● 閑 話 異世界んチの風呂事情。待望の『お風呂回』なのに、……ナゼ美少女が居ない?

 昨夜は、『ギフト』の事や『この世界や国』の事、そして『話のつづき』が気

になって眠れないんじゃないかとチョット心配したが、どうやらオレはそんな風

にデリケートにできた人間じゃなかったらしい。


 確かに『話のつづき』を聴くのは楽しみだったし、色々と気になる事もあったのだけれど、アッサリとすぐに爆睡状態に入っていた。そして、途中で目が覚めてトイレに行くなんて事も無く、深い眠りの海の中で一夜を過ごした。


 そんな訳で、今朝は二度寝する事も無く、爽快な目覚めを迎える事が出来た。人間って不思議だよねー。シッカリ寝て、朝起きるとチャントお腹が減ってるんだよね。この生活サイクルを作ってくれた神様に感謝! 

そう、早寝早起きは、とても大切。


 自分の部屋――やっぱり独りで自由に使える、自分の部屋ってイイよね……そんでソレが、オシャレで居心地よかったらホント最高だよね――を、出てダイニングの方へ向かう。

 

 案の定、爺ちゃんはもう起きていて、辺りには空腹を刺激するイイ匂いが広がっていた。


 「よぉ、おはよう。よく眠れたか?」

 朝食の準備をしながら、普通の家族の様に声を掛けてくれた爺ちゃんが居た。

 「おはよー! うん、グッスリ寝たら腹が減ったよ」

 「お前ぐらいの歳なら、当然だわな。もうすぐできるから、外で顔でも洗って

くるといい」

「そうするね。アソコの沢の水、キレイだし冷たくて気持ちいいし」


 隠れ家を出ながら気が付いた。

 あれ? カイザールさん居なかっな……。まだ寝てるのか、用事でもあって出かけてるのかな? 


 とりあえずは、顔洗っていつもの丘へ行くか。相変わらず、沢の清水しみずは冷たく爽やかでキモチよく、頭もスッキリした。

 両手を振って残った水気を払い、丘に向かって歩き出す。


 天気は今日も、どピーカンだ。

 そして、いつもの様に暑くも無く寒くも無く、爽やかなそよ風が草原を揺らしていた。アッと言う間に丘のテッペンに登ったオレは、いつもの様に周りの山々を見渡しそして、大きく深呼吸した。


 ちなみに、この呼吸法はオレが現世に居た時に習った、ある古武術特有の物で『天狼派古流てんろうはこりゅう』っていう名前の物だ。


 実に千八百年以上の歴史があり、その間ずっと『』なんて過激な事を主眼に置き、その技を磨き続けてきた超実戦的流派なんだけど、今の時代じゃ使う機会なんてまず無いだろうね。


 でも、この呼吸法をやると、身体中の細胞が活性化し血流の促進はもちろん、己の持つ潜在能力を最大限まで引き上げる事に繋げたりする事が出来るのだと教えられて以来、オレは日課としてやっている。


 久しぶりに闘錬とうれん――まぁ、簡単に言うと組手みたいな物だよ――してみたいけど、ここは異世界だし今の場所じゃ相手を探すのさえ難しいかな。


 そんな風に思ってたら、余計にお腹がすいてきた。

 急いで隠れ家に戻ってみると、ちょうど食事が並べられている最中だった。

 そして、さっきは居なかったカイザールさんも椅子に座って、何かビラの様な物を読んでいた。


 「遅くなってごめん。ちょっと散歩してきたよ。カイザールさん、おはようご

ざいます」


 「やぁ、ユウ。おはよう。

 お主、祖父には普通に話せる様になってきた様じゃが、いい加減ワシにもそうしてもらえんかのぉ。

 こう見えて、堅苦しいのは苦手なのじゃ……」


 「あ、ごめん。気を付けるよ。

 じゃあ、やりなおし。

 おはよう! カイザールさん!」


 「うむ。まぁ今はそんな感じでよかろうて。

 ありがとうな、ユウ。さぁ、食事にしようかの。

 しっかり食べるがよいぞ」

 「うん。じゃあ遠慮なく! 頂きまーす!」


 男三人だけだけど、家族団らんの楽しい食事が始まった。

 メニューは、これは現世で言うところのライ麦パンに似てるな……美味いし、

独特な風味と香ばしさが絶妙だ。


 そしてコッチはベーコンに似た感じだ。

 でも、現世のベーコンよりジューシーで塩気というかこの味付けは何なんだろう? メッチャ美味いよ、コレ! 


