第一章

 太陽の光は優しく降り注ぎ、風はそっと頬を撫でた。

馬車は石畳の通りをゆらゆらと揺れながら進む。まるで揺り籠のように。

その心地良さからか、或いは囚人から解放された安堵からか、ハルヤはウトウトと眠ってしまった。

時折目を覚まし景色を見ると、そこには今までと全く違う景色が映し出されていた。

よく整備された平坦な通り、色とりどりの綺麗な建物。道行く人々は姿かたちは様々ではあるが、皆小綺麗な姿をしていた。

どこへ連れて行かれるのかは分からないが、ほんの少しの間の平穏な時間をハルヤは楽しんでいた。


「着いたぞ」


 馬車を操っていた御者の声で目が覚めた。

辺りを見回してみると、綺麗な芝生の庭と赤茶色の屋敷が目に入った。

少し古い屋敷のようだが、綺麗に手入れされてた。芝生も手入れされているようだった。

ハルヤがきょろきょろとしていると、御者は荷台の方にやってきて両手の紐を外してくれた。


「降りろ」


言われた通り、ハルヤは馬車の荷台から軽やかに飛び降りた。続いて19が大きな体でどすん、と飛び降りた。

ハルヤがきつく紐で縛られたせいで赤く跡が残っている手首をさすっていると、御者はまた御者席に戻り、後ろを振り返りながら言った。


「すぐにメイド長が来るだろう。それまでそこで待っていろ」


そして前を向いたかと思いきや、またすぐに後ろを向いた。


「ここは周囲の柵に魔術が施してあるぞ。逃げようと思わない方がいいぞ」


そう言って御者は馬車をどこかへ操っていった。

 メイド長っていう位なのだから、メイドが複数存在する屋敷なのか。お金持ちなんだろうか。

よく手入れされている屋敷や庭を見るときっとそうなんだろうと思えた。

それと「魔術が施してある」という事は、この世界には魔術或いは魔法が存在するようだ。

ゲームの世界やアニメの世界ではよく見たが、実際はどんな物なんだろう。

想像しようとしたが、想像しても無意味なので止めた。

 ハルヤの隣に無表情のままじっと立って動かない19の方を向いて話しかけた。


「お前の本当の名前は何て言うんだ?」


19はハルヤの方を向いて、不思議そうな顔を浮かべた。


「俺の名前は19だ」


ハルヤの質問の意図が伝わっていなかった。もう一度内容を変えて話した。


「それは番号だろ?そうじゃなくて、本当の名前だよ」


19は困惑したような顔をしていた。ハルヤは続けた。


「ほら、ハンネスとかそういう感じの。名前」


「ハンネス」はハルヤが以前プレイしたゲームに登場する架空の人物の名前だ。適当な例えとして思いつくままに名前を出した。


「俺は産まれた時から、そういう名前は無かった。ずっと番号で呼ばれてきた」


ハルヤは19の返答に驚いた。ずっと番号で呼ばれていた、という事はずっと奴隷として生きてきたという事だろうか。


「ずっとこういう生活をしてきたのか?」


ハルヤの質問に、19は大きく頷いた。


「今まで誰も名前を付けてくれなかったのか」


その質問にも19は大きく頷いた。

 奴隷には名前を与えない世界なのか。なかなか厳しい世界だ。ハルヤはそんな慣習にイラついた。

差別するにしても酷いやり方だ。綺麗な通りと街並みの裏には汚い世界がある事を簡単に想像出来た。


「じゃあ、俺が名前を付けてやるよ。ハンネスでどうだ」


ハルヤは先刻のゲームの登場人物の名前を挙げてみた。

19は微笑みながら答えた。


「いいな。気に入った」


ハルヤもにっこりと笑った。

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