第69話 決着
全てを焼き尽くすホムラの炎が闇を切り裂き、レーゲンスの身体を内側から燃やし尽くしていく。
ひび割れた鎧の隙間から、食い破られた瘴気の切れ目に至るまで、ありとあらゆる空間から断罪の炎が入り込む。
そして、天にも昇るかと思うほどの火柱が立ち上り、その焔は悪意の根源たる瘴気を食らい尽くしていった。
「が…ぁぁぁぁぁああああああ!!」
瘴気を抑え切れなくなった黒の獣は、燃え盛る火炎の中で悲鳴にも似た叫び声をあげた。
粉々に砕かれた鎧からは暗い光と濃縮された瘴気が漏れ出し、見る見るうちに膨れ上がっていく。
「ァァァァァァァァアアアアア!!!」
崩壊、そして、爆発。
断末魔とともに凄まじいエネルギーが一気に拡散し、全てを薙ぎ払うように凄烈な衝撃波が迸る。
「――――――――ッッッ!!」
技を放ったユズルも押し寄せてくる衝撃に巻き込まれ、広間の隅まで吹っ飛ばされた。
黒の瘴気は跡形もなく消し飛び、視界を覆うように舞い上がる大量の黒煙と、衝撃波によって生まれた土煙が混ざり合って広間を覆い尽くす。
そして、広間の至る所に巨大な亀裂が走り、度重なる戦闘の衝撃でついに天井が崩落を始めた。
「ユズル様〜っ!やりましたよ!」
「姉さん、さっきの反動でボロボロなんだから無茶しない!」
緊張の解けたヒオリが主の名を呼びながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びの声を上げる。
そんなヒオリを追いかけながら、ミツキが少し気遣うように、口を尖らせて鋭い声で注意をする。
二人とも青い炎の反動で疲労が溜まっているはずだが、それを全く感じさせない屈託のない笑顔を浮かべていた。
(やっと、終わったんだ……)
ユズルはそんな従者たちの姿を地面に座り込みながら眺めていた。
このホムラの地に巣食っていた虚霊の“主”を討ち果たし、ようやく平和がやってくるのだ。
「あはは……まったく、お前たち何やって―――」
そして、少しの間ユズルは子どものようにはしゃぐ式の二人を見ていたが、すぐに違和感に気付いた。
それは視界の奥―――衝撃の爆心地。
そこから、消し飛ばされたはずの黒の鼓動が、微かに、けれど、確実に響いていた。
(これは…まさか…!)
レーゲンスがいた場所。聞こえないはずの虚霊の気配。
それが示す意味にいち早く気付いたユズルは、神威の反動で疲れ切った身体に鞭を打ち、なりふり構わず叫んだ。
「二人とも下がれっ!奴はまだそこにいる!」
気配を感じる。ドッドッドッとうるさいほどに心臓の鼓動が頭に響く。
それとともに、背筋に突き刺さるような悪寒と殺気が襲いかかってきた。
ユズルは素早く立ち上がり、ヒオリとミツキを後ろに下げながら、その気配を迎え撃つように刀を強く握りしめる。
そして、その視線の先―――立ち込める黒煙の中からゆっくりとレーゲンスが姿を現した。
「そんな……っ!?」
レーゲンスの姿を見た瞬間、ヒオリが思わず驚愕の声を上げる。
あれだけの焔をその身に受けて、塵になるどころか、未だに身体が残っていること自体が驚きなのだ。
けれど、その姿は健在とは言い難いほど痛々しく、多くの深い傷跡が刻み込まれていた。
皮膚は紅黒く爛れ、至る所に火傷の痕が色濃く残っている。
そして、鉄壁の守りを誇り、全身を覆っていた瘴気の鎧は全て粉々の塵となって消えていた。
まさに満身創痍であり、かろうじて命を繋いでいるようなものだ。
――――だが、その眼だけが違っていた。
ギロリと紅く光る双眸は、決して衰えてはいなかった。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
荒い息を吐きながら、虚霊の王―――レーゲンスは天を見上げるようにして広間の中心に立っていた。
全身に傷を負い、もはや威厳など全く感じられない。けれど、それでも倒れることはなかった。
そして、突然堰を切ったように笑い声を上げ始める。
「フフ…ハハハっ…!私としたことが、こんな惰弱な力に支配されていたというのか…!」
レーゲンスはその意志を取り戻していた。
大半の瘴気は先ほどの炎で消し飛んだが、僅かに残っていた瘴気をレーゲンスがまとめ上げ、その身に取り込みことで命を繋いだのだ。