 こいつも、いつもの飲み物とセットでお土産候補リストに入れておこうかな。現世に居る姉さん、特に喜びそうだし! 


 しかし、ココでひとつの疑問が浮かんだ……。

 この食料や飲み物は、どうやって調達してるんだろう? 

 周囲には、畑みたいな物も無かったし、こんな場所じゃ食材を買える店やコンビニなんてもちろん無いだろうし……。


 「食べてるとこゴメンだけど、質問していい?」

 「おう。何か、思い出した事でもあったのか?」

 「そーじゃなくてさ、爺ちゃん。コンナ……って言ったら失礼かもしれないけ

ど、山の中の隠れ家なのに、どうしていつもこんなに食料が充実してるの? 


 見たところ畑とかも無かった。料理の腕がイイのは理解できるけど、材料が無き

ゃそのウデも振るえないだろうし。


 それに、なんと言っても、この飲み物! 

 向こうの世界にあるコーヒーって奴に似てるんだけど、すごく気に入ったんだよね! コレなんていう名前なの? 素材は何なの?」


 「それはのぉ、ユウよ。勿体ぶる訳ではないのじゃが、食事の後で話してやろ

うかの……。その理由……というか答えを聴けば、お主もきっと納得してくれるはずじゃ。さて、今はとにかくシッカリ食べなさい。

 朝食は、一日の元気の源と言うでな……」


 答えたのがカイザールさんだったから、ちょっとビックリした。


 まぁ、後で教えてもらえるならイイかな。今は、この美味しい食事を出来るだけ楽しむとしよう。

 そして再び、食べながらの団らんが始まった。

 とりとめのない日常の会話が続き、楽しい食事の時間は終了した。


 オレは、これまで食べるだけで片付けとか何もしてなかったから、今朝は食後の皿洗い担当を買って出た。

 これには、爺ちゃんもカイザールさんもとても喜んでくれた。

 次は、隠れ家の掃除でもしてあげよう。

 あと、水汲みとか、日用品の買い出しとかもね。


 異世界に来てまだ数日だが、オレは確実にこの環境に順応しつつあった。

元はこの世界で生まれたって事が大きく影響してるのかもしれないけど、何だか毎

日新しい自分と出会えている……そんな気がして嬉しかった。

そう、故郷は大切。


 三人分の食器をキレイに洗うのに、そう時間は掛からなかった。二人はといえば、ダイニングとつながって配置されている、所謂リビングルームらしき場所のカウチソファーで、それぞれにくつろいでいた。

 オレもリビングに行き、空いてる所に座った。


 「片付け、終わったよ」

 「おぉ、早いな。ごくろうさん! 


 礼といっては何だが、コイツをもらってくれ、ユウ。

 ワシが昔に作った、お守りじゃ。お前が戻って来たら折をみて渡そうと思っておった」


 「うおぉ! 

 このトップ、すごくキレイだし、革ひもの編み方とかスゴく凝った作りだね。

 コレが手作りってのがスゴイや! ホントにもらっちゃっていの? 

 ありがとね、爺ちゃん」


 これが、RPGならここで『主人公は、アイテム「幸運のお守り」をゲットした』って事になるのか。でも、手作りのペンダントでここまで凝った物ってあんまり見たこと無いなー。

 爺ちゃんて、料理の腕もそうだけど、手先が器用なんだなぁ~……きっと。


 オレは、もらったお守りのペンダントを早速つけてみた。

 鏡が無かったのでお守りを身に付けた自分の姿を確認する事は出来なかったが、不思議とシックリ馴染んでいるのを感じた。


 あのトップに付けられているのは何だろう? 

 鉱石の様でもあり、動物の牙や爪から削り出した物の様でもあり、全く違う物質の様でもあった。


 今度、作り方教えてもらう時にでも質問してみる事にしよう。

 こいつも自分で作って、お土産にしよう。

 リストに追加した。


 そんな事を考えていたら、なぜか急に風呂に入りたくなってきた。

 こっちの世界に来てから、ソレどころじゃない状態が連発だったから、ちょっと落ち着いたこのタイミングで入りたいなー。

 でも、さすがにシャンプーとかトリートメントなんて無いんだろーなぁ……。


 「あのさー、ちょっとイイかな?」

 「どうしたのじゃ? 何かあれば遠慮せずに言うがええぞ」

 「そうだぞ、何かあったのか、ユウ」


 そういえば、この二人は風呂、どうしてるんだろう? 


