「酷い格好ね。見ていて惨めだわ」


 早朝からハルヤはドリスに冷たい声で罵られた。

メイド長であるエッダの非難はそれなりの根拠があるように思えるが、ドリスのそれはただの言い掛かりにしか聞こえない。

ハルヤは練習の成果で、何とかポニーテールだけはそれなりに結えるようになっていた。それ以上高度な技は今のところ無理だ。

それでもハルヤは謝罪しなければならない身分だった。ただし謝罪に心は一切こもっていない。

 掃除洗濯洗い物、どれをとっても小柄で非力なハルヤにはなかなか重労働だった。

掃除も洗濯も洗い物も、全て手作業である。ミスをすれば非難された。そうでなくても罵られた。

幸いなのは暴力は無かった事と、ハルヤ自身が何も所有物が無いので盗まれたりいたずらされる事が無い事だ。

 休憩はハルヤだけ貰えなかった。さすがに食事休憩はあったが食事は廊下で一人で食べた。

朝からずっと働き詰め。疲れて働きが鈍ると叱咤された。もちろん口答えは許されない。

 掃除中、大きな窓があったので外を覗いてみた。そこには見た覚えのない立派で美しい庭があった。どうやらハルヤとハンネスが最初に連れて来られたのは裏庭だったようだ。

遠くにハンネスが見えた。草むしりでもしているのだろうか。こんな良い天気の穏やかな日は外で草むしりでもしていた方がきっと楽しいだろう。


「外に行きたいのかしら」


 背後からドリスの声が聞こえた。嫌な奴に見られたものだ。

ハルヤが弁明する間も無く、ドリスはエッダの方へ行き何かを話していた。新しい嫌がらせについての相談だろうか。


「貴方は外にある馬小屋の掃除をしなさい」


すぐにエッダからの指示がハルヤに伝えられた。

馬小屋の掃除なんてメイドがするような物なんだろうか。そうハルヤは不服に思ったが、逆らう事は出来ない。

しかしメイド服のままでは馬小屋の掃除は出来ないだろう。しかし下着姿で掃除するわけにもいかない。ハルヤはカーラに頼んで大きな布を貸してもらい、腰のところで紐で結んだ。ここへ来るまでのハルヤの服装だ。もちろん素足だった。

 馬糞を拾い、長い柄のついたフォークで藁を敷き詰める。やはり非力なハルヤにはなかなかに重労働だ。

しかし、馬小屋の管理をしている爺さんが優しい事や、様々な馬たちに触れ合う事は楽しかった。

プライドの高い上級メイド達には屈辱の仕事なのかもしれないが、ハルヤには楽しくて気が晴れる仕事だった。


「すまないが、馬を出してもらいたい」


 ハルヤが素足で馬糞を踏み、転んで藁だらけの髪の毛になったりしていると聞き覚えのない男の声がした。


「ああ、グンター様」


馬小屋の爺さんがそう答えた。馬小屋の入り口には見慣れない男が立っていた。

ウェーブのかかった金色の長い髪に青い瞳。細身の長身で、深いネイビーの色艶からしても如何にも高級そうな服を着ていた。

上流階級ってやつか。ハルヤはまるで珍しい物でも見るように男を眺めていた。


「君は?見かけない顔だね」


男はハルヤの視線に気づき、ハルヤの方を見て声をかけてきた。


「新しくお屋敷に入りましたメイドです」

「メイドなのかい?」


グンターとかいう男は不思議そうだった。そうだろう。メイドが布一枚に素足という格好で馬小屋の掃除をしている方が変だ。

グンターは興味深そうにハルヤの方に歩いてきた。ハルヤは自分の酷い格好と、この男と関わると色々面倒そうだ、という気持ちから後退りした。

 グンターはハルヤの顔をじっと覗き込んだ。

「キモい」ハルヤはそう思った。体は女性でも心は男性だ。美形でもお金持ちでも上流階級でも、男には心惹かれない。

ハルヤはグンターの事を無視して馬小屋の手入れを始めた。

それでも食い下がるグンター。早く離れろ、と思いながらハルヤは壁の方を向いた。


「グンター様、馬の用意が整いました」


外から爺さんの声が聞こえた。


「あ、ああ。今行くよ」


そう言ってグンターは外へ向かっていった。助かった。ハルヤはほっとした。

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