第68話 決戦(2)

「ぬぅぅぅ…っ!取るに足らない雑魚共が…小癪な…ッ!!」


レーゲンスは苛立ちを口に出しながら起き上がり、その感情のままに紅黒いオーラを全面に展開する。

常人であれば恐怖心に煽られて身動きすら取れない常闇の霧が、ユズルたちを飲み込むように広がっていく。

だが、炎を携えた襲撃者たちは一切躊躇う素振りを見せないまま、身の毛のよだつ霧を突っ切っていった。


「せりゃぁぁぁあああ!!!」


紅黒いオーラを切り裂くように、先頭を走るヒオリが大剣を横一閃に薙ぎ払う。

その剣先から放たれた煌めく炎は闇を振り払うように燃え広がり、広間を煌々と照らしていった。

そして、ヒオリの脇を駆け抜けたミツキが、地を蹴り上げ、跳躍する。


「ふっ――――――!!」


連打に次ぐ連打。

姉の切り開いた道をくぐり抜け、目の前に立ち塞がるレーゲンスへ向けて、目にも止まらぬ速さで拳を振り抜いていく。

その一撃一撃が漆黒の鎧を揺るがし、その分厚い装甲へ確実にダメージを与えていった。


「ぐぅぅぅ…っ!!」

「はぁぁぁぁぁあああああ!!」


苦しむレーゲンスへ畳み掛けるように、ヒオリが大剣を叩きつけるように振り斬る。

眩い炎が漆黒の鎧を焦がし、鋭い刃が傷を残していく。

青い炎を纏った神の使いたちは生き生きと、そして、力強く舞っていた。


青く煌めく炎を纏った剣と拳。

レーゲンスは目で追うこともままならない凄絶な連撃に翻弄されていた。

拳を追えば刃が、刃を追えば拳が雨のように降り注ぐ。

反撃をする余地すら与えない華麗な連携を前に、ただただ防戦一方を強いられる。

目を見張るほどの攻撃を受け、レーゲンスの紅色の眼が驚愕に歪んでいった。


「―――――なんだ!?」


つい先ほどまで赤子を捻るように倒していたはずの敵が自分を圧倒している。

身を引けば背後から、槍を振るえば脇から、止め処なく乱打が撃ち込まれ、まともに身動きすら取れない。

速度、威力、身のこなしまでもが以前とは一線を画すほどにレベルアップしていた。


「―――――どうなっている!?」


虚霊の王は戸惑いを隠せずに叫んだ。

青い煌めきに翻弄され、狼狽えることしかできない。

目の前にいる敵は、たしかに一度蹴散らしてみせた相手のはずだった。自分に心を折られ、屈服し、命を奪う寸前まで追い詰めていたはずだった。

けれど、そんな敵が、いま、自分を凌駕している。

技を以てしても、力を以てしても、迫りくる攻撃を振り切ることができないのだ。

そして、そこへ追い打ちをかけるように、その従者たちの主たる者が飛び込んでくる。


「俺たちの力を思い知れ」


ユズルは従者が切り開いた道を悠然と駆け抜け、燃える炎を全身に滾らせた。

ただ真っ直ぐに、誰よりも速く、何よりも鋭く。

視界が霞むほどの速度で矢のように疾駆しながら、白銀に輝く刃に眩いほどの爆炎を纏わせる。

そして、傷付いた漆黒の鎧へ向けて、あらん限りの力を以て振り下ろした。


「―――――――――ッッッ!!?」


閃光。

凄まじい衝撃と炎がレーゲンスを襲い、その巨体が軽々と吹き飛ばされる。

大剣と拳によって傷付いていた鎧にはひびが入り、蓄積されたダメージが徐々に表面に顕在化してきていた。

そして、鎧の隙間を貫通してくる灼けるような痛みに、レーゲンスは苦悶の表情を浮かべる。

一つ一つの攻撃が重いだけでなく、集中的に重ね合わさるように繰り出されているのだ。

あれだけの連撃の中で、そこまで巧みに連携をしてみせる。その戦闘技術の高さは異常と言ってもいいだろう。

そこにあるのは偶然ではなく、愕然たる力の差。

ホムラの地に君臨していた虚霊の王は、確実に追い詰められていた。


「もう一度だッ!!」

「「はっ!!」」


ユズルの言葉に応えながら、ヒオリとミツキは息をつく間もないままに再び跳躍した。

レーゲンスを置き去りにするほどの連撃を繰り出し、漆黒の鎧を打ち砕くほどの威力を発揮してもなお、二人は息切れることなく戦い続けていた。

それを可能にしているのが、青い治癒の炎による強制的な能力向上。

レーゲンスが纏う漆黒の鎧を打ち破るための秘策だった。

これを狙うために、あらかじめユズルは有り余る炎の力をヒオリとミツキに纏わせておいたのだ。

それは二人がもう一度立ち向かってくれることを信頼しての賭けであり、自分の力だけでは勝てないと素直に認めることができたユズル自身の成長でもあった。


「「はぁぁぁぁぁああああ!!!」」


ヒオリとミツキは雄叫びを上げながら、傷付いた虚霊の王へ向けて、再び連撃を繰り出していった。

だが、これだけの力を発揮するということは、当然ながら時間の制約と途轍もない反動がある。

この状態を維持できるのも、一分二分といったところだろう。

そして、もう一度二人に付与する余裕は残っていない。つまり、この連撃で無類の防御力を誇っている漆黒の鎧をこじ開け、そこへ強烈な一撃を叩き込む必要があるのだ。

だが、圧倒的な力を持つレーゲンスも黙ってやられるわけがなかった。


「我々が、この地を統べるべき存在が、こんな神ごときに負けてなるものか――――!!」


レーゲンスが遮二無二漆黒の波動を解放する。

来る者を拒むように、肌を突き刺し、突風を巻き起こすほどの凄まじい衝撃波が広間を飲み込む。

そして、レーゲンスは迫りくるヒオリたちを迎え撃つように槍を振り払った。

叩き潰すような凄絶な斬撃が今まで以上の速度で放たれる。


―――――だが、神の使いたちが見せた連撃がそれを上回った。

ヒオリとミツキは衝撃波を物ともせず、全ての斬撃をかいくぐり、真っ直ぐに突き破っていった。


「「はぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」」

「ぐぅぅぅ…っ!?貴様らぁぁぁああああ!!」


正面、側面、背後、死角に至るまで目にも止まらぬ斬撃と打撃が繰り出され、レーゲンスの纏う漆黒の鎧に亀裂が走り始める。

反撃の機会を完全に潰され、頼みの綱であった瘴気の力も打ち砕かれたレーゲンスに、それを補うだけの余力は残っていなかった。


「ユズル様ッ!!」「主様ッ!!」


ヒオリとミツキが鋭い声で主の名を呼ぶ。

ユズルはその声が聞こえる前に、地を蹴り上げ、走り出していた。

神の使いたる式がこじ開けた、唯一無二の好機。これを逃す手などありはしなかった。


「―――――――――――」


音も、風も、全てを置き去りにして、ホムラの神は疾駆した。

その身には凛凛と炎を湛え、その手には煌々と輝く神威の刀を携え、ただ真っ直ぐに眼前の敵へと突貫していく。

そして、その勢いに身を任せ、真っ赤に燃える刃を振り下ろした。


「これで終わりだぁぁぁああああ!!!」


大爆発。

神威の刃は爆炎の中を突き進み、従者たちが開いた道をなぞるように漆黒の鎧へと突き刺さる。

それはまさに“ホムラの炎”と呼ぶにふさわしい烈々たる灼熱の炎だった。

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