そして、それはレーゲンスが自らの意志で瘴気を操ることに成功した証でもある。
「だが、もう支配されることはなどない。私は私だ。神を超える存在になる者だ。そして、だからこそ、私は君を打ち倒さねばならない」
レーゲンスは変わらぬ瞳で、まっすぐにホムラの神を見つめた。
そして、手に持つ漆黒の槍へと一気に瘴気の力を集中させる。
今までのような浮ついた瘴気の集合体ではない。瘴気を固形化せず、純粋な力として収束させているのだ。
「くっ…………!!」
渾身の一撃を以てしてもレーゲンスを仕留め切れなかったユズルの表情が焦燥感に歪む。
今から飛び込んでもレーゲンスの攻撃を止めることはできないうえに、躱そうにも、ユズルの背後にはほとんど身動きが取れない式の二人がいる。
つまり、力を使い果たす寸前の状態で、レーゲンスの攻撃を受け止める必要があるのだ。
「この槍、この雷の一撃を以て、我が存在の威を示す」
天を貫く黒雷が、レーゲンスの掲げた漆黒の槍へと降り注ぐ。
解き放たれた藍と黒の雷は互いを食い合うようにして混じり合い、何者をも寄せ付けない雷撃へと姿を変えた。
その一撃は、確固たるレーゲンスの意志が作り出した、覚悟の一撃である。
「――――そうか。でも、俺は負けられない」
レーゲンスの力を目の当たりにして、ユズルは迷いを捨てた。
受け止めるのではなく、打ち破ればいい。
「――――――――――」
ユズルは目を閉じて、静かに己の内側にある鼓動を感じ取った。
心の中央にある煮え滾る原始の炎を燃やす。暴力的で、狂気的な負の感情もごちゃ混ぜにした、ありのままの感情の炎をぶつける。
苦しかった想いも、楽しかった想いも、自分の中に生まれたあらゆる感情を燃やし尽くす。
そして、それを全て余すところなく白銀の刃へと流し込んでいく。
「「はぁぁぁぁぁあああああ!!!!」」
白く輝く神威と黒く染まった瘴気の波動がぶつかり合うように、その勢いを増していく。
両者ともに極限まで高めた力を、ただ真っ直ぐに己が武器へと注ぎ込んでいた。互いに敵を打ち破るための究極の一撃を放つために。
そして、先に動いたのはレーゲンスだった。
『我が根源たる黒の雷よ。神々にその威を示し、遥か果てまで鳴り響け!!』
槍の切っ先に集中していた藍と黒の電撃が重なり合うように漆黒の奔流となり、溢れんばかりに滲み出る。
『黒雷槍!!』
槍から放たれた雷撃は唸り声を上げながら、龍の姿を模っていく。
打ち砕くべき相手は、神。その雷の貫く先は、その心臓。
レーゲンスが放った渾身の雷撃は、ただ真っ直ぐにホムラの神へと向かっていった。
「―――――この力、この魂は、彼の者たちの為に」
祈るように、言葉を紡ぐ。
目を閉じたまま、静かに刃を振り上げる。
「―――――燃ゆる業火は全てを焼き尽くし、彼方まで照らす命の灯とならん」
極限まで収束された炎が折り重なり、一つの焔となる。
「―――――今こそ天を穿ち、全てを打ち砕く刃と成れ!!」
目を見開き、全てを解き放つ。
「焔神威斬!!」
煌めく炎と輝く光が重なり合うように刃を模り、極大の斬撃となって放たれる。
全てを燃やし尽くす神の炎が、神の敵――虚霊の王へ向けて迸った。
「――――――――」
衝突。
深い闇を放つ龍の雷撃と眩い神の炎の斬撃がぶつかり合い、凄絶なせめぎ合いを展開する。
龍の雷撃は炎の斬撃を食い破ろうと雄叫びを上げ、神の炎は闇を打ち払うべく龍を燃やし尽くそうとしていた。
その中で、ユズルは必死に炎を支えていた。
確実に限界は超えていた。それでも、ユズルは神威を放ち続けていた。
全ては勝利のため。そして、自分を支えてくれる人たちを守るため。
――――皆が身体を支えてくれている。背中を押してくれている。
それだけがユズルにとっての救いであり、何よりも力を与えてくれるものだった。
そして、ユズルはそれに導かれるように、叫んだ。
「いっっけぇぇぇぇええええ!!!!」
燃え盛る神の炎が龍の雷撃を飲み込み、全てを焼き尽くす。
そして、全てを飲み込む大爆発が起こった。
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