12

 次の日、夜が明けてもハルヤは仕事に顔を見せなかった。

エッダに言われてカーラがハルヤの自室を訪れると、そこにはベッドに伏せたままのハルヤの姿があった。

近づいて顔を見ると真っ赤だ。カーラがハルヤの顔に手を当ててみると、かなり熱い。

まだ少し肌寒い時期なのに、昨日ずぶ濡れになった後に全裸になったりしたから、こうなるのは当然といえば当然の事だ。

カーラは戻って様子をエッダに報告した。エッダは頷いただけで、何もしなかった。

 グンターが所用から屋敷に戻ると、ハルヤに出迎えするように伝えたはずだったのだが、そこに居たのはドリスだった。

ハルヤが何故いないのか問いただしてみると、ドリスは昨日の事は伝えず、ただ高熱を出して休んでいるとだけ伝えた。

グンターは慌てて屋敷の中に入り、ハルヤの自室に向かおうとしたがドリスに止められた。

病がうつる事があってはいけない。ドリスの対応は意地悪でも無く、当然の配慮だ。

グンターの慌てぶりを見たドリスの顔は冴えなかった。

 グンターの指示でようやく治癒の魔術師が屋敷に呼ばれた。

ハルヤはその魔術を受けたおかげか、徐々に熱が下がり呼吸も落ち着いてきた。魔術師の案内役として付き添ったカーラも安心した表情を見せる。

意識が朦朧とする中、自分に治癒の魔術をかける人物を見て、ハルヤは不思議な気分だった。この世界では医療も科学では無く魔術で行われている事が不思議な感覚だった。

 それでもすぐに回復するわけではなく、ハルヤは結局一日中寝込んでいた。カーラが隙を見てハルヤの元に飲み水を持ってきてくれた。

どのくらい時間が経ったのか分からない。なにせハルヤの地下室は窓も無いので一日中暗くて時間の感覚がない。

ようやく意識がはっきりしてきたハルヤはベッドに横になったまま、天井をぼんやり見つめていた。

 もうここにいるのは無理だ。このままでは自分が壊れてしまう。

以前の世界で一度壊れた経験のあるハルヤは、今の状況を続ける事が危険な事を承知していた。

そしてこの状況の確実で手早い打開策も理解していた。とにかくここから逃げる事だ。

 しかし、逃げるとは言ってもそう簡単に行くようには思えない。

ハルヤはこの屋敷の全貌を知らない。玄関を真直ぐ進めば門のような物があるのかもしれないが、どのような状態なのか分からない。

ここへ連れて来られた時、御者が周囲の柵には魔術が施してあると言っていた。柵を越えて逃亡する事は出来ないという事だ。

 そこでハルヤはグンターを利用する事を思いついた。

彼は屋敷の主人の息子である。当然屋敷に詳しいだろうし、あらゆる権限もある。

それにグンターなら上手く唆せばハルヤの言う事に協力するだろう。もちろん、逃げるなどとは言えない。

「男性の描く女性は、より女性らしい」という昔の人が言った言葉を思い出した。男性が小説などで創造した女性の方が、実際の女性よりも「男性にとって」女性らしい、という意味だ。

つまり、より男性にとって都合のいい女性、男性好みの女性が出来上がる。

ハルヤの体は女性の「イリーナ」だが、心は男性の「ハルヤ」だ。

ハルヤが演じるグンター好みのイリーナを作り出し、グンターを「操縦」すればいい。

以前の世界であったネットゲームなどの、所謂「ネカマ」をそのままやればいいのだ。

 もしも単純に逃走しようとしたら、その責任は監視者であるカーラに向かう可能性がある。

グンターを利用して逃亡する事で、ハルヤが逃亡した責任をカーラが負わされる危険は無くなる。

エッダもドリスもグンターの失態では責任を問う事は難しいだろう。

ハンネスの事は気がかりだが、彼は今や接点がないので責任を負わされることはさすがに無いだろう。

一緒に逃げたいのはやまやまだが、そうなると逃亡の確実性は低くなる。

それに、ハンネスはずっと奴隷として生きてきたと言っていた。今更逃亡したところで、どうしたら良いのか分からなくなってしまうかもしれない。

ハルヤは心は決まった。

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