第66話 ホムラの炎

俺はヒオリとミツキが離れるのを見届けると、広間の反対側にある大穴―――レーゲンスが激突した場所を見つめた。

土煙が立ち込める景色の奥に、瘴気を纏った男の姿を探し求める。


(タイミングは完璧だった。威力も申し分ない。けど―――)


あんな程度の攻撃で倒せるとは到底思えない。

俺は今までの戦いで、レーゲンスが持つしぶとさと闇の深さを思い知らされた。

さっき放った炎も決して手を抜いてはいなかったけれど、あの漆黒のオーラを焼き払うことは難しいだろう。


「―――――――」


そう考えた矢先、レーゲンスが巨大な岩石を蹴り上げ、大穴から舞い上がるように広間へと飛び降りてくる。

その身体を覆っている漆黒の鎧は、あちこちが焦げたように崩れかけてはいるが、やはりあの炎でも突き破ることはできなかったようだ。


「やはり、忌々しいホムラの炎…!!」

「さて、続きをしようか」


怒りを滲ませるレーゲンスへ向けて、俺はわざと余裕ぶってみせる。

見せつけるように纏う炎をちらつかせ、仰々しく白銀に輝く刀を構える。

しかし、実のところ、俺にも全く余力が残ってはいなかった。


(身体が熱い……)


燃え滾るような熱が止め処なく湧いてきていた。

命の鼓動を無理やり撃ち込まれたような、現実離れした熱量が身体の中を暴れているのがわかる。

凄まじい力だ。

俺自身にも全く理屈は分かっていないが、この炎によって目覚めることができたのだろう。

けれど、正直これだけの力をいつまでも留めておけるとは思えない。

もし暴走でもすれば、俺の身体を焼き尽くすだけでは済まされないだろう。

万が一の場合に備え、ヒオリとミツキには治癒の炎を纏わせておいた。少しすれば傷も癒えて、神威も回復するはずだ。

俺がそんな思案をしていると、目の前に立つレーゲンスが憎らしげに睨みつけてきた。


「フフ…まさかあの状態からホムラの力を継承するとは思いもしなかった」

「継承…?」

「知らないのであれば、それでいい。この地に蔓延る神への信仰心も、その忌々しい炎も全て私が吹き消すのだから」


レーゲンスはこの炎の力の正体を知っているかのように語るが、すぐに口を閉ざし、戦闘態勢へと移った。

“ホムラの力”そして“継承”とは、どういう意味なのか…。

俺がその言葉について考察する間を与えることなく、レーゲンスは一気にオーラを開放し、凄まじい速度で槍を振るった。


「―――――――」


衝撃。

俺はその鋭い一撃を刀で受け止め、真正面から力のぶつかり合いに応じてみせる。

ガギィンと小気味良い金属音が響き、生まれた振動が大気の中を駆け巡った。

そして、ぶつかり合った紅黒いオーラと輝くの炎は凄絶なせめぎ合いを繰り広げ、周囲に火花を散らせる。

やはり、重たい。けれど、今はもう抑えきれないほどじゃない。これなら…!


