ハルヤの気分はずっと晴れないままだったが、時間はそんな事とは無関係に過ぎて行き、初日の仕事は終わった。

ハルヤは自室に戻りメイド服を脱いで壁にハンガーでかけ、下着姿でベッドの上に横になった。

なにせメイド服以外の服は無い。だから自室では下着姿でいるしかない。

更に自室には何もない。蝋燭の付いた燭台が一つあるだけで、灯りはあっても他には何もないのでする事も特に無かった。

それでもこの世界に来てから初めてきちんとした寝具で寝れる。それだけでも嬉しかった。

 ハンネスはどうしているのだろう。ここに連れて来られた時以来姿を見ていなかった。

一緒に連れて来られたと言っても、別々の仕事を申し付けられ、二人の生活環境は違って時間軸はズレてしまっていた。

今のハルヤはエッダの監視下にある。もちろん自由は許されない。様子を見に行きたくてもそれは出来なかった。

まあ奴隷として今まで生きてきたのだし、厚遇だというこの屋敷なら上手くやっていけるだろう。少なくともハルヤよりは。

そんな事を思いながらハルヤが薄暗い中でぼんやりと天井を眺めていると、扉をノックする小さな音がした。

 音の主はカーラだった。

寝間着だろうか。白いふわふわとしたネグリジェのような格好をしていて、髪は下していた。意外と短くナチュラルボブのような髪型だった。

しかし暗いうえにカーラは下を向いたままで、その表情はよく見えない。

カーラは持った本を二冊差し出してきた。


「夜分にすみません」

「イリーナさんは文字が読めないですよね。こちらの本でゆっくり勉強してみてください」


そういえばこれまで文字の事を気にした事がなかった。ハルヤが本をそっと開けて見ると、そこには得体の知れない記号が記してあった。

この記号何度か見たような気がする。これが文字だったのか。ハルヤは頭を掻いた。


「小さな子供向けに書かれた物ですので、それほどに難しくないと思います」


カーラはさらっとそう言ったが、ハルヤには大学の教科書より難解に感じた。

 もう一冊はこの国の歴史が書かれた本で、中に一枚の地図が挟んであった。

この国の地図だ。それを見てやっと自分のいる世界が現実になったような気がした。

じっくり見てみたが、当然土地勘が無いので地図を見ても分からない。現在地はどこなのだろう。

それほど大きくは無い国のようで王宮のような建物を中心に放射線状に町が広がっていた。

 二冊の本を手渡すと、カーラは次に自分の足元に置いた小さな箱を取り上げてハルヤに渡した。

木で出来た箱の蓋を開けてみると、そこには小さな鏡と櫛が入っていた。


「身だしなみには気を付けてください。今日は初日ですので見逃してもらえましたが、エッダさんは身だしなみに厳しい方です。差し出がましいようですみません」


あれ以上厳しくなるのか。ハルヤはため息をついた。

何にせよこの部屋には何も無くて退屈すぎるから、カーラの持ってきたプレゼントはありがたかった。


「それでは。おやすみなさい」


カーラはそう言って踵を返し、戻っていった。階段の上から扉にカギをかける音が聞こえた。

 燭台をベッドに近づけ、横になって本を開いてみた。絵と文字が書かれていた。きっとこの絵に書いてある物の名前が書いてあるのだろう。

しかし、すぐに飽きてしまった。勉強は昔から嫌いだ。ベッドから起きたハルヤは今度は鏡を手にもって髪を梳かし始めた。

初めて鏡で見る自分の姿。

はっきりとした目鼻立ちにきりっとした目元。薄い唇に小顔でシャープな顔立ち。さらさらのクセの無いストレートロングの髪。自分で言うのもなんだが美少女だった。年端は十六、七くらいだろうか。

これは虐めがいがあるだろうな。ただでさえ格下の人間がご主人様の命令で無理矢理職場に入ってきて、しかも美少女だったら尚更イラつくだろう。

エッダやドリスがハルヤを攻撃する気持ちも少し分かった。

 鏡に写るハルヤの表情は厳しかった。眉間にくっきりと皴を寄せて、目は鋭く光っていた。

まるで厳しい自然の環境の中で生きる狼のようだった。

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