「よくお似合いね」


 馬小屋の掃除が終わり、さすがに馬糞を踏んだ素足を洗った後戻ったハルヤは、そうエッダとドリスに笑われた。

髪には藁がいくつか纏わりついていた。十分落としたつもりだったが綺麗に全部というわけにはいかなかった。

またメイド服に着替え、今度は洗濯を言いつけられた。


「ご自分で洗いなさい。そのお似合いの素敵な服は差し上げるわ」


そう言ってドリスに馬小屋を掃除する際に着ていた布一枚を投げつけられた。

 ハルヤの担当する洗濯は使用人などの汚れた服や、雑巾などの物が主で、屋敷の主人などの衣服は含まれていない。

洗濯はもちろん手作業で、ハルヤとハンネスが身を洗った裏庭の井戸で行う。洗濯物は大量で、これもなかなかに重労働だった。


「本当にメイドだったんだね」


 ハルヤが一生懸命洗濯をしていると、背後から先刻聞いた事が聞こえた。

ハルヤは正直あまり振り返りたくなかった。とりあえず聞こえていないフリをした。

声の主は一言言っただけで、その後は何も言わないので諦めて去ったと思い、ハルヤは安心して後ろをそっと振り返ってみた。

しかし、そこにはまだ男が立ってハルヤをじっと見つめていた。


「うっ」


 ハルヤは思わず奇妙な声を上げてしまった。

目が合ってしまった。もう聞こえないフリでは通用しない。


「何か御用でしょうか」


ハルヤはあえて冷たくあしらう様な言い方をして、目をそらし洗濯を続けた。


「君はどこから来たの」

「遠い所からです」


グンターの質問に物凄く素っ気ない返事で返す。目は洗濯物しか見ていなかった。

グンターはハルヤの背後から前方に回り込み、距離を近づけた。

ハルヤはグンターを視界に入れないよう、更に下を向いて洗濯に夢中になるフリをした。


「君は綺麗な顔をしているね」


 ハルヤはその言葉に思わず鼻水を吹き出しそうになった。

もちろん自身でも美形であるという認識はあったが、いざ他人、しかも男から言われてみると気持ち悪い。

しかもそんな言葉を恥ずかしげも無く口にするグンターにも驚いた。


「それはどうも」


ハルヤは少し間を置いてから素っ気なく答えた。


「名前は何て言うの」


いかにも興味の無い態度を示しているのにも関わらず、諦めないグンター。


「イリーナです」


ハルヤは適当な嘘をつきたかったが、見るからにこの屋敷の主人かそれに近い人物のようなので、一応この屋敷で通っている名前を答えた。


「素敵な名前だ。君にぴったりだ」


その言葉を聞いてハルヤは背筋が寒くなった。素敵な名前も何も、ゲームの登場人物の名前なので似合うも何もない。


「洗濯も終わりましたので、失礼します」


ハルヤはグンターから逃げたい一心で必死に洗濯に取り組み、ようやく仕上がったので素早く立ち上がり小走りに井戸を後にした。

 ハルヤは屋敷に戻ると、早速カーラにグンターという人物が何者か聞いてみた。


「このお屋敷のご主人様、シャーゲル様の御子息です」


カーラの答えに、やっぱりという感情と参った、という感情が入り混じったため息をハルヤは漏らした。


「グンター様に興味があるの?身の程を弁えたら?」


ドリスがハルヤとカーラの間に割って入ってきた。ドリスはいちいち言い掛かりをつけるために仕事を中断してやってくるのだろうか。

しかしドリスの言っている事と実際は真逆だった。興味を持っているのはグンターであってハルヤは興味が無い。


「まさか。滅相もございません」


ハルヤは珍しくドリスに本心で答えた。

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