チェイス

ディスプレイ内の映像は偽造映像だったのではないかと思ってしまうほど対象の動きは明らかに変わっていた。先ほどまで素人のようにただ突っ立っていた対象が突如、戦闘に慣れている傭兵のような身のこなしで部下をなぎ倒したのだ。その上、監視を上空からしていたドローンはコントロールを奪われ、隊員達の銃はアクセス権が無効化された。


只者ではない。


とてつもなく嫌な予感がする。これはこれから始まる悲劇のほんの序章なのではないかと感じてしまうほどに。


部下からの報告では屋上に置き去りにされた銀色のジュラルミンケースの中に確かに組み立て式のライフル銃が入っていたらしい。今回の任務としては成功だ。対象がリンク社の役員を狙撃することを防げたのだから。


だか、なんとしてでもあの対象はここで逮捕しなくてはならない。UCASTの名にかけても。そしてシン個人としもあの余裕の野郎が許せないのだ。


「隊長! あそこです! 対象がドローンを使って降りてきています!!」

「でかしたケレン! 落下予測位置はほぼ当たっていたぞ 高速に乗って正解だ すぐにサイレンを鳴らせ!」


すぐさま3台の車からサイレンが鳴り響く。それに気づいた周りの車はシン達、UCASTの車両の通り道を開け始めた。


「よし キナシ!あのトラックに拡声器を使って警告をしろ」

『了解です』


前を走っていた部下の車に無線で指示を出す。車両の上部に取り付けられた拡声器から警告が流れた。


あとは3台の車であの大型トラックを囲むようにして端に追いやるだけだ。ここなら高速道路の側面に設置された高い壁もあることだし、先ほどのようにビルから飛び降りれられることもないだろう。


「ケレン速度を上げろ やつに考える暇を渡すな」

「了解!」


シンの指示を聞いたケレンがアクセルをさらに踏み込もうとしたその瞬間、


キーーーーっ!!


突如、車が速度を殺しはじめた。衝撃で体が前に持っていかれる。シートベルトをしていなければ危ないところだった。


シンの目の前には白いエアバックが広がっていた。


「ケレン! 何をしている!! ブレーキだそれは!!」

「違います! 車が勝手にブレーキを!!」

「そんな訳–––––––っ!?」


そんな訳あるかと言おうとしたが、窓の外を見ると他の2台のUCASTの車も同じように停止していた。前の車からは白い煙が出ている。


「クソが!! あの野郎 ハッキングしたというのか!? これはマズい」


助手席に座っていたシンはすぐさま無線機を取り出し本部にチャンネルを合わせる。


「こちらUCAST隊長シン・ヴェロット。リンク社役員の狙撃を防ぐことに成功したが、対象は依然逃亡中。応援を求む。危険度はインフェルノだ 以上」

『こちら本部 要請を受理した すぐさまユニティ市全警察に出動要請を流す 以上』


運転席に座っていたケレンは目を見開きシンの方を振り返った。


「インフェルノ....ですか」

「ああ こっちのおもちゃが通用せん相手だ こうなったら数でいかねば無理だな...」


対象となる人物には危険度という指標が設定されることがある。グリーンは危険度なし。これは対象が犯人ではないと断定された場合だ。情報のミスにより単なる一般人が指名手配された場合の評価になる。まあほとんどないが。次がイエロー。要注意人物のことである。そして犯人、加害者であると断定された者から順にオレンジ、レッド、ブラックと割り当てられる。オレンジは武器を持ったり暴れたりしている危険人物。レッドは殺人を犯した人物、ブラックはテロリストと断定された人物だ。主にUCASTはレッドとブラックを担当することが多い。


そして、ブラックを超える指標はインフェルノ。UCASTだけでは対処できない相手を表す指標だ。テロリストなどの危険人物を専門に対処する部隊でさえ処理できない場合は全チームが行動を開始することとなる。インフェルノと指定される人物はグリーンと指定された者よりも遥かに少ない。
















