「ごめんなさい。私がきちんと説明しないばかりに」


 エッダたちが去った後に、カーラが俯いたまま沈んだ声を出した。

ハルヤはしばらく気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返していた。


「いや、こちらこそごめんなさい。俺が至らないばかりに迷惑をかけた」


 ようやく落ち着いたハルヤは、カーラを元気付けるためにも背筋を伸ばして力の入った声で答えた。

気まずい時間が流れ、二人とも少しの間無言だった。


「カーラさんは、上級メイドなんですか」


 沈黙を破ってハルヤが口を開いた。この重い雰囲気を切り替えたいという気持ちもあったが、何となく感じた素朴な疑問でもあった。


「はい、そうです。見習いですが」


質問の内容が唐突だったためか、カーラは顔を上げて少し明るい声で答えてきた。

 この世界についてハルヤは何も知らない。最初は夢だと思っていたのだが、ここまで来ると夢とも思えない。

良い機会なので、掃除をしつつこの世界についてカーラに教えてもらう事にした。


「イリーナさんはどこか遠い国から来られたのでしょうか」


カーラの質問にハルヤは少し動揺した。自分はやはりこの世界の人とは違う何かがあるのだろうか。


「そうですね。ずっと遠い所から来ました」


本当の事ではあるが、ぼやけた返答をした。異世界から来たと言っても信じてもらえないだろう。

 カーラはなぜ遠い国から来たと思ったのだろうか。その理由はすぐに理解出来た。

この国は明確な階級社会で、その差はなんと髪の色と瞳の色で区別されていた。

上流階級は金色の髪に青い瞳。中流が金色の髪であれば全ての人たち。それ以外は全て貧困層や奴隷という極端な階級区分だった。

ただし、赤い瞳は不吉だとか災厄をもたらすとかいう理由で特別嫌う人が多いらしい。

そして職業は階級によって区別されている。上級メイドには中流以上の者しかなれない。金色の髪であることが最低条件。つまり金色の髪のメイドであれば、当然上級メイドという事だ。

上級と下級、そこはどんなに有能でも超えられないラインなのだ。

ハルヤは一気に気分が悪くなった。産まれた時の髪の色で人生が決まってしまうなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 上級メイドとは職業メイドの事で、募集に対して応募し、労働に対して給金が支払われる。

嫌なら退職する事も出来る。もちろん転職も出来る。ハルヤの以前いた世界と同じだ。

しかし、下級メイドはそれが許されない。食事等生活に必要な物は支給されるが、給金は出ない。自由はない。

それでもこの国には差別を悪習と考え、階級社会を変えようという動きもあるとカーラは言った。

その一人がこの屋敷の主人シャーゲルだという事だ。

エッダとドリスは逆の考え、言わば保守派で、この国ではそれが一般的なのだろう。

 更に男女差でも就ける職業に差があった。ハルヤからすれば随分と古い慣習だ。

その差は上流に行けば行くほど強くなり、女性はこうあるべきだ、男性はこうあるべきだという思想が強くあった。

 ハルヤは深いため息をついた。この世界、この国に大きく失望した。

階級社会の変革を求める動きもあるとは言ったものの、社会に深く根付いた文化を覆すのは簡単な事ではない事はよく知っていた。

だが、このままで良いのだろうか。この国がどうとかそんな大きなスケールの話ではなく、自分自身という最小のスケールの話である。

このままこの屋敷で下級メイドとして生きていくのか。銀色の髪というだけで差別を受けながら生きていくのか。

ハルヤはこの時から自分自身のあり方について、疑問が頭から離れなくなった。

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