3
屋敷の中に入ると、まずは自室を案内された。
メイド長のエッダの言う通り、ここの主人は奴隷に対して自室を与えるという厚遇をしてくれるようだ。
とは言っても、ギシギシと音の鳴る壊れそうな階段を下りた先にある地下室の一室だった。
地下室へ続く階段の入り口には、鍵のついた扉があった。つまり、鍵をかければいつでも監禁出来るという事だ。
地下には短い廊下があり、小部屋が四つほど並んでいた。
そのうちの一つがハルヤの部屋だ。残りは倉庫として使っているとの事だった。
当然部屋には窓は無く、蝋燭の火を灯さないと真っ暗だった。
黒ずんだ古い木製の床と壁。狭い部屋の中には使われないテーブルや椅子がいくつか積まれていた。
しかし、部屋の中はそれなりに綺麗にされてあった。
地下室という位なので、もっと汚くて埃だらけで蜘蛛の巣があって鼠が徘徊しているような部屋だと思っていた。
ぼろぼろの使い古されたベッドが一つ置いてあった。古いとはいえこれも掃除がされていた。
「一応お掃除しておきました。快適とはいえないかもしれませんが、ごめんなさい」
カーラは手に火の灯った燭台を持ちながらそう言った。
いちいち何か言うたびに謝る子だな。ハルヤはそう思いながら蝋燭の灯りでぼんやり照らされるカーラの顔を見ていた。
カーラはハルヤの視線に気づくと、恥ずかしそうに顔を背けた。
そして肝心の仕事についての説明を受けた。
ハルヤの仕事は掃除洗濯洗い物と、家事全般のような仕事だった。
ただし「下級メイド」である。メイドに上級とか下級とかある事に驚いたが、ようするに他のメイドの下働きである。
都度カーラに指示を受け、勝手な事はしないようにと言われた。立ち入り出来る区域も厳しく制限された。
厚遇とはいえ、やはりそこには明確な格差が設けられていた。
しかし残念ながら、ハルヤは掃除も洗濯もまともに出来る自信がなかった。
以前いた世界では洗濯は洗濯機がしてくれたし、掃除はそもそもほとんどしなかった。
唯一洗い物は出来たが、それとて「出来ている」といえる程のものか怪しい。
「すみません。イリーナさん、まずはお掃除をお願いします」
そう言ってカーラは長い柄のついた大きな箒を渡してきた。それと、木製のバケツに大きめの布。雑巾として使えという事だろう。
指定された区域は一階の一部だった。それ以外の場所は立ち入り禁止だ。
長い廊下にいくつもの扉があった。まずは廊下を箒で掃いた。これで正しいのかどうか分からないが、適当にやってみた。
「貴方は掃除もまともに出来ないの」
背後からとげとげしい口調の早口の声が聞こえた。
ハルヤが振り向くと、そこにはしかめっ面のエッダが立っていた。
「仕方ないですよ。奴隷ですもの」
その後ろからハルヤを蔑む声がした。もう一人のメイド、ドリスだ。
その表情から、この二人は明らかにハルヤを蔑視していることが感じ取れた。
「本当に使えないわね。カーラ、しっかり躾なさい」
エッダの強い口調に、カーラは「申し訳ありません」と下を向いたまま力なく返答した。
ハルヤは思わずエッダに手を上げそうになった。
しかし、手を上げたらきっと牢獄へ逆戻りだろう。そして、また売られるのだろう。
エッダの話からすると、シャーゲルという人物は奴隷にかなり好意的な人物のようだし、もしここを追い出され売られたら、少なくともここ以下の待遇になる事は間違いないだろう。
それに、大人しいカーラが責任を負わされてしまうかもしれない。最悪虐待を受けるかもしれない。
そう考えるとエッダに手を上げる事は出来なかった。
ハルヤはそっと手を下げ、頭を深く下げた。
「申し訳ありません。努力いたします。お許しください」
悔しくて声が震えていた。
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