16

 リーゼは家の入口の前に立つ少女を見て、手だけではなく全身が硬直してしまった。顔や髪型は全く違うから別人なのは理解している。しかし、その少女と失った妹の姿が被って見えた。

妹が死んだのは十二歳だった。丁度目の前にいる少女くらいだ。淡い翡翠色のワンピースが良く似合い、手には可愛いクマのぬいぐるみを抱いている。

妹も生きて居てくれれば、こんな愛らしい姿だったはずだ。こんな風に成長してくれていたはずだ。しかしリーゼは十二歳の妹の姿を見る事は出来なかった。

汚れの無い純粋でありながら、深い悲しみを帯びた赤い瞳の少女にリーゼの視線は一心に注がれていた。

 リーゼの動きが突然止まり、視線はミアしか見ていない。ハルはその隙に身体を縮め、全身のバネを使って思い切りリーゼの腹部を両足で蹴り飛ばす。

全く無防備だったリーゼは呻き声を上げ、ようやく苦痛の表情を見せて、よろよろと後ろに下がった。

しかしそれでもリーゼの視線はミアにしか向いていない。

 ハルから離れた事でリーゼを狙いやすくなったミアは、すかさず手をかざして氷の刃を向ける。

魔術を予期していなかったリーゼは、突然現れて一直線に向かって来る氷の刃を十分に避ける時間が無く、咄嗟に身を避けたが左肩に氷の刃が突き刺さり、痛みと痺れで手に握っていた剣を床に落としてしまった。

 出来る事ならこの少女と戦いたくない。いや、傷つけたくない。リーゼは苦痛に顔を歪めながらこの場から逃げる事を考え始めた。

しかし、ミアの立っている位置はこの家唯一の出入り口の前だ。ミアをその場所から動かしたいのだが、厄介な事に相手は魔術が使える。しかもリーゼが初めて見る無詠唱で、間合いを詰める前に魔術が発動するため、近寄る事も難しい。

 リーゼはミアの手にあるぬいぐるみに注目した。魔術なら触媒が必要なはずだ。もしかしたら、あのぬいぐるみが触媒かもしれない。そうだとしたら、ぬいぐるみを破壊すれば魔術が使えなくなるはずだ。

そう考えたリーゼは右手に持っていた剣を慎重にミアに向かって投げた。正確にはミアが手でぶら下げているクマのぬいぐるみが標的だ。

 剣は綺麗な直線を描いてミアに向かって行く。その様子を見ていたハルは立ち上がり、右手を伸ばしてミアの方へ横っ飛びした。


「頼む、届いてくれ」


そう願い目一杯伸ばしたハルの右手は、ミアに達する前に剣の刃に届いた。

 手の平が裂けて血が飛び散る。リーゼの投げた剣はハルの手に触れた事で若干コースがズレて、ぬいぐるみの脇腹辺りを掠りミアの背後の壁に突き刺さった。

ハルは横っ飛びしたままの姿勢でミアの前に倒れ込んだ。脇腹が裂けたぬいぐるみからは中の綿がはみ出している。


「ハル!」


 ミアの絶叫が聞こえる。だが、これでは自分なのかぬいぐるみなのか、どちらを心配しているのか分からないじゃないか。ハルは痛みに耐えつつ、少しそれが可笑しくて思わず笑ってしまった。

 次の瞬間、再び手をかざしたミアの前には十本以上の氷の刃が出現し、瞬時にリーゼに向かって突き進んで行った。

リーゼはまるで剣の壁がやってくるかのような、その数の多さに避ける事は不可能と感じ、首を窄め体を丸めて小さくし両腕を顔の前で交差させて防御姿勢を取った。

そのままの姿勢でリーゼは全身に氷の刃を受けて、血しぶきと呻き声をあげてその場に蹲った。

 それを見てハルはすぐに立ち上がり、先ほどリーゼが床に落とした剣を左手で拾い上げて、リーゼの喉元にその刃を立てた。


「もう止めよう」


ハルがそう言うと、リーゼは穏やかそうな笑顔を浮かべて答えた。


「負けたわ。貴女達の好きにしなさい」



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