10

 朝からひどく雨が降っていた。ハルヤがこの世界に来てから初めての雨天だ。

この天候では洗濯は無理だろう。今日は掃除をするしかない。

エッダはグンターとハルヤの事に何も触れなかった。グンターの所でする仕事についても何も言わなかった。

ハルヤはそのエッダの態度が不思議だった。それまではあれこれと非難をしてきたのに、グンターとの一件以来口を閉ざしたままだ。

自分の主人であるグンターの不本意ながらお気に入りになったハルヤに厳しく当たれなくなってしまったのだろうか。

きっとそんな事はないだろう。なぜならドリスは相変わらずハルヤを罵っているから。まるで日課だった。

 グンターにエッダとドリスに虐められている事を言えば、二人にお叱りが下るかもしれない。

虐めに対する逆襲といえる。しかし、そんな告げ口をしても暴力に暴力で対するようなもの、さらに状況は悪化するだろうし結果的に何も解決しない。

ハルヤは二人に仕返ししたいとは思ったが、それが意味が無い事に思えたし、他の解決方法を探ったほうが話が早いと思った。

 掃除をしてしばらくすると、カーラがグンターが呼んでいる事を教えてくれた。

早速か。掃除を途中で切り上げ、昨日の道順を思い出しながら屋敷の中を進む。

グンターの部屋のあるフロアは当初ハルヤは立ち入り禁止と言われていた部分にある。

大きな屋敷だけに部屋がたくさんあった。一体何の部屋なのだろう。興味はあったが覗いてみる事は止めておいた。

 目的の扉をノックし、昨日と同じように一歩下がって頭を下げた。

グンターは満面の笑みでハルヤを迎い入れた。対照的にハルヤの顔は強張っていた。


「君に贈り物があるんだ」


何の御用でしょうか、とハルヤが聞く前にグンターがそう言ってきた。

グンターの手の中には小さな箱があった。手を出してごらん、と言われたので言われるがままに手を前へ差し出した。

また手を触れられるかもしれない。そう思うと手が震えてしまった。

 グンターは予想以上に紳士的で、手を触れる事はせずに箱をそっとハルヤの手に乗せた。


「開けてごらん」そう言われるがままに、ハルヤは箱をそっと開けてみた。


中には綺麗なペンダントが入っていた。トップには名前は分からないが、翠色の大きな美しい宝石が入れられている。


「こんな物頂けません」


ハルヤはすぐに箱の蓋を閉じ、そしてそのまま手を前に出してグンターの方へ向けた。


「君にぴったりだと思ったのだが」


グンターは少し困った様子だった。

 いやいや、そういう問題じゃない。ハルヤは少しイラついた。

どうにか断ろうと思った。これを貰ってしまうとグンターとの関係がハルヤの望まない方向に加速していく予感がする。


「君がこの屋敷に来た記念という事でどうかな」


グンターはそんな事を言ったがハルヤの耳には全く届いていなく、ハルヤはどう対処しようか必死に考えていた。

 断ってもグンターは諦めたりしなさそうだ。この屋敷の人間は皆グンターの味方だろう。

グンターは紳士的にハルヤに接しているが、主人と奴隷である。無理矢理押し倒す事だって出来るはずだし、周囲の人間はそんな事が起きても見て見ぬふりをするだろう。

ここは素直に受け取っておくべきかもしれない。紳士的な態度を維持してもらうためにも、上手にグンターとの距離感をコントロールする必要がある。

それに高価そうなペンダントだ。売ればそれなりのお金になりそうだ。もし、この屋敷から出る事があったならば、当面の生活資金には出来そうだ。


 「ありがたく頂戴致します」


ハルヤの言葉にグンターは安堵の表情を浮かべた。


「ですが、これを身に着ける事はわたくしの立場上難しいので、大切に持っているだけでどうかお許しください」


ハルヤの言葉に今度はがっかりするグンター。


「僕の前では身に着けてくれないかな」

「分かりました。そういたします」


そう言ってハルヤは深々と頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る