5
ハルヤと19は、何も言わずずっと黙ったまま時間が過ぎるのを待っていた。
薄暗い牢獄でそれ以上何かを話す気にもなれなかった。目を閉じ下を向いてじっとしていた。
突然、暗く冷たい部屋に眩い光が差し込んだ。
牢獄の重い鉄製の扉がいかにも重そうな軋み音と共に開いた。あまりに眩しくて視線を扉の方から逸らした。
「立て」
強い口調で扉の方から声がした。目を細めて扉の方を見ると、そこには大きな男が立っていた。
言われた通りに立ち上がると、大きな男がゆっくりと牢屋の中に入ってきた。その後に続けてもう一人が入ってきた。
「手を出せ」
言われた通り両手を前に差し出すと、男は手に持っていた紐で両手を縛った。ここに連れて来られる時に縛られたのと同じように。
「歩け」
無感情に男は命令した。男に引かれてハルヤは歩きだす。暗く冷たい牢獄から明るい通路に出た。
牢獄の中でどの位の時間が経っていたのか分からない。今は昼間なのだろうか。
牢獄の中と同じレンガで作られた通路だったが、大きな窓が開いていて明るかった。窓から直接太陽の光が入った。太陽の低さから朝なのだろうか。
足の痛みはすっかり消えていた。ずっと牢獄で座っていたうちに回復したようだ。しかし、素足のままなのでレンガの冷たい感触はあった。
ふと後ろを見ると、もうひとりの男に引かれて19が連れられていた。どうも二人とも同じ場所に連れていかれるようだ。
少し歩いては角を曲がり、また少し歩いては角を曲がった。随分複雑な構造の建物だ。
やがて大きな観音開きの扉の前にやってきた。ハルヤを引いていた男が声をかけると扉は内側からゆっくり開いた。
扉を抜けると大きな部屋に出た。この部屋は床が木製だった。レンガに比べれば大分マシな感触だ。
見渡してみると、広い部屋で中には様々な人がいた。ハルヤにとってはこの世界で初めて見る服装の人たち。
見るからに上級そうな服装の人たちが複数、木製の椅子に座っていた。お揃いの鎧を着た人たちがその周りを取り囲む。
ハルヤを引いてきた男も同じ鎧を着ていた。看守だろうか。一様に皆腰に剣をぶら下げていた。
部屋の隅に他の囚人と並ばされた。全部で8人ほどでこちらはこちらで様々な服装をしていた。ただ、皆ぼろぼろの汚い服装だった。
19はハルヤの隣だった。何も言わずに静かに前を向いていて、無表情で悲しみも苦しみも感じられなかった。
囚人たちは端から一人ずつ前に立たされ、その場でくるくる回ってみせたりした。
恐らく客である椅子に座った人たちに「商品」を見せているのだろう。
ハルヤも順番になると同じように前でくるりと回った。屈辱的な事だが、不思議に何も感じなかった。
ここまで来るともう、なるようになるしかない。そんな諦めとも覚悟ともいえる感情がハルヤの中にあった。
全員終わると一人の男が箱のような物を持って会場を回った。その箱に、椅子に座った人たちが何かをメモした紙を入れていた。
入札だろうな。ハルヤはそう思った。
果たして自分はどうなるのだろう。売れたのだろうか。売れ残って牢獄に逆戻りだろうか。
じっと正面にいる椅子に座った人たちを眺めていた。
しばらくしてハルヤはまた鎧の男に引かれて歩かされた。先ほど入ってきた扉が開き、大部屋から通路に出た。
来た方向とは逆の通路に歩き出した。気になって後ろを振り返ると19も続いていた。
そしてそのまま建物の外に出た。明るい太陽が頭上を照らし、綺麗な青空だった。
捕らわれる前、ハルヤがこの世界で目を覚ました時よりも暖かい日だった。
所々芝生が剥げ土が出てまだら模様のようになっている広い場所を歩き、一台の馬車の前に連れ出された。
どうやら売れたらしい。どんな所に売れたのかは知らないが、少なくとも暗く冷たい牢獄に戻らないだけ喜ばしい。
馬車の荷台に乗るように指示されたが、荷台は高く、ハルヤは背が小さかった。
きっとこの体なら軽々と飛び乗れるのだろうが、両手を縛られたままではバランスが取れずそう簡単にはいかない。
「早くしろ」
なかなか飛び乗れないでいると、後ろから背中を鎧の男に思い切り蹴られた。
ゴホゴホと咳き込んでいると、今度は後ろから19が両手でハルヤを支えてくれた。
そうしてようやく馬車の荷台に乗り込んだハルヤと19は、逃げられないよう両手の紐を馬車に固定された。
ハルヤは19の方を向いて話しかけた。
「一緒だな」
19はその声を聞いて、大きな目でハルヤの方を見てニコリと笑った。
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