 「えーっとさ、二人とも風呂って知ってる? 沐浴とか、水浴びとか、とにかく自分の身体や髪の毛洗ったり、お湯につかったりする奴。ひょっとして、この

世界には存在しない物だったりする?」


 突然、二人が同時に爆笑した。オレは、訳がわからずポカンとしていた。


 「あぁ……、笑ってしまってすまなんだな。

言うのを忘れていたが、この隠れ家の中には風呂とお前が呼んでいる物は無い。でもな、実は近くにもっとイイ所があるんじゃ。丁度、話にも出た事だし、皆で行ってみようか」


 爺ちゃんが嬉しそうにそう答え、今日の講義の前に『その場所』に行く事にな

った。そういえば、オレは、着替えすら持ってないんだった。

 どうしよう、困ったな……。


 そんな表情を見透かしたのか、

 「コレをお主にやろう。今朝、山を下り手に入れて来た物じゃ。好きに選んで使うとよいぞ」


 渡された包み――結構大きかった――の中には、様々な衣類が入っていた。

 カイザールさん、これの為にオレが起きて来た時居なかったのね。


 「うわー、こんなに沢山! 

 ありがとう、カイザールさん……いや、ゼット爺さんって呼んだ方がいいかな? ソッチの方が、呼びやすいし」


 「やっと、普通に近い話し方になってきたの。


 カイザールという名前は、確かに長いし堅い雰囲気もある。

 それにその名を持っておるのはワシだけ故、今後供に街に赴いた折などに、そう呼ばれるとちとマズい事情もあるのでな。


 今は、ただゼットと呼んでくれればそれでよい」

 よっしゃ、コレで二人とも呼びやすくなった。爺ちゃんに、ゼット爺さんか。

 バッチリだ! 


 「では、二人とも行くとしようかの……」

 隠れ家を出て、思った。どんどんオレの『』は充実していくなぁ~。


 まずは住居、しかも自分専用の一人で使うには広過ぎるぐらいのオシャレな部屋付きである。そしてうまい食事。それから何といっても外せないのが大切な二人の家族。更に手作りのお守りと、洋服まで手に入った訳だ。


 好きな音楽を聴けないのと、深夜アニメが見れないのはチョット残念だけど、

たまには俗世間ってヤツを離れて自然の中で、本能のままに暮らすってのもいい

もんだよね。


 「さーて、見えてきたぞ目的地。見てみい、アレ」


 爺ちゃんが指さした先にあったのは……ん? あれは池? 湖? にしては、

周りに立ち込めるこの独特なニオイ……そうか! 温泉か! 

しかも露天でメッチャ広い。


 「スッゲー! 温泉だ! 近くに、こんな場所があったなんて、全然気が付か

なかったよ」

 「『聖なる泉』と呼ばれる物じゃ。ココは、まず他の人間は来ないから貸し切りだぞ」


 爺ちゃんの言葉を聞くなりオレは、温泉に向かって走り出していた。

 背後で二人の笑い声がする。

 全速力で温泉……いや、もとい『聖なる泉』まで走った。


 早速、それまで着ていた部屋着を脱ぎ捨て、湯加減をみるために手を中に入れてみた。熱過ぎもせず、ぬる過ぎもせず丁度イイ湯加減だった。

コレは素晴らしい! 


 身に付けているのは、もらったばかりのお守りのペンダントだけ。

お湯の成分で変色したり傷んだりするのはイヤだったけど、何故かコレだけは自分の身から離す気になれなかった。そんなわけで、そのまま入る事にした。

『異世界初温泉ツアー』ってヤツだな! うん。これは格別に気持ちいいね。


 そうこうしていると、歩いて向かっていた二人がやって来た。

 「どうじゃ、この世界の『聖なる泉』は?」

 「オレ、露天風呂大好きで現世でよく温泉巡りしてたから、こういう場所には

ウルサいんだけど、ハッキリ言ってココ最高だよ! 

 湯加減といい景色といい、何と言っても他に人が居ないのが素晴らしい。

 この世界のお気に入りスポットが増えたよ! ありがと!」


 本当にそうだった。自然の力によって出来た温泉で、このロケーションなのに

観光地化されてないのが奇跡みたいなもんだ。しかも、よくある秘湯みたいに目的地に行くまでに三時間も四時間も山の中を歩き続けなきゃいけないなんて事もない。もう、最高過ぎるよ! 


 そんなこんなで、朝飯の後からくつろぎ過ぎてしまった。この後にいつもの講義が待ってるんだったっけ。話の途中で寝ない様にしなきゃな。


 楽しい時は短く感じると言うけれど、この時はそれを実感した。

 オレ達、三人が隠れ家に戻ると『講義』の時間が待っていた。

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