16

 しばらく馬車にゆらゆらと揺られていたハルヤは、ようやく顔を上げて馬車の後ろの方へ移動した。

もう大分移動したのだろう。屋敷のような物は見えず、見えるのは牧歌的な風景で、土の道の脇にはやや背高の緑の草が生い茂っている。

ハルヤは振り向いて、御者が前を向いて馬車を走らせている事を確認し、屋敷から持ってきた袋を放り投げた。

馬車から地面を見るとかなりのスピードが出ている。ハルヤは意を決して飛び降りた。

両手で頭を守り、身を縮めてごろごろと転がる。

しばらくすると回転が止まった。転がっている間に打ち付けたのだろう、あちこち体が痛む。

肌の露出が少ない服で助かった。どこも切り傷や擦りむいた傷は無いようだ。

急いで立ち上がると、袋を拾い馬車の向かう方向と逆に走り始めた。

 しばらく進むと街並みが見えて来た。所々に民家のような建物が現れ、それが進めば進むほど増えてゆく。

道は石畳になった。少し進むと左手に教会のような白い建物が見えた。特徴的な尖った鐘楼が見える。

そこから少し進んだ先の路地裏に入った所で一旦止まり、袋の中からカーラに貰った地図を取り出した。

教会と周囲の地形から現在地を推測する。カーラにシャーゲルの屋敷の場所は教えてもらってあった。このまま進めばシャーゲルの屋敷に逆戻りだ。

ハルヤは細い路地裏を抜けて、屋敷から遠ざかるような道順で進むことにした。

更に王宮を中心とした地区からも離れて進む。その辺りはきっと上流階級の地区だろう。銀の髪の人間がいたら怪しまれるかもしれない。

 走って目標になりそうな建物があると確認、を繰り返しながらどんどん地図のはずれの方へ進んで行く。

段々と道は荒れ始め、周囲の建物も荒れ始めた。すれ違う人々の服装も徐々に簡素になってゆく。

そうして地図に書かれていない地区までやってきた。王都の外縁部、ハルヤが最初に目を覚ました場所と同じ、下流階級の地区だ。

そこまで来てようやくハルヤはゆっくり歩きだした。ロングドレスにローブを羽織るという姿で長時間走ってきたので汗だくだ。

ここまで来れば銀の髪の女がうろついていても誰も不審に思わないだろう。

 奥へ奥へと進むと、やがて道も赤茶けた土になって人通りも寂しくなってくる。

その中に一件の建物を見つけた。茶色の木造の建物は、天井に雑草が生えたりしているがぼろぼろという程でも無い。

扉を開けると、ギィという音がする。長い間開けられていないのか扉の動きは重かった。

 家の中は窓が締め切られているために暗く、あちこちの隙間からわずかに光が差し込む。

そっと中の様子を伺うと、テーブルや椅子が綺麗に並べてあり、様々な家具は整然としていた。

しかし、床もテーブルも椅子も長く使われていないのか埃だらけ。そこに置いてあった食器も埃を被っている。

人の生活の気配が無い。

突然家主が居なくなり、そこから時間が止まったままのような静けさだった。

 ハルヤはしばらくこの家に身を隠す事にした。

袋を床に置いて壁を背に座り込むと、埃がふわっと舞いあがった。

さすがにもう逃げた事がバレているだろう。

屋敷は大騒ぎになっているだろうか。グンターは落ち込んでいるだろうか。カーラは自分を責めたりしていないだろうか。ハンネスは、きっと変わらないな。

ずっと走ってきたハルヤは疲れ果てて、そんな事を思っているうちに眠ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る