第59話 決死の一撃

粉々になって崩れ落ちてきた岩石の下で、ユズルは微かに残った意識を手放さないように必死にもがいていた。

全身の傷が痛み、体力も神威も尽きかけ、息をする度に激痛が走る。

諦めようと思えば、簡単に諦められる、そんな状況だ。

きっと以前までのユズルだったなら、ここであっさりと力尽きていたことだろう。

十分頑張ったじゃないか、ここで諦めても誰も責めたりしない、と。

けれど、今のユズルには諦め切れない理由と、負けられない意味があった。

それに、まだ生きている。手も動けば、足も動く。

それなら、立ち上がらないわけにはいかない!


(こんな…ところで…やられて―――)


「たまるかぁぁぁぁあああ!!」


ホムラの神は叫んだ。

そして、それに呼応するように、神の力たる神威が荒れ狂うように吹き荒ぶ。

まだ自分の正しさを諦められるほど、心が折れてはいなかった。


「はぁぁぁぁあああああ―――!!」


神威の力だけで覆い被さっていた岩石を全て吹き飛ばし、ユズルはゆっくりと立ち上がった。

そして、放たれた白く輝く神威が、暗闇の満ちた広間を照らす。

限界を超えたその先、

そして、地を蹴り上げ、疾走した。


「―――――――」


神速。

ユズルは一瞬にして広間の中心まで到達すると、眼前の敵に向けて白銀の刃を全力で振り下ろした。

その速度は、漆黒の鎧に身を包んだレーゲンスに匹敵するほどであり、先ほどまでのユズルよりも更に加速していた。


「まだ足掻くか…!往生際の悪い!」


レーゲンスはユズルの斬撃を槍の柄で受け止めると、苛立ちを露わにした。

そして、膂力だけで槍を押し上げながら刀をはじき返し、ガラ空きになったユズルの身体へ向けて槍を振り下ろした。

音を置き去りにするような速さで、漆黒の一閃が軌跡を描く。

だが、先ほどとほとんど同じ構図、同じ速度で振るわれた槍は、今度は神の身体を斬り裂くことなく空を切った。


「――――――っ!?」


躱したのだ、その一撃を。

レーゲンスが驚きの表情を浮かべる中、ユズルは既に攻撃態勢に入っていた。

身を低く屈め、地面を砕くほどの爆発的な加速をする。

そして、その勢いのまま凄まじい速度で切り上げるように斬撃を放った。


―――もっと速く、もっと鋭く!


白銀の刃が目に見えない速さで弧を描く。

超高速での連撃。

凄絶な斬閃の嵐が巻き起こる。

だが、その暗闇を断ち切る刃を、漆黒の槍が阻んだ。


「そう易々と、押し切られるものか!」


レーゲンスは圧倒的な力で迫りくる斬撃を全てはじき返し、さらに闇のオーラを強めた。

溢れ出した力は大気を揺らし、歯向かう者を無慈悲なまでに威圧する。

決して埋めることができない実力の差。

だが、それを目の前にしてもユズルは止まることなく、さらに速度を上げながら攻撃を続けた。


「はぁっ―――――!!」


神威によって敵の動きを先読みしながらレーゲンスの攻撃を躱し、斬撃を差し込むように繰り出す。

それをレーゲンスは槍と鎧で防ぎ、再度反撃に打って出る。

そして、互いに一歩も引くことなく、壮絶な打ち合いが繰り広げられていた。

ここまでユズルがレーゲンスの攻撃に付いていけているのは、ただの火事場の馬鹿力ではなかった。


一度に扱える神威には限界がある。

絶対量の差で勝てる見込みのない相手に対して、普通に戦っていてはまず勝つことができないだろう。

ならば、勝てるように神威を扱うしかない。

ユズルはその中で“防御を捨てた”のだ。

大気を切り裂き、岩盤を叩き壊すレーゲンスの攻撃を前にして、これを実行するのは並の神経ではない。

はっきり言ってしまえば、狂っている。

だが、その悪魔的な発想によって、力と速度、そして先読みを引き上げたのである。


「――――ぁぁぁぁぁああああああ!!!」


ユズルは紙の装甲を身に纏い、斬撃の中へと飛び込んでいく。

最低限だけ敵の攻撃を捌き、決して腕も足も止めることはなかった。

前へ、前へ、前へ。

そして、息をつく間もなく立て続けに刀を振りぬく。

刃と刃が交わる度に、その衝撃によってユズルの腕は切り裂かれ、血が止め処なく流れていた。

この捨て身とも言うべき無謀な攻めはユズルに確実な傷を残していったが、逆にその命を長らえさせてもいた。

なぜなら、このユズルの怒涛の連撃が、レーゲンスの攻撃の起点を悉く潰していたのである。

そして、その白銀の円弧は、少しずつだが仇敵の喉元へと迫りつつあった。


「――――――はぁぁッッ!!」


鋭い槍の突きを剣先だけで僅かに逸らし、ユズルは大きく一歩を踏み込んだ。

すれ違いざまに黒い刃が頬を横一閃に切り裂き、真っ赤な鮮血が噴き出す。

だが、その双眸は眼前の敵の姿だけを捉えていた。


「なにっ…!?」


レーゲンスはその決死の突撃に一瞬だけ逡巡してしまう。

いくらでも手の打ちようはあったはずだが、神の鬼気迫る表情に圧されたのか、微かに動きに迷いが出たのだ。

そして、それが命取りだった。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


一閃。

ユズルの渾身の斬撃が漆黒の鎧ごとレーゲンスの身体を吹っ飛ばす。

そして、あまりの威力に耐え切れず、広間の壁に突き刺さるように激突する。

完璧に斬り裂くことまではできなかったが、ついに、その刃が届いたのだ。

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