第60話 届かぬ刃
壁に激突したレーゲンスは、それでも勢いを殺し切れず、壁を砕きながらめり込むようにして止まった。
耳が割れんばかりの破砕音と、壁が崩れ始める音が遅れるようにして広間に響き渡る。
そして、微動だにしないレーゲンスに向かって、砕けた岩石が次々と降り注いでいく。
「………………」
岩に埋もれているレーゲンスはピクリとも動かず、まるで死んでいるかのように静かだった。
降り注ぐ巨大な岩石を目の前にして、防御はおろか、全く動くことすらしないのだ。
その様子から、ユズルの完璧な斬閃によって大きなダメージを負ったかのように思われた。
ついに打ち破ったのだ、と。
それを見てユズルが僅かに気を抜いてしまったのも致し方ないことだろう。
だが、それは束の間の幻想だった。
レーゲンスはゆっくり手を天にかざすと、頭上から降り注いでくる岩石をオーラの波動だけで全てはじき飛ばし、壁を蹴り上げて再び地面に立った。
「フフフ…ハッハッハッハ…!」
地に降り立ったレーゲンスは、突然大声で可笑しそうに嗤った。
ユズルの一閃を受けた腹部の鎧は砕け、その他にも身体の至る所に傷があるにも関わらず、虚霊の王は狂った人形のように嗤い続けていたのだ。
その様子は、ただでさえ不気味な存在をより狂気的に染め上げていた。
ユズルの背筋を嫌な予感が駆け抜けていく。
さらによく見てみると、その肉体は鎧と同化しているようだった。
ユズルの斬撃は確実に鎧を貫いていたはずだが、その傷跡からは血が出るどころか、他の虚霊や纏っている鎧と同じように漆黒の身体が続いていたのだ。
そしてそれは、レーゲンスが漂っていた虚霊たちの瘴気を取り込むことで、完全な虚霊の肉体を得たことを意味していた。
「いいだろう!その神の力、捻じ伏せてみせよう!」
虚霊の王は吠えた。
その力は衰えるどころか、より勢いを増し、空間が歪んで見えるほどの威圧感を惜しげもなく放っていた。
そして、地を蹴り上げ、一気に加速しながら、眼前の神に向かって飛び掛かっていく。
「ぐっ………!」
レーゲンスが次々と繰り出す問答無用の連撃を、ユズルは歯を食いしばりながら必死に迎え撃つ。
だが、その精度は明らかに落ちてきていた。
反応速度が遅れ、反撃の斬り返しにもキレがなくなったことで、先ほどまでと違い、レーゲンスの攻撃を封じることができずにいた。
そして、攻撃を封じることができなければ、防御を捨てた戦法は諸刃の剣となって跳ね返ってくる。
(くそ…っ!頭も体も重くて、攻撃に反応しきれない…)
ユズルの身体にも限界がきていたのだ。
ただでさえ連続で戦闘をこなしているうえに、戦いの中では神威を限りなく酷使し、先読みまでしていたのでは、集中力が切れてしまうのもしょうがないことだった。
むしろ、あっという間に力尽きてしまってもおかしくない芸当を、気力だけでここまで保たせているだけで十分過ぎるほどだろう。
けれど、ユズルにとって唯一とも言える勝ち筋が消えつつあることを示していた。
「どうした!もっと私を愉しませてくれたまえ!!」
レーゲンスは一切手を緩めることなく、防戦一方になっているユズルを攻め立てた。
斬り、殴り、薙ぎ払う。
白と黒の刃が交わっては離れ、戦場となっている広間には多くの傷跡が残されていた。
(やるなら、今しかない―――!)
ユズルは鍔迫り合いの末になんとかレーゲンスの攻撃をはじき返すと、後ろに下がって距離を取った。
そして、残り僅かな神威をありったけ集め、白銀の刃へと流し込んでいく。
「はぁぁぁぁぁああああああ!!!」
ユズルが選んだのは、全力の一撃による早期決戦だった。
完璧に力負けしている相手に対して取れる手は、一か八かの賭けしかなかったのだ。
そして、神威が満ちていくにつれて、刀身が爛々と神の光を放ちはじめる。
溢れ出した力は大気を揺らし、凄まじい衝撃を伴いながら、一本の刀へと収束していった。
「天を穿ち、全てを打ち砕く刃と成れ!」
詠唱とともに、力の奔流を解き放つ。
燃えるように輝く光は折り重なるようにして刃を模っていき、闇を打ち破らんと駆け巡った。
「愚かな…」
虚霊の王はその刃を前にして、静かに槍を掲げる。
その瞬間、溢れ出していた光を全て覆い隠すほどの暗闇が満ちた。
そして、深い深い漆黒の闇が、微かな希望すらも塗り潰していく。
『我が根源たる黒の雷よ。神々にその威を示し、遥か果てまで鳴り響け』
解き放たれた藍と黒の雷撃は互いを食い合うようにして混じり合い、巨大な漆黒の龍となって光を迎え撃った。
そして、地獄の底から湧いてくるような深い闇は、神を嘲笑うかのように満ち溢れる。
「―――――――――」
交錯は一瞬だった。
闇が光を食い千切り、全てを飲み込んだ。
そして、何もかもを消し飛ばすほどの衝撃波が暴風のように吹き荒れ、ホムラ全体を揺らすほどの地響きが巻き起こった。
「ぐっ…が…ぁ…っ!」
漆黒の雷撃をその身に受けたユズルは成す術なく地面へと倒れ込んだ。
もはや腕を動かすこともできなければ、まともに息をすることすら難しいほどの激痛が襲いかかる。
そして、全身が焼け焦げたような耐え難い苦痛と、神威を使い果たしたことによる意識の混濁がその身体に追い打ちをかけていた。
だが、それでもユズルは立ち上がろうともがいていた。
(やっと、やっとここまできたんだ…!それなのに、まだ届かないのか…っ!)
ここまで打ちのめされてもなお、ユズルは眼前の仇敵を倒そうと必死に手をのばそうとしていた。
それは一人で背負い切ると決意した執念であり、平和を勝ち取るという自分の正しさの為でもあった。
けれど、どれだけ願おうと、どれだけ足掻こうと、その手が上がることはなかった。
「君はよく戦ったとも。私をここまで追い詰めたのは正直予想外だった」
レーゲンスはゆっくりと地に伏せる神の前まで歩いていき、その姿を見下ろした。
そして、歓喜とも狂気とも言えるような笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「―――――だが、私の勝ちだ」
「がぁ…っ!?」
ユズルに深々とレーゲンスの拳が突き刺さる。
地を割るほどの威力を持った一撃が、力尽き果てた無防備な神を深い闇の底へと叩き落す。
そして、無慈悲にも、その意識を奪い去った。
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