13
扉を叩く音が聞こえた。扉がゆっくりと開き、部屋の中に蝋燭を持ち寝間着を着て髪を下したカーラが入ってきた。
ハルヤが目を覚ましていることに気づいたカーラは、お加減いかがですか、と声をかける。
そして持ってきたスープの入ったボウルをハルヤに手渡した。スープは冷たかった。
「すみません。すっかり冷めてしまいましたが、何か食べないといけません」
カーラは夕食の残りを密かにハルヤのために残しておいた。
ハルヤはスープを受け取るとゆっくりそれを口にする。美味しかった。
「ごめんなさい。止める事が出来なくて、酷い思いをさせてしまいました」
カーラはハルヤに謝罪した。恐らく昨日の出来事についてだろう。
しかし、原因はカーラにあるわけではない。むしろ全く無関係だ。
ハルヤはこの子が心配だった。こういう風に自分の責任だと思い詰める子は危険だと知っている。
「気にしないでください。もう、忘れてください」
しかし、ハルヤはそれしか言えなかった。
「グンター様は、どういう方なんでしょうか」
すぐにハルヤは話題を切り替える事にした。昨日の事を引き摺ると、きっとカーラはどんどんと自分を責めていってしまう。
「とてもお優しい、紳士的な方です。屋敷の人たちに好かれています」
それはハルヤもよく分かっていた。知りたいのはその先だ。
「国の政治に係わるお仕事をされていらっしゃいます。お父様のシャーゲル様と同じです」
なるほど、かなり権力があるようだ。それに伴って潤沢な資産もあるのだろう。
「ご趣味はあるのでしょうか」
なんだかハルヤがグンターに興味があるような質問だと、自分で思った。勘違いされないだろうか。
しかし、興味があるように匂わせる事は、今後グンターの注意をハルヤに引き付け続けるのに役立つかもしれない。
「乗馬をご趣味としていらっしゃいます。後は、ピアノを弾かれるそうです」
それで馬小屋に現れたのか。ハルヤは納得した。
そういえば部屋にもピアノがあった。随分と高貴な趣味で、ハルヤは全然知識のない分野ばかりだ。
だが、そこから切り崩せそうだ。
話を切り替えたはずなのだが、カーラの表情は暗かった。ハルヤはそれを不思議に思って表情を見ていた。
「ドリスさんが、グンター様の事をお慕いしているようです」
一気に昨日の話題に戻ってしまった。ハルヤがグンターに接近すればするほど、ドリスのハルヤに対する嫉妬は深くなり、虐めも苛烈になってゆく。
ハルヤが思っていたより状況は複雑で、安易にグンターに近づくのは危険かもしれない。
「すみません。余計な事を。忘れてください」
カーラはまずい事を言ってしまった、という顔をした。ハルヤは大きく頷いた。
ハルヤは一つ大きく深呼吸して、さらに話題を変えた。
「カーラさんは、どうしてこのお屋敷でメイドの仕事を始められたのでしょう」
カーラの家は中流階級ではあるものの、お世辞にも裕福な家庭ではなかった。
さらに父親は重い病気で床に臥しているという。そのため若いうちに働きに出なければならなかった。
大人しく引っ込み思案なカーラは、不特定多数の人物と触れたりする売り子のような仕事は出来ず、静かに影の存在となって主人に尽くすメイドという職業が向いていた。
もう一つ付け加えるとメイドの方が高給だった。ただし、住み込みで自由は制限されてしまう。
しかし、同じ年ごろの子との付き合いも上手く出来ないカーラにとって、この状況の方が気が楽だった。
そんな話をしているうちに、大分夜が更けてきた。
カーラはハルヤが飲み干したボウルを手に持ち、おやすみなさいと声をかけて部屋を出て行った。
カーラが去って行った後、ハルヤはまた天井をぼんやり見つめ、考え事に耽っていた。
ドリスの事は予想外だった。このままグンターと接近を続ければ、ドリスはどんどんと危険な存在になってゆく。
しかしグンターから離れると逃亡計画が台無しになる。それにグンターの方から勝手に接近してくるから、どちらにせよ行く先は同じだ。
それならばグンターとの間合いを一気に詰めて、かなり早い段階で逃亡を実行に移すしかない。
いつの間にか蝋燭は燃え尽き、部屋は真っ暗になっていた。
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