4
しばらく出された飲み物にも手を付けずに男たちの様子を見ていたリーゼは、何も言わずに飲み物を手にすっと立ち上がった。
それを見たハルも立ち上がろうとするが、リーゼは振り返る事もせずに手でそれを制止する。そして男たちの方へゆっくりと歩いて行った。
男たちのいるテーブル席の前に立ったリーゼは妖しい笑みを浮かべながら、ご一緒してもよろしいかしら、と席の中心に座っている男に声をかけた。
妖艶なリーゼの申し出に男は少し驚きながらもすぐに了承し、自身の隣に座っていた他の男を手で無理矢理押しのけてリーゼの座るスペースを作る。
失礼します、と男の隣に座ったリーゼは手に持っていた飲み物をテーブルにそっと置いて、少し上目遣い気味に男と話し始めた。
ハルたちにとっては初めて見る「娼婦」としてのリーゼの姿で、その姿も表情も妖艶そのもので、男たちを自在に操ってきた過去が垣間見えている。
リーゼは男に上手に話を合わせながら、少しずつ手を触れたり太ももに触れてみたり、警戒心を徐々に解きながら相手を自分の術中に陥れてゆく。
そのうち腕を絡めはじめ、男は完全にリーゼにのぼせ上がっていた。
全く女は恐ろしい、と今は自身も女なのにハルはそう思いながら様子を見ていた。
こんな物ミアに見せないほうが良いのでは、と思ったハルは隣に座っているミアの方を見てみたが、そんな事には全く関心が無いようで六杯目のミルクに手を付けている。ハルは呆れた顔で、お腹壊すぞ、とミアに忠告したが聞いてもらえなかった。
頃合いを見計らってリーゼは男に場所を変えよう、と提案する。その言葉の意味する事はすぐに男に伝わった。男女のお楽しみをしようという提案だ。
男とリーゼは連れ添って立ち上がり、腕を絡めながら店の出口に向かって歩き始める。途中リーゼはハルに一瞥をして何らかの合図を送った。
リーゼの狙った男はリーダーだったのだろう、一人だけ女と出て行った事で他の男たちは完全に白けてしまっていて、不満そうな顔をしながら悪態をついて店を出て行く。その様子を見たハルは急いでミアの手を引いて後を追った。ミアは七杯目のミルクを飲もうとしていた所で、ハルに不満を言いながら渋々立ち上がった。
階段を上り外に出てみたがリーゼの姿が見えない。辺りを見回すと筋向いの路地裏から男の叫び声が聞こえた。
ハルたちが急いでその薄暗い路地に入ってみると、先ほどの男たちがリーゼを取り囲んでいた。夜は深く人通りも無い寝静まった町に怒号が響き渡る。
リーゼの足元には耳を押さえて蹲るリーダーらしき男がいて、リーゼは先ほどとは真逆の凍るような冷たい表情をしながら、短剣を手にもっていた。
取り囲む男たちはリーゼのあまりの迫力に手を出すことを躊躇っている。一人がにじり寄り、隙を見て攻撃を加えようとしたが、一瞬でナイフを持つ指ごとリーゼの刃で切り落とされてしまう。
ハルが加勢しようとスカートを捲りナイフを取り出しながら近寄ると、男の一人がハルに気付き手に持っていたナイフで攻撃しようとしてきた。
しかしその直後に男の足元がミアの魔術で突然凍りついて動かなくなる。動けない男が闇雲に振り回すナイフをハルはいとも簡単に避け、ナイフを持っていない左手で男のこめかみにフックを入れると、男はそのまま意識が飛んでその場に倒れた。
「あの店は私たちのテリトリーなの。二度と近づかないで頂戴。次来たらもっと酷い目に遭うわよ」
リーゼはそう言うと顔色一つ変えず、足元に蹲る男の顔面に蹴りを入れた。リーゼの足元には男の切り落とされた耳が落ちている。
残った男たちは黙って倒れている男たちを抱えて暗い路地の奥の方消えて行く。憶えてろよ、という定番の負け犬セリフも吐けないほどにリーゼに恐怖している様子だった。
男たちが消えたのを見届けると、リーゼは振り向いてハルたちにいつもの穏やかで優しい笑顔を見せ、怪我は無い?大丈夫だった?と心配してきた。
ハルはリーゼのあまりの変わりように驚きつつも、心配ないと答えようとした。
が、ハルの後ろからミアの呻き声が聞こえる。まさか、隙をついてやられたのか。
慌ててハルが振り向くと、そこにはお腹を押さえて苦しそうにしているミアがいた。
「お腹痛い……」
ミルクの飲みすぎだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます