警察vs大学生

「ケレン ドローンからの映像はどうだ?」

「以前、動きがありません。武装して立ったままです。」

「うーん そうか... タイミングを狙っているのかもな 第1班は配置についたか?」

「最上階へ続く階段で待機中です」

「了解した。なんとしてでも奴が狙撃を開始する前に取り抑えろ! 抵抗した場合は射殺しても良いという許可が出ている」

「対象は余裕ですね あの装備に自信でもあるんでしょうか?」

「あんなの見たことないが、屋上で機動隊に囲まれれば終わりだ」


TH東オーシャンビルから道路を挟んだ箇所に横付けした黒塗りのバンの中に設置されているディスプレイを見つめていたシン・ヴェロットは狭い車内で貧乏ゆすりをしながら機動隊の突撃タイミングを考えていた。


シンが所属する組織の名称はユニティ市特別テロ対策即応対処部隊、通称UCAST(ユーキャスト)。ユニティ市の警察組織において最も初めにテロ行為をする対象を捕獲、または殺害する特殊部隊である。


UCASTが突入するような事件は8年前に一度、高速交通線に爆発物を持ち込もうとした対象を捕獲したことくらいでここ最近は出動することがなかった。


防犯設備の性能が格段に向上し、凶悪な犯罪は未然に防がれてきていたからだ。


シン自身もここのところ実戦任務がなくて仕事をした達成感が得られずに少々不満があったが、実戦が無いということはそれだけ街が平和であるということだ。苦手な事務作業にも文句を言いたいが仕方がないことだと理解していた。


そんな中で突然、任務の知らせが入る。


屋上でリンク社の役員を狙ったスナイパーが既に配置についていると。


そのスナイパーを捕獲、抵抗する場合は射殺も可というのが今回のUCASTの任務である。スナイパーの位置情報が未然に入手できたのはやはりこのユニティ市の防犯設備が高性能だからなのだろうか、それとも対象は単なるマヌケスナイパーなのか。詳しい情報入手経路はわからないが、シンはただ対象が狙撃を開始する前に逮捕するだけだ。


準備は十全だ。いち早く現場に到着し、既に機動隊の第1班から3班までの配置を終えている。屋上に潜んでいると言われていた対象はドローンを使って空から常時監視中。あとはただシンが突撃開始と言えば有能の部下がたった一人の対象を逮捕するだけとなっていた。


しかし、


「なんかきなくせえ スナイパーらしくないな まるで素人だ」

「身を隠すどころか堂々と存在をアピールすかのごとく立ってますもんね」

「罠... ではないと思うが」


通常、スナイパーなら完全に己の姿が敵から見えないように身を隠し、殺害対象が現れるまで息を潜めるはずだ。しかしながら今回の対象は違う。明らかに素人の動きなのだ。


マヌケスナイパー決定というハンコを押したいのだが、どうも対象が身につけている装置が気になってしまう。もし、あの装置がなにかの最新兵器かなにかのだとしたら有能な部下たちの命に関わることだ。


だが、余計な考えをしている時間はない。先に情報を入手したこちら側が今は有利なのだ。ならば素早く対象を確保するのみ。


「第1班突撃開始!」


命令を部下に下した数十秒後、己の目を疑うような光景がシンが見つめるディスプレイ内に広がった。
















『早速、機動隊のお出ましのようだセリザワ君! 今の君なら相手にもならないだろう では、まずあの銃はちょいと厄介だから無効化してみようか ささ! 機動隊の持つ銃のアクセス権を無効にするんだ』

「え!?え? どっ どういうことですか!? い、意味がわからないんですけど!! とりあえず投降しますよ!!」


突如、背後の階段から姿を現した総勢8人の完全武装した機動隊がセリザワの周りを囲んだ。


「直ちに武装を解除し、投降しろ! 抵抗すれば直ちに射殺する!」


機動隊の覇気のある警告に体が震え、思考がわずかの間停止する。


何がどうなっているのだ。ただインターンを受けに来ただけなのに。なんでこんなことになったのだ。


普段、映画の中でしか見たことのない本物の銃が今、命を瞬時に奪う金属の銃口が8つ全て自分の方を向いている。今、己の内側を支配するのは恐怖、いつ放たれるかもわからない弾丸がすぐ目の前にあるのだ。余計な動きをしたらどうなるのか考えただけでも吐き気がしてくる。


