第61話 愉悦
闇に満ち、静まり返った広間に地を砕く轟音が鳴り響いた。
そして、ゆっくりと虚霊の王―――レーゲンスが勝利を確信したように立ち上がる。
眼下には死闘を繰り広げた若きホムラの神が倒れ込んでおり、それがよりレーゲンスの優越感をそそらせた。
優越感……いや、自分の存在意義を勝ち取った達成感だった。
神でありながらも仇敵と呼ぶにふさわしく、それでいて全く相容れることのなかった存在を、レーゲンスはある意味では認めていたのだ。
自らの価値を試すに値する存在でなければ、ここまで本気になることもなく、乱雑にいたぶって殺めていたことだろう。
「さらばだ、ホムラの神よ――――」
レーゲンスは名残惜しそうに、そして、噛みしめるように地に伏せる神の姿を眺めると、漆黒の槍を力強く握り直し、その胸へと突き立てようと振りかぶった。
とどめの一撃が無慈悲で鋭利な輝きを以て、空を切り裂く。
だが、それを阻む者が割って入った。
「待て――――っ!!」
神の使い――式であるヒオリの怒気を含んだ声が広間に響き渡る。
そして、ミツキとともに肩で息をしながら、牽制をするようになけなしの神威を解き放った。
神の力である光の威が辺りに満ちていく。
しかし、とてもレーゲンスの威圧感を拭えるほどの迫力もなければ、対抗できるだけの威力もあるとは思えないものだった。
ヒオリたちはセインとの戦闘を終えた直後から必死にユズルを追いかけてきたため、凡そ全力とは程遠い力しか残っていなかったのだ。
「…………………」
だが、レーゲンスは何を思ったのか振り下ろそうとしていた槍を戻し、ゆっくりと乱入者を見た。
目に映るのは、足元に倒れているホムラの神に仕える使いたち。
焦り、憎悪、怒り。多くの感情がその神威から放たれている。
その感情を味わいながら二人の姿をじっくりと舐めるように見た後、レーゲンスはにぃぃぃと狂気に歪んだ笑みを浮かべた。
そして、纏うオーラが血に染まったかのように紅黒く濁っていく。
その不気味な姿は、新たな玩具を見つけた狂乱者そのものだった。
「ユズル様……っ!?それに、貴様、その姿は…!」
ヒオリはボロボロになって地に倒れているユズルと、漆黒の鎧を身に纏ったレーゲンスの姿を交互に見た。
怒り、恐れ、躊躇い。
胸の奥から抑え切れないほど多くの感情が湧き上がってくる。
だが、逡巡したのは一瞬だけ。
すぐに地を蹴り上げ、主の元へと疾走する。
「ミツキっ!!」
「わかってる!」
ヒオリとミツキは互いに目配せをすると、合図をすることなくバッと同時に二手に分かれた。
そして、ヒオリは大剣を携えてレーゲンスへと直進し、ミツキは裏から回って挟み込むように駆け抜ける。
「せやぁぁぁあああ!!」
微動だにしないレーゲンスへ向けて、ヒオリが勢いよく大剣を振り下ろす。
あまりにも単調で、あまりにも安直な攻撃。
それはヒオリにもよくわかっていた。そして、今のレーゲンスとの力の差も。
けれど、いまヒオリが取れる最善の一手が命を顧みずに飛び込むことしかなかったのも、また事実だった。
そして、空気を切り裂く轟音を伴いながら、決死の一撃が放たれる。
「主の為に立ち向かうか…。だが、君では到底私には勝てない、それはわかっているはずだろう?」
レーゲンスは瞬時に槍を振り上げ、難なくヒオリの一撃を受け止めると、嘲笑うように問い掛けた。
ただ腕を振り上げただけ。
たったそれだけで、ヒオリの攻撃は無に帰した。
そして、レーゲンスはわざと見せつけるように、ヒオリの全力の斬撃をたった片腕だけで受け止めてみせたのだ。
「………………っ!!」
ヒオリにはその槍が振り上がる瞬間はおろか、大剣を止められるまでレーゲンスが動いたことにすら気付けなかった。
圧倒的な力の違い。
いくら足掻いても届く望みすらない。それほどの差が、両者の間には横たわっているのだ。
「……だったら、なに?」
だが、そんなレーゲンスの言葉を聞いてもなお、ヒオリは不敵な笑みを浮かべた。
挑戦的で、挑発的な表情。
これだけ致命的に勝ち目がないにも関わらず、ヒオリがそんな表情をしていられるのには当然理由があった。
秘策?強がり?―――違う。
なぜなら、彼女の役割は既に終わっていたからだ。
そして、その直後、覚られずに近づいていたミツキが、レーゲンスの足元からユズルの身体を掻っ攫っていった。
「悪いけど、僕たちの主は返してもらう」
「―――――――!!」
ミツキの存在に気付いたレーゲンスは、とっさに知覚を超える速さで槍を振るう。
完全に不意を衝かれていたにもかかわらず、その狙いは正確そのものだった。
直後、空気が真っ二つに割れる。
そして、抉れるように地面に亀裂が走り、逃げようとするミツキの背中を捉えた―――かのように見えた。
だが、漆黒の槍に引き裂かれたミツキの姿は倒れることなく、そのままぼやけて霞んでいったのだ。
「……………分身か」
消えていくミツキの姿を眺めながら、静かにつぶやく。
レーゲンスは二度同じ手で不覚を取られたことに少しの苛立ちを見せつつも、余裕を崩すことはなかった。
むしろ、その表情は厳しい賭けを貫き通したミツキへ称賛を送るかのようだった。
そして、レーゲンスが追ってくる気配がないことを察すると、ミツキはいくつもの分身を囮に使いながら、鮮やかな身のこなしで瞬時に距離を取る。
「勝てない、ですって?そんなこと関係ない!あたしたちはユズル様を信じてる!あの御方は絶対に負けない!」
ヒオリは怒りとともに湧き上がってくる神威をその身に纏いつつ、眼前の敵へ向けて力強く言い放つ。
それは確固たる覚悟であり、主が再び立ち上がることを信じる式としての意地でもあった。
希望を捨ててはいけない。
それだけは、ホムラの神に仕える者として、断じて譲ることができない信念なのだ。
「そうか……。では、やってみたまえ」
その姿を見た虚霊の王は、変わらず嗤った。
それは余裕の笑みでもなければ、嘲笑でもない。
そこに在るのは、ただ自分の力を試すことができることへの悦びであり、生と死を感じることができることへの興奮だけだ。
そして、無慈悲にも己の存在意義を突き付けるように、凄まじい漆黒のオーラを身に纏うのだった。
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