17

 ハルはミアに手を貸してもらいながら、不要な布を細長く切り裂いて自分とリーゼの傷口を強く縛り、二人でリーゼの肩を担いでアデリナの元へ向かった。

 ハルとリーゼの酷い怪我を見てアデリナは驚いていたが、一生懸命治癒の魔術をかけてくれた。おかげでとりあえずの応急処置は出来たのだが、アデリナからもっと高度な治癒魔術を受けたほうが良いと言われた。

しかしハルはアデリナ以外の治癒の魔術師を知らない。再度リーゼの肩を二人で担いで家に戻り、ハルの使っていた壊れかけたベッドにリーゼを寝かせた。

 襲撃したにも関わらず治癒を受けさせ介抱する二人に、リーゼは弱弱しい声ながらも丁寧に礼を言い、高位の治癒魔術師を知っているので連絡してくれれば家に来てくれるだろうと言う。

連絡先を口頭でミアに伝え、ミアはそれを紙にメモして急いで出かけていった。

 全身に多くの傷を受けているリーゼはベッドから起き上がる事も苦しそうだ。ハル自身も傷があるものの、コップに水を入れてリーゼの口に運んであげた。

リーゼはコップの水をゆっくりと飲み干し、ふう、とため息をつくと仰向けに寝て、天井を見詰めながら微かな声でハルに自身の事について話し出した。

 リーゼは十六歳の時に家を飛び出して放浪し、衰弱して路上に横たわっていた所を当時の売春街の代表者に拾われた。リーゼは彼女の家で保護されて生活し、売春街について色々学びながら育った。

年齢が進むと自ら恩に報いるという気持ちもあり、娼婦としての生活を始める。

元々は上流階級の家の娘で、上品で教養も高く、頭が切れて社交性に優れたリーゼは瞬く間に高級娼婦としての道を歩き始めた。

 しかし恩人である代表者は程なくして売春街から足を洗い、王都外で農業をやりたいと言って出て行ってしまった。娼婦たちからの信頼も厚かったリーゼは、自然的に自らは娼婦を引退し、代表者の座を引き継ぐことにした。

売春街は王宮から黙認された自治区のようなものだ。その頂点に立つリーゼは売春街の秩序と娼婦の安全のために日々奮闘していた。

 ハルがやったことは売春街の信頼を裏切る事になってしまう。だからリーゼはハルに「お仕置き」をする必要があった。


「だけど、私は貴女達に手酷くやられてしまったわ」

「もうきっと潮時なのね」


リーゼの傍らに座るハルには何が潮時なのか分からない。が、リーゼがそのまま話を続けるので黙って聞いていた。


「今なら彼女が売春街を去った気持ちが分かる。私も去る時が来たのね」

「私は、お姉ちゃんになりたいのかしらね」


そう言って自虐的な笑顔を見せた。

ずっと上を向いたまま話続けていたリーゼは、顔を僅かに横に向けてベッドの脇のハルの目を見た。


「ここで貴女達と一緒に暮らさせて欲しいわ。決して悪いようにはしないわ」

「そうしてくれれば、売春街で貴女のやった事を上手く誤魔化してあげる」


今度はいたずらっぽく笑う。ハルはそう言われて引き攣った笑顔になった。

 取引を持ち掛けられたというか、強要されているような気もするが、ハルには特に断る理由はない。ハルはこの世界に対して無知だし、ミアはまだ子供だ。知識も経験もあるリーゼが助力してくれるならむしろありがたいとさえ思った。


「今度こそ、お姉ちゃんとしての務めを果たすときがきたわ」


そう誰に言うとでもなく呟き、リーゼは顔を上に向け目を瞑った。目にはかすかに涙が滲んでいた。

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