今できる最善の策は、


両手を上にあげ、投降する意志を示すことだ。


『何をやっているセリザワ君!! それでは実験の意味がない!』

「あなたのせいでこんなことになってるんですよ! 実験に協力する気はない!」

『仕方がない.... そろそろ目覚めてもらおう.... Activate All System!』

「うぐっ!!」



体の内側から炎が燃えるような熱い何かを感じた...。


















「実験を再開する 機動隊の諸君よ お勤めご苦労様だ Void Gun's Access!」


「アクセス拒否」

「アクセス拒否」

「アクセス拒否」

「アクセス拒否」

「アクセス拒否」

「アクセス拒否」

「アクセス拒否」

「アクセス拒否」


セリザワの前に立つ8人の機動隊が持っていた各々の銃から次々とアクセス拒否という機械音が鳴り響く。それに驚いた機動隊隊員達は目を見開き、己の銃を確認する。


「その銃はもう君らでは使うことはできんよ 武器がなければ機動隊もその辺の市民と一緒だな」

「なっ ハッキングか! くっそ お前ら警棒に持ちかえろ そのまま取り抑える」


ユニティ市において銃は全てインターネットに繋げて管理されている。そしてデータベースと照合し、正当な許可を有している人物以外は使用することができない。例え銃が闇市場に流れてしまったとしても取り扱えないようにしているのだ。しかし、アクセス権が無ければいくら警官であっても使用することができないというデメリットも存在する。


銃を使うことができないと即座に判断した機動隊隊員達は腰に装着していた警棒に持ち替えてセリザワにじわじわと間合いを詰めながら接近してきた。


「さすがはUCASTの諸君、状況の飲み込みが早く対処も迅速であるな ではこちらも本気で叩き潰すとしよう! Hijack Earphone!」

「うあああああ!!」


黒板を引っ掻いたような耳触りな高音域の音が機動隊員が耳に装着していたイヤフォンから流れる。急いでイヤフォンを耳から外すが、突然の爆音にどうしても機動隊員の動きが鈍る。そして、その瞬間を突いて今まで不動だったセリザワが一気に距離を詰め一番近くにいた機動隊員の顎目掛けてロボットアームを装着した手を思いっきり突き出した。


「ぐっほっ!」


猛烈なアッパーを食らった機動隊員が後方へ吹き飛ばされた。地面に叩きつけられた機動隊員は痛みで体を動かすことができない。


普通の大学生のパンチだったらフル装備でかなり重みのある人間を吹き飛ばすことはできないだろう。だが、セリザワが装着しているのはロボットスーツ。人間の運動を補助し、数倍の力を出力することができる代物だ。


だが、それでも相手は機動隊員、倒れた隊員の位置をフォローするようにすぐに残りの隊員がセリザワに距離を詰め警棒を振りかざしてきた。


すんでのところで体を後方にバックステップをして下げ、警棒を避ける。


すると、そこで


『セリザワ君! いい実験結果が出たぞ 一々全員を相手にすることはない。まだ第2から第3班までもがそのビルに控えてるからな ここで逃走だ』

「逃走だと? だが、ここは屋上だから逃げ道がない、奴らを倒すしかないぞ」

『そこから飛び降りんだ!』

「何!? 無茶な」

『ドローンがあるだろう?』

「なるほどな」


セリザワはジル博士の言葉を聞いてニヤリと笑う。


その手があったではないかと。そしてなんとも面白い方法ではないかと。


セリザワの不敵な笑い顔を見た機動隊員達が一歩下がる。これから何かまた起こるのではないかと警戒して。


「ではさらばだ UCASTの諸君 なかなか楽しかったぞ! Hijack Drone!」


ブーン、ブーーン、ブーン。


屋上より上空を飛んでいた2機の警備ドローンが突如降下しだし、セリザワの元へと迫ってきた。目の動きだけでドローンの存在を確認したセリザワは目の前にいた機動隊員達を背にし全力で屋上の端へと駆け出す。