『まもなくモノレールが参ります だ セリザワ君!』


高速道路を後にし、高速交通線が通る橋を登ったセリザワは線路の上を走っていた。なるべく追ってから距離を取るために。高速交通線はモノレールであり、無人で走っている。今歩く線路の両サイドにはモノレールへ供給する電気が流れているため接触したら骨になってしまう。


だが、触れなければ問題ない。


博士の言う通り、後方からはモノレールが接近していた。モノレールの上に飛び移りたいが横には電気が走ってるため避けることができない。かと言って走りながら接近しているモノレールに目の前からジャンプして屋根に飛び移ることはできない。たとえロボットスーツを着ていてもそれは難しいだろう。


であるならば、あちらさんに一度停まっていただくしかない。


「Hijack Monorail!」


キューーーーーーーウンっ!!


さっき追ってきた黒い車を止めるときのように急激にブレーキをかけないように注意をする。モノレールに乗ってるのはただの市民だ。無賃乗車する身として最低限にはマナーを守ろう。


少々荒くはなったが、ゆっくりと速度を落としたモノレールがセリザワの7メートルほど先に停止した。


見上げるときつい照明で照らされた車内にいた乗客が何事かと窓の外を一瞬キョロキョロと見渡していたが、すぐに手元のデバイスに視線を戻していった。


ロボットスーツを使って屋根に登ると、再びモノレールを動かす。


そろそろこのロボットスーツにも慣れてきたようだ。


『そろそろそのロボットスーツに慣れてきたかね?』


同じ思考をしていたことに若干だが腹が立つ。


「ああ」

『それは良かった さすがは僕が制作しただけあるな そのモノレールに乗っていればデイワ区の方まで向かってくれるぞ』

「そのようだな」


視界に広がるナビもモノレールの進行方向と同じだった。


速度が安定したモノレールの上に乗っていると少し休憩ができる。さっきまでは機動隊員を相手にし、ロボットスーツを着てはいたがドローンにぶら下がっていたからな。それに面倒なハエも叩き落としたことだし。


上下左右にモノレールは進んでいきこのビル郡の間を通り抜けていく。こうして見るとやはり巨大建造物で溢れる街並みには圧倒されるものがある。


顔に当たる風もさっきのビルに比べたら気持ちのいいものだ。


警察が追ってこないのもつまらんが、まあ安らげるからよしとしよう。さすがにここまで追ってこないはず–––––––。


ピーポーピーポー!


「何っ!?」


耳触りなサイレンが後ろから聞こえてくる。視界の左下に写っているレーダーを確認すると、


「うわっ ここまで来てやがる どうやって来たんだ? こんな高さの場所に」

『どうやらエアバイクに乗ってきてるようだね』

「エアバイクか」


エアバイクとは警察が保有しているバイク型の飛行ドローンといった代物だ。白バイの空飛ぶバージョンと言った方が適切かもしれない。飛行運搬ドローンの中では最新鋭の技術が盛り込まれており、飛行ドローン最高速度を誇る。急旋回も可能で上空の入り組んだ隙間にも入り込むことができる。


バスンっ!! 


「なっ!?」

『おお! 相手も考えたね クロスボウを使ってくるとは!! しかもあれは現代版にアレンジされているな!』


セリザワの約9メートル先には金属製の細長い矢がモノレールの屋根に突き刺さっていた。


「また面倒なのが来たな Hijack Airbike!」


走るモノレールを追うようにして接近しつつあった4機のエアバイクが体勢を崩した。左右に揺れる機体を必死で制御しながらモノレールの線路を支える柱に衝突しないようにしている。こちらも墜落させてライダーを殺す気はないが、あの速度でここまで来てクロスボウを打たれても困る。適度に機体を揺らし、接近させないようにしなければ。


さすがエアバイクライダーというべきかビルや高速道路、高速交通線の柱で入り組んだ空間を綺麗に避けながらも揺れた機体で接近してくる。


『強制的に緊急着陸モードを発動させるしかないな』

「緊急着陸モード?」

『ああ ああいう飛行ドローンには制御を失ったときのために自動で近くの着陸できる場所に着陸するというモードが備え付けられているんだ それを君の力で強制的に引き出させるんだよ』

