ミアの大切にしていたクマのぬいぐるみは、心無いクラスメイトによって失われてしまった。ハルヤもアデリナも、ミアの話に言葉が出ない。アデリナはただただ、ミアを優しく抱きしめる事しか出来なかった。

 ミアが学校へ戻る事はもう不可能だろう。戻ったとしても復学が出来ない事はもちろん、罪人として裁かれることになる。そして、やはり赤い瞳は呪われていると言われ、公平に裁かれるかどうかも疑わしい。ましてや相手が権力者の娘ならば尚更だ。

それならば、この荒んだ地域で身を隠しながら暮らして行く方が良いのかもしれない。ハルヤはミアを見つめながらそう考えていた。

 しかし、まだ年端も行かないミアが一人でここで暮らしてゆく事は過酷な事にも思える。ハルヤは自分が部外者とは思いつつも、一つの提案をしてみた。


「ミア、ここでアデリナさんと暮らしたらどうだ?」

「……おばあちゃんの家に帰る」


ミアはか細い声でそう答えた。やはりミアにとって帰る場所は一つだった。

 ミアは名残惜しそうにアデリナの腕から離れ、頬にそっとキスをした。

そして別れの挨拶を言い、扉の方に向かい歩き出す。

アデリナは寂しそうな顔をしつつ、ハルヤに向かってミアをお願いね、と言った。

ハルヤは小さく頷くと、ミアの後に続いて帰途についた。

 帰り道、二人は終始無言だった。ハルヤにしてみれば、かける言葉が無い。夜はすっかり更けて道は暗く、気を付けていないと石に躓きそうだ。

人通りもまばらになった通りを俯いたまま進み、家の扉を開け中に入った。家の中は真っ暗だった。

 ミアは家に帰ると部屋の隅で床に座り、小さくなっていた。ハルヤが蝋燭に火を灯し、それを部屋の中央にあるテーブルの上に置くといくらか部屋は明るくなった。

ぼんやりとした灯りがミアを照らし出す。が、両膝を立てて顔を伏せたミアの表情を見る事は出来ない。

 長い間沈黙の時間が流れる。ハルヤはその間、今後どうしたら良いのかを考えていた。ハルヤはいわばこの家の無断侵入者で、本来なら出て行くべきだろう。

だが、ミアを一人に出来るだろうか。まだあどけなさの残る幼い少女は、これまでも過酷な人生を歩んできたが、これから更に過酷な人生が待っているだろう。

 ハルヤは一度死んで、理由は分からないがこの世界に転生した。人生をやり直したはずなのに、またも虐められてシャーゲルの屋敷を飛び出してここへ逃げて来た。失うものは何も無いし、後に残す物も無い。もしかしたら、この転生した人生も突然終わってしまうかもしれない。

ハルヤがこの家に身を隠したのも何かの運命かもしれない。きっと、この子を助けろという運命の導きなのだろう。

 ハルヤはテーブルの上の蝋燭を手に持ち、ミアの前にしゃがんだ。


「ずっと泣いていたら、おばあちゃん悲しいと思う」

「残念だけど、おばあちゃんはもう戻ってこない。きっと、天国でミアの事を心配してる」

「ミアが笑ってくれないと、おばあちゃんゆっくり休めないよ」

「おばあちゃんを安心させるためにも、泣くのはやめよう」

「学校は失敗したかもしれないけど、生きていればいつか失敗を取り返す日が必ず来る」

「ゆっくりでも良いから、立ち止まっても良いから、自分の足で立って歩こう」

「勝手に家に入った俺がこんな事言うのもなんだけど、俺と一緒にやっていこうよ」

「おばあちゃんが天国で喜んでくれるように、俺も手伝うよ」


ハルヤはそう言って、右手をミアの前に差し出しすと、ミアは何も言わずに俯いたままその手を小さな手でそっと握り返す。

そのままミアはハルヤの手を引き、抱き着いてきた。

ハルヤは左手で持っていた蝋燭をそっと床に置いて、ミアを両手でしっかり抱きしめた。

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