「狂いやがって 自殺するつもりか!」


背後からそんな声が聞こえたが、勿論そんなことをする訳がないだろう。逃げるに決まっている。


地面を勢いよく蹴り上げ、そのままビルの外へと身を投げ出す。内臓が宙に浮く妙な浮遊感を感じた後、両手を上にのばし、捕まえる。


セリザワに向かって降りてきたドローンの下腹部を。


2機のドローンの下腹部をそれぞれ片手で掴むと、重みを得たドローンが徐々に高度を下げ始める。警備ドローンは人間が行けないところを中心に警備をする名目で作られたドローンだ。飛行タクシーのように運搬する目的で作られていないため、どうしても重力の影響を受けてしまう。


「ドローンを使って逃げたのか!...だがそれもどこまで持つかな 隊長に報告! ドローンの落下地点を予測して追跡を開始せよ!」


屋上からは機動隊員達の声が風の音に消されそうになりながらも僅かに聞きとることができた。


セリザワをぶら下げたままの2機のドローンがフラフラと左右に機体を動かしながら高度を下げていく。だが、問題はない。このくらいの落下速度ならビルから降りるにしては上出来だ。


眼下にはビルの横を通る高速道路が目に入る。ビルとビルの間を立体的にまるで毛細血管のように張り巡らされている高速道路を使えば逃走することができるだろう。


『いやー さすがだな カッコいい逃走劇だよセリザワ君! サナダ君に見てもらいたいほどだ こういう逃走を助けるオペレーターも味があっていいよね!』

「博士 真面目にサポートしてくれ」

『すまんすまん じゃあこの逃走劇の最終ゴール地点を教えよう デイワ区にある地下街の「ヒース」というクラブに入ってくれ そこまで行けば実験は終了だ。あ ちなみにそこにサナダ君が待ってるからそこからはサナダ君に任せるよ』

「わかった とりあえずはデイワ区に向かう」

『そうだ 君の仮面の横にあるボタンを押してくれ 三本足の間にあるやつだ 耳の近くのやつ』

「なあ 博士どうやってさっきから俺のこと見てるんだ?」

『テクノロジーはなんでもありなんだよ それよりも早く押してくれたまえ!』


興奮する博士には何を言っても適当にあしらわれてしまうということを心のどこかにメモしておこう。


しょうがなく言われた通りにボタンを、


「って博士、今の俺の状況見てんだよな? 両手塞がっているんだが...」

『....... 音声入力も可能でございます』

「で、なんて命令するの?」

『Activate NavigationSystem だ!』

「了解 Activate NavigationSystem!」


すると、視界に行くつかの表示が現れた。ARのインタフェースと同じようなものだろう。音声入力が可能ということなら、


「目的地、デイワ区、地下街、クラブの『ヒース』.......おお!」


高速道路を見ると、目的地に向かうための案内表示が視界に出力されていた。あの黄色の線を辿って行けば良いのだろう。


『どうだい? でたかね?』

「ちょっと待ってくれ 間も無く高速道路に到達する」


あと数メートルで道路に降りてしまう。その前にどこかの車の上にでも乗れればいいが、


『君の後方から大型トラックが接近中だ その上に乗るといい』


首を回転させ、後ろを見ると確かに博士の言う通り大型トラックが接近していた。


『よし 今度はドローンを操作するぞ! 調整したりする操作はいちいち言語化するのは無理だ。ドローンの羽のトルクを変化させるイメージをするんだ 決して車とかと同じ操作じゃないということに注意しろ!』


イメージを膨らませ、それを上のドローンに伝える。


「うおっ!」


2機のドローンの操作に成功はしたが、互いに反対の方向へ移動しようとしたため両腕が伸び、片手が剥がされそうになる。


『手の力をコントロールすることに意識が持っていかれているぞ! トルクを2機同時に変更させろ』


再び意識を集中させる。すでに大型トラックはすぐそこまで来ている。ここで失敗すればフロントガラスに激突してしまう。さすがにロボットスーツを着ていても無事ではいられないだろう。ここで決めるしかない!


