事件だっ!
主城
事件だっ!
ここは荒くれ者たちの街。治安はいいなんてものじゃない。
この街で一番の男になること。それは悪の頂点に立ったといってもおかしくない、名誉ある称号である。
そんなドリームに憧れて、俺はこの街にやってきた。悪のナンバーワンになるため、まずは最初の一歩を踏み出す。
雑居ビルの一室。物々しい雰囲気の中、俺は街で一番のギャングチームのボスと対面していた。
ナンバーワンになるにはトップのチームに所属するのが一番の近道だ。
「………話はわかった。だがいいのか? ここに入った以上、後戻りはできないぞ?」
「はい。――でも俺は、この街で一番の男になるって決めたんです!」
「いい返事だ。歓迎するぜ」
そう言うとボスが金色のバッジを手渡してきた。
ボスを取り囲む周りのメンバーは皆このバッジを服につけている。
どうやらこれが仲間の証のようだ。
俺は快くそれを受け取り、胸ポケットにつけた。
「これでお前も、俺達ファミリーの一員だ」
「仲良くしようぜ兄弟!」
ボスはニッと笑い、メンバーは肩を組んでくる。
手厚い歓迎を受け、俺はチームの仲間入りを果たした。
ここから、俺の悪の覇道が始まるのだ!
その夜。ボスの知り合いが営むバーで俺の歓迎会が開かれた。
数十名にも及ぶメンバーが一同に集結し、飲めや歌えの大騒ぎ。
俺も最初はその迫力に圧されていたが、徐々に馴染んで一緒に騒いだ。
そして場が落ち着いた頃、俺はある人に呼び出された。
「どうよ新入り。ここの雰囲気は?」
この人はヤスさん。サングラスをかけた銀髪の往年男性で、チームの中でも五本の指に入るすごい人らしい。
「はい。皆さん優しくて……、うまくやっていけそうです!」
「悪が優しかったら困るけどな」
「あ、そうですよね……! すいません!」
「いや別に怒ってるわけじゃない。そんなに怖がるな」
「は、はいっ」
強面だけど、意外といい人かもしれない。
「さてと……。ところでお前さん、この街で起きた『あの事件』を知ってるか?」
『あの事件』? 何だろう、ぜんぜん分からない。
「す、すみません。この街に来たのはごく最近のことであまりよく知らないんです」
「そうか。……いや、知らないならいいんだ。むしろその方が都合がいい」
「どういうことです?」
俺がそう聞くとヤスさんは険しい顔つきになって耳打ちしてきた。
「……いいか新入り。ここで生きていくなら、この事はあまり詮索しないほうがいい。じゃなきゃお前、消されるぞ」
「はあ……」
「おーいヤスー。酒注いでくれー」
すると、ボスがヤスさんを呼んだ。
「じゃあな新入り、頑張れよ」
ヤスさんは手をひらひらさせながら、ボスのいる方へと走っていった。
数分後――。
一発の銃声がバー中に響き渡った。
それからボスはピストルを吹きながら俺のところへやってきた。服には赤い水滴がついている。
「フーッ……。おい新入り、酒注いでくれ」
「あの……、ヤスさんは……?」
はじめに酒を注ぐよう頼まれていたのは、彼だったはずだが?
「んん? ああ。何か余計なこと言いそうだったからな。さっき消しといた」
「え」
あまりにもサラッと言うので、俺は愕然となる。
さっきまで話していた人がたった一言喋っただけで……。
これが悪の世界……。命が軽い!
「お前……。あいつから何か聞かなかったか? 例えば――」
ボスは俺に問い詰めてくる。
どうしよう。ヤスさんが言っていた『事件』が、耳にした者をすぐに消すほどやばいものなら、ここで答えたら、俺は……!
「『あのじけ――』」
「聞いてないです! 何も聞いてないです! というか話した事もありません! 誰ですかその人!?」
俺は全力で否定することにした。ヤスさんなんて人物が、最初から存在してなかったかのように。
「そうか。ならいいんだ」
ニッと笑うボス。俺にはその笑みが悪魔の笑いのように見えた。
結局、『あの事件』の真相は分からないままだ。
ただ、何よりも命が惜しい俺はこのことについてはあまり考えないようにしようと心に決めた。
―――――
実を言うと『あの事件』というものは存在しない。
これは、チームの規律を守らせるためにでっち上げられた、全くの作り話である。
彼がそのことに気づくのは数十年先の話だ。
事件だっ! 主城 @kazuki_isiadu97
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