「はぁっ―――――!!」

「ぬぅう……ッ!?」


俺は力任せに槍を押し上げ、僅かにレーゲンスの姿勢が崩れた隙に、柄から左手だけを離す。

そして、その左手に燃えるような真っ赤な神威の炎を纏わせ、正面に向けて勢いよく解き放った。


「消し飛べ!」


煮え滾る赤の奔流がレーゲンスの身体を黒い瘴気もろとも飲み込んでいく。

―――――が、目の前に屹立する黒の巨体は倒れる気配すらなかった。


「生温い!!」


立ち上った煙を切り裂き、燃える火炎を耐え抜いたレーゲンスの蹴りが迫りくる。

予想外の反撃だ。

いや、それ以上に、あの攻撃をいとも容易く受け切られたのが衝撃だった。

それほどまでに力不足なのか…?それとも、奴が対策を講じてきたのか…。

なんにしても、ただ火炎をぶつけるだけでは意味がないようだ。


「くっ…………!!」


崩れた体勢の中で、なんとか手足を重ねて防御する。

直後、巨大な岩に激突したかのような凄まじい衝撃が全身を襲い、そのまま後方へと蹴り飛ばされる。

かなり無茶な防ぎ方だったが、幸い両手足は無事なようだ。

そして、空中で体勢を立て直そうとした瞬間、黒の鼓動の気配を微かに感じ取った。

とっさに纏っていた神威の炎を重ねるように真上に展開する。


「忌々しい炎ごと消えてしまえ―――!!」


黒い雷。

目を見張るような凄まじい槍の投擲が放たれた。

レーゲンスが俺を蹴り飛ばした直後に跳躍し、遥か上空から攻撃をしてきたのだ。

そして、幾重にも張り巡らされた紅蓮の炎と雷の如く研ぎ澄まされた槍の切っ先が衝突する。


「まだまだ………ッ!!」


俺は展開している炎の壁に神威をつぎ込み、全てを貫かんとする漆黒の槍を押し返す。

そして、煌めく炎と迸る雷がぶつかり合い、抑え切れなくなったエネルギーが拡散するように大爆発を引き起こした。


「うわ……っ!?」「ぬぅぅ…っ!?」


爆発の衝撃で、俺は地面を転がるように吹き飛ばされる。

同様にレーゲンスも爆風の煽りを受けたようで、お互いに体勢を立て直しながら睨み合っていた。


「そうだとも、全ては神が悪いのだ。我々を虐げることしか能が無い反逆者共が……憎い憎い憎い憎い!!」


レーゲンスは紅黒く濁ったオーラをより深い憎しみに染め、刺々しい波動をこれでもかとぶつけてくる。

見ているだけで吐き気を催すほど、ドロドロとした気持ちが悪い気配だ。

俺が少し見ただけでもわかるほど、明らかに意識が崩壊してきていた。


「瘴気に取り込まれてるのか…堕ちたものだな、レーゲンス。力に支配され、意志を失うなんて、お前が最も忌み嫌う行為のはずなのにな」


俺は憐れむような視線を、その哀れな虚霊の王へと送りつける。

リミットは長くない。

もしこのままレーゲンスの力が暴走を続け、瘴気を抑え切れなくなれば、溢れ出した力はあらゆる物を破壊し尽くすだろう。

最悪の場合、ホムラそのものが世界から消滅することになる。


「五月蝿いぞ!神の分際で楯突こうなどという愚か者が!」


レーゲンスが感情を抑え切れずに、纏う紅黒いオーラを止め処なく膨れ上がらせていく。

ホムラを懸けた神と虚霊の戦いは、もはやただの殺し合いになり下がっていた。

けれど、俺にはそんなことは関係なかった。

共に歩むと決めた仲間たちがいて、彼らを守るために力を振るう。それだけなのだから。


それに、ようやくこの力にも慣れてきたところだ。


「燃えろ」


ひとまず牽制するように球体の炎を放つ。

小さな炎であれば、自在に操る感覚もわかってきた。


「ぐぅぅっ…!小癪な…!だが、その程度の力では、この私には効かぬ!」


レーゲンスは迫りくる火炎を槍で打ち払うと、地を蹴り上げ、一気に接近してくる。

おそらく次の炎を気合いで耐え抜き、その隙に槍で決着を付けようという算段だろう。

けれど、俺は避けることも、刀を構えることもなかった。

ただ静かに右手を正面に向けた。

普通の炎で意味がないなら、それを遥かに超える灼熱にすればいいだけだ。


「燃え尽きろ」


熱量、火力ともに別格となった紅蓮の炎が放たれる。

圧倒的な炎の奔流は槍を構えたレーゲンスを飲み込み、その身体を焼き尽くした。


「――――――――ッッ!!」


レーゲンスが声にならない叫びをあげて、ふらつくように後退った。

纏っている瘴気の鎧も焦げ落ちはじめ、目に見えてダメージを受けているのがわかる。


(これなら、いける…!!)


俺は確信を持つとともに、畳みかけるようにレーゲンスへと攻撃を繰り出していった。

中・遠距離をカバーできる火炎、そして、炎を纏わせることで破壊力が増した神威の刀。

これだけ揃えば、今度こそ勝てる!

そして、神威の炎を全身に纏い、地を蹴り上げて、ただ真っ直ぐに疾駆した。


「はぁぁぁぁああああ!!」

「ぐ……ッ!!」


その推進力をぶつけるように怒涛の斬閃を叩き込む。

もっと速く、もっと鋭く!

変幻自在な炎と斬撃のコンビネーションを駆使しながら、確実にレーゲンスを追い立てていった。

身体が軽い。

迸る熱量を解き放つことで、うだるような熱さが抜けていく。

さっきまでは無意識に自分を守ろうと炎を抑えていたが、もうそんな気遣いをする必要もなくなった。

この炎を使えば、俺は何をしようと自由自在だった。


「舐めるなぁぁぁあああ!!」

「くっ………!」


追い詰められつつあったレーゲンスが紅黒く染まったオーラをさらに広げ、炎をかき消すように解き放った。

そして、化け物じみた膂力で刀をはじき返すと、お返しとばかりに鋭い突きを繰り出してくる。

さっきは不意をついたことで有利を取ることができたが、単純な力比べでは互角だろう。

それだけレーゲンスが纏う瘴気の力は絶大なのだ。


「そんなたった一人の炎では、我らの闇を燃やし切ることなどできん!我らの憎しみの力を思い知るがいい!」


虚霊の王は高らかに叫んだ。

その圧倒的な威圧感と纏うオーラは、何度炎で焼かれようとも未だ健在だった。

それだけホムラに根付く憎しみや恨みは巨大であり、人々の心を蝕んできたのだ。


「孤独は何よりも力を生み出す。私は誰よりも孤独を生きてきた。ならば、何者にも負けはしない!」


レーゲンスは力強く叫んだ。

その意志、そして、その存在は決して消え去ってはいなかった。

たとえ瘴気に取り込まれようとも、この目の前に立ちはだかる者はレーゲンスそのものなのだ。

これまで俺は幾度となく迷い、この圧倒的な存在の前に力尽きてきた。

けれど、もう俺はこの闇に飲み込まれることはない。


「レーゲンス、お前は二つ勘違いをしている。孤独だけが力を生み出すわけじゃない。そして、俺は独りじゃない」


俺は静かに告げた。たしかに近づいてくる鼓動を感じながら。

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