるということらしい。若干タイトめの革ジャンを羽織り、ある程度の身だしなみを置物の上に置かれていた鏡でチェックすると裏口に向かう。


「最後に言っておく これから先は僕もジル博士も君を監視しないことになってる 脳内通信もなしだ クラブに入ったら自力でサナダを見つけ出せ あまり長居してると...いいことはないから急ぐことを推奨するぞ 君がクラブに慣れていれば話は別だけどね」

「最終試練だな... ご忠告ありがとう 行ってくる」

「おう 生まれ変わったら基地で会おう!」

「...おう」




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