第67話 決戦(1)

さらに膨れ上がった瘴気はレーゲンスの身体を覆う鎧となり、綻び始めていた傷痕を覆い隠していった。

それによって、ただでさえ巨大化していた身体はより肥大化していき、ユズルよりも一回り大きくなっていた。

闇が闇を覆い、さらなる深淵を生み出していく。

その姿は、まさにホムラの負の感情を凝縮したように歪で、どうしようもなく異様だった。


「また神の戯れ言か…!いつまでその強がりが保つか見物だな…!」


レーゲンスは感情を剥き出しにし、もはや苛立つ様子さえ隠そうとしない。

瘴気を取り込み過ぎた結果なのか意識が混濁しているようで、ユズルには意味の分からない言葉や出来事について話す様子も見受けられる。

けれど、そんな異様な姿を曝け出す敵を目の前にしても、ユズルは至って冷静だった。


「強がりじゃないさ。お前にもすぐにわかる」

「そうか……ならば、見せて貰おう――――!!」


レーゲンスは地面に亀裂が入るほど力強く蹴り上げ、音を置き去りにする速度で疾走した。

肥大化した鎧を纏っているとは思えないほど俊敏な動きを見せ、瞬く間にユズルのすぐ脇へと到達する。

そして、その勢いのまま振るわれた槍は漆黒の軌跡を描き、真っ直ぐにユズルの首元へと向かっていった。


「――――――ッ!!」


食らえば確実に死を迎える絶対の一撃。

それを迎え撃つように、ユズルはとっさに炎を束ねて勢いを殺そうとするが、絶大的な威力を誇る漆黒の槍を前に、まるで紙きれのようにあっさりと断ち切られてしまう。

そして、バラバラに散った無数の火の粉をくぐり抜け、漆黒の刃が迫りくる。


「ぐっ………!!」


そのまま直撃するかと思いきや、ユズルは僅かに槍がブレた隙を突き、刀で受け流すように後ろへ逸らすことで何とか躱してみせる。

反応速度がいいというよりは、もはや曲芸の領域だ。


(速度は大したことはない。問題は威力か…)


ユズルは一歩間違えれば死に瀕する一撃をギリギリで躱しながらも、しっかりとレーゲンスの力を見極めていた。

もちろんいかに絶大な威力を誇っていても受け止めてしまえば、火炎による波状攻撃の起点にすることもできるのだが、あえてユズルはその選択をしなかった。

なぜなら、先ほどよりもさらに力が増した一撃を正面切って受け止めるのは、今のユズルと言えどもリスクが高過ぎるからだ。

それに、無闇に神威の炎を使えば、やがて自滅を招くことにもなりかねない。もう負けられない戦いにおいて、それは最もしてはならない愚策だろう。


「どうした!そんなものか、神の力は!」


レーゲンスはユズルが攻撃を受け止め切れないと見抜き、追い立てるように次々と斬閃を繰り出していった。

上から、横から、下から、黒い斬撃の雨が降り注ぎ、煌めく炎の輝きをかき消さんと迫りくる。

絶大な威力を見せつける連撃を前に、ユズルは防戦一方に追い込まれるかと思われた。


「はぁぁぁぁあああああ!!!」


だが、ユズルは咆哮とともに炎を全身に纏わせ、レーゲンスの意表を突くように全ての斬撃を刀ではじき返してみせた。

はじかれた衝撃でレーゲンスの槍が無防備に浮き上がる。

そして、濡羽色の斬撃と真っ赤に燃える炎の中を、白髪が駆け抜け、白銀の刃が切り裂いていく。


「なに……っ!?」


予想外の反撃に、レーゲンスが驚愕の表情を浮かべ、思わず声を上げた。

その声を置き去りにするように、ユズルは少し引いていた身を一気に前傾姿勢にして、大きく一歩踏み込む。

そして、その勢いのまま両手を前にかざし、神威を集中させて叫んだ。


「燃え尽きろ!!」


幾重にも編み込まれた炎の奔流が放たれる。

タイミング、速度、威力。どれを取っても申し分ない。

神威の炎を凝縮させた巨大な火炎は群がる闇を焼き払いながら、レーゲンスを飲み込まんと大きく口を開けた。


「二度も同じ手は食わぬ!」


至近距離で放たれた特大の炎弾を前に、レーゲンスはその攻撃を予想していたかのように紅黒いオーラを前面に集中させ、真正面から受け止めに行く。

直後、深い深い闇の力と煌めく炎がぶつかり合い、凄まじい爆発を引き起こした。


「――――――――」


眩い閃光とともに地面には亀裂が走り、その衝撃に広間全体が揺れ動く。

――――だが、濛々と立ち込める煙の中から姿を現した漆黒の鎧は僅かに焦げ付いただけで、その装甲はまるで傷付いていなかった。


「やはり、決め手にならないか…」


ユズルは少し距離を取りながら、冷静に分析する。

おそらくあの瘴気の装甲を砕くには、鎧に傷を入れてから、さらに強烈な一撃を叩き込む必要があるだろう。

また、たとえ破壊したとしても再度瘴気を取り込むことで修復される可能性があるが、それは限りなく低いとユズルは考えていた。

いくらレーゲンスとはいえ、無尽蔵に瘴気を取り込めるわけでもなければ、瘴気が無限にあるわけでもないからだ。

既に人格が崩壊してきていることからも限界間近であることは確かだろう。


「温い温い!!全く話にならんぞ!!貴様如きの力では、我々の怒りを焼き払うことなど到底できまい!」

「たしかに、今の俺ではお前の鎧を突き破ることはできないかもな…。けど、俺は負けない」


レーゲンスが意気揚々と煽り立ててくるが、ユズルは至って冷静に答える。

その眼は決して揺らぐことなく、ただ真っ直ぐに己の行く道を見定めていた。


「ぬかせ―――――!!」


苛立つように雄叫びを上げ、地を砕き、レーゲンスが激走する。

有り余る紅黒いオーラをその身に滾らせ、神を討ち取らんと槍を振り上げた。

――――だが、その槍がユズルに届く一歩手前で、突如として飛び込んできた強烈な攻撃によって、レーゲンスは後方へと吹き飛ばされた。

鎧を纏った漆黒の巨体が宙を舞い、地面を削りながら滑るように転がっていく。


「ぐぅぅ……ッ!なんだっ!?」


倒れ込むレーゲンスの前に立つは、一対の式。

方や燃えるような紅色を身に纏いて身の丈ほどもある大剣を携え、方や静かなる夜色に身を包み、鈍く光る手甲を身につけていた。


「――――――言っただろ?俺は独りじゃない、って」


ユズルは見なくてもわかっていた。彼らの鼓動をいつも感じていたのだから。

誰よりも真っ直ぐに信頼してくれる者と、誰よりも陰で支えてくれている者。

ユズルには守るべき仲間がいると同時に、共に歩むことができる仲間がいるのだ。


「ユズル様っ!追いついたよ!」「申し訳ありません、遅くなりました」


ヒオリとミツキは急襲を終えると素早く後方へと身を引き、ユズルと並び立つように武器を構える。

その身にはユズルが纏わせた鮮やかな青い炎が今なお輝きを失うことなく煌めいていた。


「十分だ。このまま畳み掛けるぞ!!」

「「はっ!!」」


そして、ユズルの掛け声とともに、彼らは疾駆した。

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