「うーーーおおお!」

『いいぞ! ドローン2機が同時に後退している! 今だ! 手を離せ!』


ドンッ!!


トラックの上に両足が着き、着地に成功–––––はせず


上半身が見えざる力で後方に持って行かれ、トラックの上を転げ回ってしまった。


『ロボットアームのハンドのところにある吸着装置をオンにしろ!Activate Adsorptionだ!』

「Activate Adsorption!」


ガチャンッ!!


装着していたロボットハンドの部分がトラックの荷台部分に吸着した。


「ふー 危ねえ!」


なんとかトラックの上から落下することは防げたようだ。あとはこのままトラックに乗って目的地を目指すだけ––––––––


「おい! このトラック、ナビとは違う方面に向かって行くぞ!」

『そりゃあね タクシーじゃあないんだから 勝手に乗ってるだけでしょ 自分の目的地に行く方が奇跡だ』

「乗った意味ないじゃん!」

『ひとまずの処置だ あとは乗り継ぐか止まったら降りればいいだろ』

「クソオペレーターが」

『今なんか言ったか!』

「なんでもない そういえば視界の左端にあるこの長方形の枠はなんだ? 所々に赤い点が点滅しているんだけど」

『ああ それはレーダーだ 敵の位置を教えてくれる 今回の場合は警察の位置を教えてくれるな』

「なんか赤い点がこちらに近づいてきてるんだが?」

『もう追ってが向かってきているのか! さすがはUCASTだな簡単には逃してくれないねえ!』

「興奮してる場合か! 面倒い野郎だ」


ピーポーピーポーと耳触りな音が後ろの方から聞こえてきた。サイレンを鳴らし、辺りの車を避けながら3台の黒い車が接近してくる。トラックを止められれば逃げ道がまた塞がれてしまう。この運転手は単なる他人であるから警察車両がもう少し接近してきたら止めてしまうだろう。


『この先上方に高速交通線が通る橋が見えてくる そこから逃げよう』

「だがこのドローンはゆっくり降下はできるが上昇はできないぞ」

『登って行くしかないな』

「そうだな...」


またこのロボットハンドを使わねばならない。だが、登れはするが移動速度が遅いのが欠点だ。警察車両がある高速道路からゆっくり登っていくことはできないだろう。


「はは 博士! いい方法を思いついた! 全ての機械を操れるんだよな?」

『まあそうだな 大体はいけるぞ』

「了解した」


どうしてもいい案が思いつくと口元を緩めてしまう。これはもしかして今まで隠れていた癖なのかだろうか。


近づいてくるサイレンの音に周りの車も道を開け、警察車両へと譲り出した。皆、トラックの上にいる人物が追っている犯人だと思っているのだろう。


正解である。


3台の黒い車が空いた道を我が物顔で通り抜け、接近してくる。


「そこの大型トラック! 1-a-55-21 車を端に寄せて止めろ! こちらは警察である」


セリザワが無賃乗車している大型トラックが警察車両からの声に気づき徐々に速度を落とし始めた。


「あーあ もうここまで来たか しつこい男は嫌われるぞ?UCASTの男どもよ Brake Control!」


右手を接近する警察車両に翳した。


次の瞬間、高速で走っていた3台の警察車両が同時に急ブレーキをし、トラックの数十メートル前で突然停止した。車からは白い煙が噴き出している。


『おー! なるほどな敵の車を止めるとは! なかなか様になってきましたなセリザワ君!』


警察車両の車内ではこちらをにらみつけている複数人の男の姿見られた。


「よし! 早いとここの高速道路を抜け出そう!」

『その調子だセリザワ君!』


セリザワは機動隊員達が歩いてここまで来る前に停止したトラックから飛び降り、高速交通線が通る橋の下へと向かった。


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