「なるほど やってみよう」


エアバイクの支配権は既に得ている。自分の能力がイマイチわからないが頭の指令を直接指定した機械に反映させることができるらしい。これはすごい。この街では無敵かもしれないな。


博士に言われた緊急着陸モードを発動させてみる。


だが、


「何も動かないだと!?」

『あー やられたな どうやらネット接続を自ら遮断したようだ ハッキングされることに気づいたな』


Internet Of Things。 あらゆる機械がネット接続しているからこそハッキングが有効なのだ。だが、それを切られた今、あのエアバイクを操作することは出来なくなった。


「それはマズいな」

『だけどあの連中もネット接続してないからAIのサポートを受けられないってことだ。つまりこの距離からクロスボウで射撃してくることはできないってことだな』


先ほどのクロスボウによる射撃はライダーにAIがサポートしていたためらしい。ヘリコプターに乗りながらスナイパーは移動する車のタイヤを打ちつくことはできるらしいが、激しく動くこの空中戦では人間だけの精度ではモノレールの屋根に矢を放つことも難しいのかもしれない。


体勢を取り戻したエアバイクが今度は全速力でモノレールへと一斉に接近してくる。こちらもモノレールの速度を上げたいところだが、これ以上速度を上げるとこれより先を走っている別のモノレールに追いついてしまう。それをやってはテロリストの仲間入りだ。


さすがはエアバイク。すぐに距離が縮まってきた。


4機のエアバイクの内、2機は二人乗りをしているようだ。


ということは、


ドスンっ! ドスンっ!


モノレールに近距離まで接近した2機のエアバイクから後ろに乗っていた者が屋根の上の降り立った。どうやら二人とも足には吸着装置が取り付けているようだ。セリザワと同じくモノレールの屋根から滑り落ちる気配はない。


クロスボウを構えゆっくりとそして確実にセリザワの元へと距離を縮めてくる。


「観念しろ! 貴様はこれ以上逃れることはできない 両手を上げたまま後ろを振り向け!!」


ライダーはフルフェイスのヘルメットを被っているため声が聞き取りにくい。


「何を言ってるのかよく聞き取れないなあ!!」

「もう一度言う 両手を上げたまま後ろを振り向け!!」


さすがに今回は対処法が思いつかない。これはマズい。相手の武器をハッキングできない上にモノレールに並走しているエアバイクは上を飛んでるため飛び移ることもできないのだ。


すると、聞き慣れた声が脳内に響いた。さっきは厄介だったが今は天の声だ。


『セリザワ君! 君のロボットアームにはグラップリングフックが装備されている それを飛んでるエアバイクに放つんだ 命令言語はActivate Grappling hook だ!』

「その長い命令言語、今後は変えたいな」

『そうだな それにエアバイクのような敵に対抗する手段も考えなければ いやー本当にいい実験だな』

「余計な話が無ければいいオペレーターなんだが...」

『うぇーい! 言うじゃあないか ハハハ!』

「Activate Grappling hook!」


セリザワの右腕から伸びたカーボン製の強力な紐が飛んでいた1機のエアバイクのシート部分に突き刺さった。


そして、釣竿のごとく紐を高速で巻き取っていく。


足の吸着装置の電源を切るとセリザワの体が宙を舞った。そしてどんどんエアバイクへと体が持っていかれる。


ガコンっ!


エアバイクまで到達すると一気にライダーが座っているシートの後ろへと飛び移り、片手でライダーの首元をつかんだ。フルフェイスのため表情は残念ながら読み取れないが明らかに焦っている様子だ。


「安心しろ 殺しはしない だがモノレールの屋根に落ちたら吸着装置を起動させろよ?」

「何っ!?」


左のロボットアームに力に任せ、目の前のライダーを持ち上げてすぐ横まで来ていたモノレールへと放り投げた。


「うわああああ!」


マヌケな声を出して放り飛ばされたライダーがモノレールの屋根へと激突していく。すぐさまクロスボウを持っていた二人のライダーが救助へと入った。

「大丈夫か!?ロイ?」

「ああ...なんとか」


バスンっ! バスンっ! バスンっ!


