ケーキとコーヒーが二人の目の前に運ばれてきた。甘い香りが漂い、それだけでミアのテンションは振り切れている。ミアがいきなりホイップクリームだけを食べようとしたので、ハルは慌てて制止した。

ケーキの甘さを調整するようにケーキと一緒に口にするんだと教えると、不満そうな顔を見せて、ハルだって初めて来たくせに偉そうにしないで、と口答えしてきた。

 そんな二人のやり取りをにこやかに眺めていた向いの席の女は、お手本を示すかのように、自分のケーキを丁寧に切り分けてクリームと共に口に運ぶ。

ミアはその姿を見て真似をした。ケーキが口に入った瞬間にミアの表情は一気に緩み、目を輝かせながらじたばたしている。

 カカオの香り漂うチョコレートの甘みと、アプリコットジャムの程よい酸味が混じりあい、ホイップクリームが上手に甘みを制御している。普段厳しい表情であまり笑わないハルも、さすがにこれにはだらしのない笑顔が出てしまう。

 実はザッハトルテは転生前の世界でコンビニに売っていた物しか食べた事が無い。それに比べると衝撃的と言っていい美味しさだ。さすが超高級店だと納得してしまう。

そんなハルの顔を見てミアはいたずらっぽくにやにやして、ハルをからかっている。


「お友達同士とても仲が良いのね」


 優しそうに向かいの女が言うと、ミアが少し考えた後にはっきりとした声で答えた。


「家族、かな」


ハルはミアが自分の事をそう思っていてくれた事が嬉しくて、更にだらしのない笑顔になってしまう。笑い慣れていないハルはどうしても上手な笑顔が出来なかった。


「あの女性の方も家族なのかしら」


女は窓の外に目をやり、テーブル席に座るリーゼの事を話してきた。


「お姉ちゃん、かな」


ミアが同じように窓の外に目を向けながら答えると、そう、とだけ答えて女は少し寂しそうな顔を見せ、コーヒーを口に付けた。

 美味しい物はどうしてすぐに無くなってしまうのだろう。ミアは主役が無くなったケーキ皿を見ながらとても悲しそうな顔をしていた。


「そういえば、お二人のお名前を伺っていませんでしたね」


向かいの女がそう言ってきたので、ハルとミアは自己紹介をした。「ハル」という名前がぬいぐるみと一緒だという事に女が気付き、ハルが首を傾け肩を窄めると、女はクスクスと口に手を当てて笑った。


「私はエリナと申します。お友達になってくださるかしら」


 その名前を聞いた途端カフェの店内がざわつき、視線が一気にエリナの方に向く。

ミアがもちろん、よろしくね、と大きな声で即答するとエリナはにっこりと笑い少しだけ会釈をした。


「私はそろそろ時間ですので失礼いたします。またお会いしましょうね」


そう言ってエリナは席をゆっくりと立ち、店の玄関へ向かう。去り際にミアが手を振ると、少し振り向いて小さく手を振り返していた。

手荷物を何も持たず支払いもせずに自然に出て行くエリナに、ハルは何と無く違和感を感じた。

 外の様子を窓から見ると、ハルたちが乗ってきた馬車とは比べ物にならないほど大きくて豪華な馬車が待っていて、玄関を出て庭を歩くエリナの後ろには、リーゼが話していた若い男を含めた男女六人が付いて歩く。馬車が去っていっても店内はざわついたままだった。明らかに普通じゃない雰囲気だ。

 その後すぐにリーゼが店内に入ってきて、ハルたちのテーブルまでやってきた。

空のケーキ皿とコーヒーカップを見たリーゼは、そろそろ帰りましょう、と言ってカウンター奥にいた店主と思しき人物と二言三言言葉を交わして外へ出る。

ハルとミアもそれに続いて店外に出て、行きと同じ馬車に乗り込んで帰路についた。

 馬車の中でハルは「エリナ」と言う人物が何者なのかリーゼに聞いてみると、リーゼは少し困った表情をし、目を瞑り俯き加減になりながら声を出した。


「この国のお姫様よ」


短い答えだった。ハルが感じた只者ではないという直感は当たっていて、名前が出た途端に店内がざわついた意味も分かった。

そして常に余裕に満ちた表情のリーゼが、エリナの名前を聞いて滅多に見せない困り顔をした事が印象的だった。

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