9
ハルヤはエッダの後ろを重い足取りでついていった。
気に入って頂けたのはありがたい。今後の待遇改善も期待出来る。しかし昨日のグンターの様子から見るに、彼のハルヤに対する感情はそれ以上のものに思えて仕方ない。
ハルヤは以前の世界で散々虐められてきた経験はあるものの、恋愛経験は全く無かった。
それだけでもどう対処したら良いのか分からないのに、男女が逆になっている、いや、男同士のような複雑な状況になっている。ハルヤは困惑した。
二人は広く長い廊下を歩き、白く綺麗な扉の前に立った。
エッダが扉を軽く二回ノックし「エッダでございます」と声をかけた後に、少し後ろに下がる。
そして両手を身体の前で綺麗に揃えて、深く頭を下げた。
それを見ていたハルヤも、エッダのすぐ後ろに来て同じように頭を下げた。
「どうぞ」
すぐに、ゆっくりと扉が開いた。エッダは開いた扉を手で支え「失礼いたします」と言い中へ入る。
その間ずっと頭を下げていたハルヤだったが、覚悟を決めて頭を上げてエッダに続いた。
しかし、後に入ったハルヤは扉を閉め忘れた。エッダが鋭く睨み「扉を閉めなさい」と小声で言うと、ハルヤは慌てて後ろを振り向いて扉を閉めた。
早速失点である。
「やあ、よく来てくれたね。嬉しいよ」
中にいたグンターはそう言いハルヤの方を見て笑顔を見せた。
部屋は広く、隅々まで綺麗にしてあり、中央にはグランドピアノが置いてあって様々な調度品と装飾品が部屋の壁に並んでいた。どれも高価そうだ。
「イリーナを連れて参りました」
エッダはそう言って深々と頭を下げた。ハルヤもそれに倣った。
グンターは満足そうな笑みを浮かべていた。
「ですが、イリーナも様々な仕事がございますので、専属はどうかご容赦ください」
「そうか。仕方ないな。でも来てくれて嬉しい」
エッダの説明に少しがっかりした顔を見せたグンターだったが、すぐに表情を明るく戻した。
物腰も柔らかく、雇い主という立場でありながら一メイドの意見を尊重し、ずっと格下の奴隷であるハルヤにも尊大な態度を取らないグンター。
きっと人間性は素晴らしい人物なんだろう。ハルヤはそう思ったが、やはり恋愛対象として受け入れる事は出来ない。
「これから宜しく頼むよ」
グンターはまるでレディーをエスコートするようにハルヤの手を取る。
手を触れられたハルヤは背筋が寒くなって思わず手を引っ込めてしまった。
場が凍り付く。本来ならメイドのハルヤの方から「宜しくお願い致します」と言わなければならないのに、目上のグンターの方から言わせた挙句エスコート拒否である。
何とかこの場を取り繕わなければ。ハルヤは焦った。
「こ、こういう事に慣れていないもので。申し訳ありません」
ハルヤは深々と頭を下げた。エッダはその様子を何も言わず黙って見ていた。
「いや、いいよ。こちらこそいきなりで失礼したね」
グンターは気を取り直すと、手は取らずににっこりと微笑んだ。
「今日のところは仕事がございますので、これで失礼致します」
しばらく黙って二人のやり取りを見ていたエッダが、無言になった所にタイミングよく切り出してきた。
ハルヤもエッダに倣い深々と頭を下げ、今度は自分から率先して扉を開いて部屋の外に出る。
これも本来なら格上のエッダが先に退室するべきなのだが、ハルヤは焦って先に出てしまった。
しかし、エッダからは何のお咎めも無かった。帰りも終始無言でハルヤの失態を何も責めなかった。
ハルヤは先刻のグンターに対する態度を大失敗したと考えていた。
それは手を引っ込めて拒否してしまった事ではない。その後の態度だ。
あれではまるで恋愛に不慣れな純情乙女のようだ。心は男性のハルヤはそれが何を意味するのか分かっていた。
きっとグンターの男心をくすぐり、よりグンターを燃え上がらせてしまっただろう。
ハルヤは自分の他の失敗よりそちらの方が気が重かった。
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