8
夜が明け朝日が顔をのぞかせる前の、まだ薄暗い時間からメイドの仕事は始まる。
以前の世界では恐ろしい位の不規則な生活をしていたハルヤも、ここでは規則正しく早寝早起きをするしかない。
食事ももちろん粗食で、味付けのバリエーションが少ないのかいつも同じような薄味だった。
飲み物は水しかなかった。他の物もあるのかもしれないが、少なくともハルヤは水しか飲んだ事がない。
随分と健康的な生活だ。ハルヤは自虐を込めてそう思った。
仕事が始まると早々にハルヤはエッダに呼ばれた。朝から足取りが重くなる。
エッダとドリスは酷く不機嫌そうだった。今にもヒステリーを起こしそうだ。
ハルヤがエッダたちの前に立つと、睨むような目つきでハルヤを舐め回す。
落ち着かないのかエッダは胸の前で組んだ手の指を細かく動かしていた。
「昨日何があったのか説明しなさい」
エッダはヒステリックな声でハルヤに問い詰めた。
何の事を言っているのか分からないハルヤは、きょとんとした顔をして何も答えなかった。
「グンター様と何があったの」
ドリスがかなり強い口調で横から口を挟んだ。
名前を聞いて二人が何の事を聞いているのか、ようやくハルヤは理解出来た。
後ろめたい事はしていないつもりだったハルヤは、昨日の馬小屋と井戸での出来事を嘘偽りなくそのまま説明した。
失礼な態度を取ったのでお叱りがあったのだろうか。そうだとしたら面倒な事になった、とハルヤは思った。
エッダはハルヤの話を聞いて深い深いため息をついた。
「何か問題があったのでしょうか。そうでしたら大変申し訳ありません」
ハルヤは先制で謝罪した。
「グンター様は、イリーナを専属メイドに欲しいと仰っています」
少しの沈黙の後にエッダが驚くような内容の言葉を言った。ハルヤは思わず聞き返してしまった。
「滅相もございません。固く辞退させていただきます」
ハルヤは迷わず即答した。専属メイドなんてとんでもない。出来ればもう会いたくない。
エッダたちはハルヤの返答を聞いて少し安堵の表情を浮かべたが、今度は少し困惑したような様子だった。
「グンター様からの強いご要望なのです」
そう言ってエッダは天井を見上げて思案し始めた。どう対処すべきか、中間管理職として困った事態になったのだろう。
エッダの予定ではハルヤはグンターはじめシャーゲル家とその側近達には出会わないはずだった。
昨日ドリスに唆されてハルヤを馬小屋の掃除に行かせたのが失敗だった。
そこでハルヤを見初めたグンターは、本来立ち入らない裏庭の井戸までハルヤをわざわざ探しに来たもののハルヤがすぐに立ち去ってしまったため、今度はエッダにハルヤを寄越すように要求してきた。
参った。エッダは自分のミスであることを認めた。
しばらく上を見上げていたエッダは、考えが纏まると顔を正面にいるハルヤの方に向けた。
「仕方ありません。専属は無理ですがイリーナにはグンター様のお世話をしてもらいます」
ハルヤもドリスも「えっ」と声をそろえてエッダの顔を見た。
ハルヤの顔色が一気にどんよりとした。逆にドリスは怒りがこみ上げて来たのか顔を真っ赤にしていた。
ハルヤは基本的な掃除洗濯も満足に出来ない。何かと雑で教養も品格も乏しい。上流階級のグンターには似つかわしくないメイドだ。
エッダは敢えてハルヤをグンターの元に行かせて、ハルヤの失点を期待する事にした。
そうなれば、グンターも失望してハルヤを追い出すだろう。
「それでは、私の後について来なさい」
エッダはハルヤにそう指示した。
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