金属の矢が乗っているエアバイクの周りを飛んでいく。


「おっと危ないな! 街中で打つのはよくないぞ?」

「貴様が言うな!」

「それではおいとまさせて頂こう!では!」

「奴を追え!! 俺たちは駅で降りる!」


奪ったエアバイクのハンドルを握り、前へと押し倒す。するとエアバイクが高度を下げはじめた。


(速度はバイクと同じくハンドル部分で調節するのか...大体は把握したぞ!)


モノレールから距離を取り、一気に速度を上げ逃走を開始する。それとほぼ同時に飛んでいた3機のエアバイクが後をつけて来た。


高速交通線の線路を支える鉄骨の隙間を通り抜け、地上の道路まで一気に降下する。


「む これでも撒けないか」

『ビジネス街は見通しやすい ビル群を避けて商店街の路地を利用しろ』

「了解」


これは一理ある。先ほどから交差点を何度も曲がり、相手の視界から消えようと試みているのだが、どうしても大通りは見渡しが良く、すぐに発見されてしまっている。同じ性能のエアバイクを使っているため距離は開かないが同時に縮むこともないのが幸いといえば幸いか。


信号機や標識などに衝突しないように注意しながら博士が言った商店街を目指す。このあたりの商店街はバラエティ豊かで様々な店舗が揃っているのが売りなのだが、狭い土地にたくさんの店が入った雑居ビルがひしめき合い、整備対象にならなかった電線が空中を支配しているので厄介だ。ビジネス街は全て地中に電線が走っているがこの辺は今だに電柱なのだ。


最高速度から徐々に速度を落とした状態で商店街へと突っ込む。電線が邪魔なので低空飛行をしていると、下の通りを歩く人の群れが奇異な目でエアバイクの群れを見つめていた。エアバイクが巻き起こす風が彼ら彼女らの髪をボサボサにしながらも狭い路地へと侵入し、右へ左へと角を何度も曲がって行く。


『セリザワ君 ここらで奴らを撒こう 視界から消えることに成功したらエアバイクを捨てるんだ』


狭い路地を曲がり、追っての連中がまだ来ていないことを確認すると、一気に速度を落とし地面に着陸した。そしてすぐさまシートから降り、歩きでまた新たな路地へと入っていく。


「博士 この格好だとさすがにバレる」

『そうだな 人混みは避けて雑居ビルの屋上を伝って移動するか』

「それだとエアバイクの連中が」

『セリザワ君が今羽織っているローブがあるだろう それは単なる飾りではない 光学迷彩を使えるんだ だだそれは音声入力は対応してないから左肩の部分を握ってくれ それが入力になる』

「へんな入力方法だ」

『そこにしか構造上、そして便宜上設置できなかったのだ...』


博士にしては少し元気がないような返事だった。


左肩の部分を握る。すると、周りの景色に合わせてローブの表面が変化し始めた。路肩に停めてあった車のガラスに反射する自分の姿が消えていくように見える。


だがそれでも顔の仮面の部分まではローブで覆われていないので、人混みを歩くと浮いた顔状態になってしまい小さなパニックを引き起こしてしまうだろう。今回も博士の助言通りにするしかないな。


雑居ビルの屋上へと登り、ビルからビルへと屋上伝いに移動していく。ロボットスーツのパワーならこのくらいは余裕だ。


『セリザワ君! 伏せろ!! エアバイクが接近してくる』


突然の忠告に後ろを振り向くことなくそのままうつ伏せになり、光学迷彩のローブで屋上と一体化する。


数秒後、


ブーーンという音を立て、3機のエアバイクがセリザワのすぐ頭上を飛び去って行った。


『ハハハ! 完全に目標をロストしてるではないか 成功だ!』


(いいオペレーターではないか)


『そのまま進んで商店街を抜ければすぐ地下街だぞ!』

「やっとか...」


そろそろゴールである地下街に到達したいと思っていたところだ。これでやっと解放される。


『サナダ君が待ってる 急いでくれ』

「サナダ君?」

『私の美人助手である』

「...それは...急がなくては!!」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る