少女の言う「おばあちゃん」を探す前に、ハルヤは怪我の治療をしなくてはならない。都合の良い事に、少女のおばあちゃんの友達が治癒の魔術師らしい。

それなら治療を受けつつ、おばあちゃんの行方について何か知ることが出来るかもしれない。ハルヤは傷口を布できつく縛って、少女の案内に付いて行く事にした。

 家を出ると外はすっかり暗く、この地域はあまり明かりも多くない。薄暗い中を少女を先頭に歩き出した。

ハルヤはここに来てから逃走してきた際の、グンターに貰った高級なドレスのままでは無く、アイボリーのショートパンツに同じアイボリーのカットソーを着ていた。この服装ならこの地域の住民と溶け合いやすく、不自然に目立ったりしない。また動きやすく、ハルヤの最大の武器である動きの速さを妨げない。

しかし昼間はこれでも良かったのだが、夜はまだ肌寒い。黒いローブを羽織って我慢する事にした。

 少し歩いた所に目指す家はあった。窓から家の中の灯りが漏れ出していて、家の前に並べてある鉢植えの今にも咲き出しそうな花を照らし出していた。

少女が扉を開けて家の中に入り、ハルヤも続く。家の中には一人の老婆が椅子に座って静かに本を読んでいた。

 老婆は二人が家に入ってきた事に気づき顔を上げる。そして家に入ってきた少女の姿を見て驚いた顔をした。


「ミアちゃん?」

「アデリナおばちゃん、こんばんは」


どうも少女はミアという名前で、老婆はアデリナというらしい。

ミアがアデリナに駆け寄り抱き着くと、アデリナはそっと抱きしめ返した。

 少しの間抱擁した後ミアはやっと笑顔になり、アデリナのすぐ隣にあった空いた椅子に座った。


「ミアちゃん立派になったのね。嬉しいわ」


そう言われて照れるミア。ミアの表情が和らいだ事を見てハルヤはほっとした。ようやく年相応のあどけない少女の顔になった。

アデリナはミアに学校での生活について聞こうとしたが、そのとたんミアの表情は曇り、少し目が潤んできた。

 ミアはアデリナの声を遮っておばあちゃんの事を聞いた。すると今度はアデリナの表情が曇り、悲しい事実を告げる。


「おばあちゃんは病気で死んじゃったの。ミアちゃんが学校に入ってすぐにね」

「私じゃどうする事も出来なかったの。ごめんなさいね」


アデリナはそう言ってミアの頭を優しく撫でる。その言葉を聞いたミアは茫然自失としていた。

そしてすぐに大声で泣きだした。アデリナはそんなミアを抱きしめ、ミアはアデリナの胸にしがみついて泣いていた。

 その様子を見ていたハルヤは、自分の受けた傷よりもミアの心に出来た傷の方が心配だった。

ミアについて詳細はまだ分からないが、おばあちゃんを頼りにしていた事はよく感じ取れた。おばあちゃんを失う悲しみは計り知れないものだろう。

そして隠家に初めて入った時の、家の時間が突然止まってしまったような不思議な雰囲気はこういう事だった。まさに、突然家主がいなくなったのだ。

 ハルヤが悲しそうな顔で二人を見ていたら、ようやくアデリナがハルヤの存在に気づき、傷を負っている事も気づいた。

ミアを片手で抱いたままハルヤを手招きし、そばに寄ったハルヤに片手で治癒の魔術を施した。すぐに傷口はふさがり出血は止まった。後は自然治癒を待つだけだ。

 ハルヤはアデリナに礼を言い、更にミアとおばあちゃんについて詳しく聞いてみた。

身寄りの無くなったミアをおばあちゃんが引き取って育てた事、魔術の才能を見たおばあちゃんが、あちこち駆け回って国立魔術学校初等科への入学をお願いしたこと。

ミアは見た目は中流階級だが、瞳が赤い事や下流階級で育った事が問題視された。しかし、飛びぬけた才能がある事で例外的に入学が許されたとの事だった。

 そんな話をしているうちに、ミアの泣き声は静かになった。泣き疲れたのかもしれない。鼻を啜る音だけがしている。

そんなミアを見てアデリナは、ふと気づいた事があった。


「ミアちゃん、クマのぬいぐるみはどうしたの?」


ミアはそれを聞いて、また大声で泣きだしてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る