● 第65話 支部の後始末と、紅の亡霊の名付け親。
しばらくその静寂が過ぎた後、二階の支部長室に面したバルコニー部分にサシャを背に乗せた『炎纏狼牙』が到着した。地上の道を通ると遅くなるので、建造物の屋根伝いにほぼ直線距離で駆け抜けて来たという。
バルコニーに通ずる扉を開け、二人を室内に招き入れる。
着くなり、サシャが飛びついて来て言った。
「よかった、無事デ!
ヤッパリ、今回の作戦……ユウに任せて正解だったのサ。
今回もチャント、コノ世界の時間軸に追い付けたダロウ?
『炎纏狼牙』が戦う事すらなく、全てを終わらせてしまうナンテ……本当にスゴイのサ」
バルコニーに現れた二人の気配を感じ取ったのか、いつの間にかユーリとアントワーヌさんが支部長室の入り口から室内を覗いていた。
アントワーヌさんは、予想通りというかなんと言うか『炎纏狼牙』を見て、言葉を無くすほど驚いていた。まぁ、説明はユーリに任せる事にしよう。
「そうだ、急いで見て欲しいモノがあるんだ!
この瓶に入った薬物……、どうやら人工的に『ギフト』能力者を造れるモノみたいなんだ。
取引現場に居た、ゲイルって能力者はコノ薬を服用した事で『ギフト』の力を手に入れたと言ってた。尤も、それに成功したのはまだアイツ一人だけみたいだけどね……」
「薬物を使って、人工的に『ギフト』能力を得たダッテ?
こんな物まで、造っていたナンテ……。
薬物だけじゃなくて、納品書やコノ薬の調合法と、薬が人間に及ぼす影響なんかが書かれたファイルもあるのサ。
コレは……、どうやらコノ街でやらなくちゃいけない仕事が、一つ増えた様だネ」
「うん、そうなんだ。
あのゲイルって奴は死ぬ前に、副作用で全身の体毛が抜けて眼も蛇みたいに変化したって言ってたし、自分の様な存在をもう造らせないで欲しい……って言ってたよ。
恐らく、教団は人にあるまじき酷い人体実験をしてるんだ」
「だから、この俺ユーリ・ランゲンドルフはユウと組んで、そのヤクの出所と流通ルートを潰す契約をした。だから、安心して任せてクレ。
ところで……、アンタはユウの双子かナンカなのか?
双子が居たとは、初耳だゼ」
「あのな、ユーリ違うんだって。
コレは作戦を成功に導くための手段の一つで、彼女はオレの姿に変装してるんだ。
改めて、紹介するよ。
実は、ユーリも知ってる人間なんだけどね……、彼女はサシャ・ガラード。
オレと一生を添い遂げる事を誓い合った、最愛の女性なんだ」
オレの双子の変装を解いたサシャが言った。
「ボクの事は憶えてるかい、ユーリ・ランゲンドルフ?
いや、紅の亡霊……と言った方がいいかな。
今回は、ボクの一生を捧げたユウに助力を頼んで大正解だったのサ」
「こ、コレ……は。
タイヘン、ご無沙汰しております……サシャ・ガラード様!
サシャ様より賜りました『紅の亡霊』の異名のおかげで、アノ後の傭兵稼業は正に順調で今日に至っております。これも、全てサシャ様のお陰にございます」
おいおい……、また『世間って狭いですね』な展開ダヨ。
「ユーリの異名って、サシャが付けたの?
って事は、二人は前にも逢った事あるって訳?」
頼むから、どういう事になってんのか説明してくれー。
「ユウは何も、慌てたり心配する事なんて無いのサ。
このユーリ・ランゲンドルフはネ、傭兵としてのキャリアを重ねて行く上で自分で重要だと思った時に、ボクの『占術』の助言を仰ぎに来ていただけなのダカラ。
律儀な事に、毎回手土産まで持ってネ」
はぁ~ん……。
だから、酒場の奥の部屋で話した時に『サシャ・ガラード先生』なんて言い方をしてた訳か。
まさか、オレが当のサシャの現在の彼氏だとは思ってない訳だから、会話の流れがアンナ風になるのも仕方ないよね。
「しかし、ユウがサシャ様の知り合い……いや、失礼。
一生を添い遂げる事を誓い合った仲だとは!
世間てヤツは全くもって狭いもんだゼ」
いやいや……、オマエさんが言うなよ。
驚いたのは、オレなんだから。
「ねぇ、ここで長話もなんだから、必要なもんだけ持って隠れ家に戻ろう。
いくら、ココにはもう教団の人間が居ないとしても、アマリ長居したい場所じゃないし。
オレとサシャは、薬物とソレに関係する書類を全部揃えて持って帰る。
ユーリは……、ギャラ取り放題だよ」
「あぁ、確かにコンナ
しっかし、どうやって稼いでるのか知らんがエラく貯め込んでやがル。
……でもよ、俺は始めに話のあった時に提示した金額だけ貰えりゃソレでいいヤ。
傭兵ってな、そういうモンだ。
残りは、有効な使い方してくれりゃソレが一番だゼ」
確かにね。
しかし、流石にユーリだ。
律儀なトコと頑固なトコが、ブレないな。
やっぱ、コイツいい奴なんだ……、同志になれて良かった。
「よし、コレで薬物とソノ関係書類の全てを集めた。
サシャのお陰で、はかどったよ。
結構な量だけど、オレの『箱』に入れて行けば大丈夫だ。
さて、炎狼よ。
来た時と同じ様に、安全を最優先しながら最速でアントワーヌさんとサシャを隠れ家に送ってくれ。
流石に全員は乗れないだろうから、オレ達二人は歩いて戻る」
「その命、喜びと供に了承した。
月の光を浴びながら駆けるのは、とても心地よき物故な。
お二人の身柄は、我が命に賭けて安全に届けよう。
ユウよ、お主が帰ったらまた……その、肉を頼みたいのだが……」
「わかったよ、炎狼。
ちゃんと頼んでやるから。
それより、今は二人の安全の方が大事だ。
コレは、最優先事項として命じる!」
「委細、承知した。
全て、この我に任せるがよい。
では、先に行っている」
二人を乗せた『炎纏狼牙』は、その巨体を風の如き速さで空中に踊らせ、駆け去った。
「さて、ユーリ。
腹も減ったし、喉も渇いた。
ソレにさ、隠れ家でどうしても逢わせたい人が居るんだ。
オレ達も帰ろう」
ユーリとオレは自然とハイタッチして、お互いにニヤリと笑いながら帰途についた……。
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