扉をゆっくりと開けて中を覗いてみると、四人掛けのテーブル席が六つあるだけの小さなカフェで、すでに満席になっている。

天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっていて、白とワインの壁には沢山の絵画が飾られている。小さくても超高級という雰囲気は十分だ。

ウェイターが現れ、生憎満席なので少しお待ち頂けますか、と声をかけてきた。待つ事も楽しい出来事なのかもしれない。店の入り口のショーケースに沢山のケーキが並んでいて、ミアは待たされても上機嫌で楽しそうにケーキを物色している。


「相席で宜しければ、こちらが開いていますよ」


 一番奥のテーブル席に一人で座っていた若い女が二人に気付いて立ち上がり、自分の相席を勧めて来た。さほど大きくも無い白の丸いテーブルを挟むように横長のソファーと二席の椅子があり、ソファーと一つの椅子が空いている。

折角の好意だし、お断りするのも悪いので二人は女と向かい合うソファーに座らせてもらう事にした。

 テーブルの横には大きなガラスの窓があり、外の円卓に座って話すリーゼと先ほどの男の姿が見える。窓側に座ったミアが手を振ると、外にいたリーゼもそれに気づいて手を振り返してきた。

 ありがとうございます、とハルが女に礼を言うと女は穏やかな笑顔を見せる。

輝くような金色の長い髪を複雑なハーフアップに丁寧に編み込んであり、透き通るような青い瞳のこれぞ上流階級と言わんばかりの容姿だ。

簡素ながらも気品のある白いドレスに身を包み、落ち着きながらも威厳のある声、カップを持つ動作、全てにおいてハルが今まで会った人物の誰とも違うオーラを感じさせる。

 これはもしかしたらとんでもない人の前に座ってしまったかもしれない、直感でハルはそう感じ緊張してしまった。

しかし、隣のミアは全くそんな事を気にしていない。クマのぬいぐるみを膝の上に乗せ、テーブルの上に置いてあるいくつかの小瓶を興味深そうに手に持ったりしている。


「可愛らしいクマさんね。お名前は何て言うのかしら」


 穏やかな笑顔で女がミアに声をかける。少し人見知りするミアは恥ずかしそうにしながら「ハル」とだけ答えた。良いお名前ね、お友達なのね、と女は優しい笑みでミアを見詰めていた。

 ウェイターがテーブルの所にやってきて注文を聞いてきたのだが、メニューを見ても何が何だか分からない。頼みのリーゼは外にいるし、ハルが困っているとミアが向かいに座る女の前にある黒っぽいケーキとカップを覗き込んだ。


「これは、ザッハトルテというケーキよ。コーヒーはメランジュっていうの」


ミアの様子に気付いた女はそう教えてくれた。メニューが分からないハルとミアは同じものを、とウェイターに伝えた。

 如何にも慣れていない様子で気恥ずかしい。ただでさえ銀の髪と赤い瞳だ。リーゼに他人の主観など気にするなと言われていても、それで差別的な視線を向けられてきた経験からどうしても委縮してしまう。

 気弱になったハルは、思わず向かいの女に見た目がこんな二人が来てしまって申し訳ない、といった謝罪をしてしまう。

すると、それまで笑顔だった女は真剣な顔つきになり、ハルの目を真直ぐに見つめながら言った。


「赤い瞳が呪いだなんて、それはただの偏見です」

「同じように、皆が貴女方を良く思っていないというのも貴女の偏見です」

「思い込みや偏見は失敗への一本道です」

「自信を持ってください。貴女方と私は何も変わりありません」


迫力のある口調でそう諭された。そう言われたハルは恥ずかしい気持ちで一杯になり、また女に謝ってしまう。

女は首を横に振り、謝罪の言葉ではなくお礼の言葉が欲しいと言うので、ハルは姿勢を正し女の目を真直ぐに見ながら、ありがとう、と言った。

女は満足そうな笑顔を見せて、首を縦に振った。


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